私はその味を知っているのよ
「よー!苗字!」
「だと思った…田中と西谷はいると思った」
「おお、覚えてたのか!アンタアンタしか言われねえから覚えてねーのかと思ったぜ!」
「あんだけ来たら覚えるわ」

そう言って、翌日。自主練を切り上げてバドミントン部が使っていた体育館に行くと、そこには既に苗字さんがいた。
バドミントン部は居残りの自主練をしないらしく、快く体育館を譲って貰って、今回の草バレーは開催された。

体育館にいた苗字さんはジャージを着て、既にじんわりと汗をかいていた。もっと乗り気じゃないと思ったのに意外だ。
駆け出して行った西谷に追い付くと、俺と田中の姿に気づいた苗字さんが俺に、ごめんね付き合わせて、と苦笑した。苗字さんが気にしなくていいのに。

それぞれポジションを伝えていくとだんだんと小さくなる声。分かる。バランスな。菅原さんなら付き合ってくれたとは思うけど、西谷が声を掛けるのを止めた。

「バランス悪…」
「ほんとはセッターの先輩もいるんだけどよ、あんま大事にしたくないだろ?」
「一応そういう気遣いは出来るんだ…まあ、ありがと」

苗字さん、律儀というか、きちんとしているというか。ここまでゴリゴリに押してきた西谷にすらちゃんとお礼を言う対応。神か。
西谷もなんとなく苗字の態度から察して秘密にしていたところは、ただの無駄に明るいだけの奴じゃないなとちょっと見直した。

「おう!どういたしまして!」
「さっそくやろうぜ!チーム分けどうする!?」

いつもにも増して嬉しそうだな、西谷。田中も分かりやすくうきうきしている。指折り数えた苗字さんはうーん、と頭をひねった。

「えーと、リベロとウィングスパイカー3人、で、あんたらは私と対戦したいと…。しょうがないな、えーと、縁下君、私とでいい?」
「お、俺でいいの…?その、はっきり言ってあんまり上手くないけど…」

うおおおとノリノリの田中と西谷。苗字さんが俺を選ぶと思ってなくて思わず情けないことを言ってしまった。いや、まあ、事実だし。最近ちょこちょこ顔を出す烏養監督にも言われてるけど。
そう言うと苗字さんは、なんだそんなことか、と言わんばかりに俺を見て、ふ、と笑った。

「大丈夫だよ、縁下君」

そう言うと、苗字さんはその表情を一変させた。安心させるような優しい笑みから、急にぎら、と雰囲気が変わる。ぴり、とした空気が伝わってきた。まるで、試合みたいな。

「攻撃まで繋げさせないから」

そう言い切った苗字さんはまっすぐに西谷を見て、挑発をするように笑った。

今日は、意外な苗字さんばかり見る。普段、教室で見る苗字さんは、どちらかというと穏やかに笑っているようなタイプだから。西谷と田中には塩どころか激辛対応だけど。

それが、試合だとこんな強気になるんだ。それだけ自分に自信があるってことで。


なんか、こう、いいな。かっこいい。


「〜〜っ!早くやろうぜ!」
「アップしてから。余計な怪我したくないでしょ。それが出来ないならやらない。なにより縁下君と私は初めてだから調整させてよ」

きっぱりそういう苗字さんは草バレーでも本当の試合みたいにアップの時間を取った。わかった!と大人しくアップを始める西谷と田中はコートの向こうでアップをしている。俺らが一度クールダウンをしたことをなんとなく察しているみたいだった。

俺達も苗字さんと軽くオーバーでトスとスパイク、レシーブを繰り返す。トス上手いなあ。そういえば苗字さんのポジションってウィングスパイカーなんだよな。なんか上手くなるコツとかないんだろうか。

時々盗むように西谷と田中を見ていた苗字さんが、西谷のレシーブを見て、少しだけ驚いたような表情になった。なんだろ、と思って聞くと苗字さんは少しだけ言葉を濁した。

「あーごめん、縁下君。偉そうなこと言ったけど、あいつ、西谷って結構レベル高いね?」
「縁下でいいよ。俺も苗字って呼ぶから。ていうか、わかるの…?」
「姿勢が良い。腰もちゃんと落とせてる。腕で受けてないし、今、少しだけ乱れた田中のボールもちゃんと正面に回り込んで返せてる」

すらすらと出てきた西谷への評価。感情は抜きにして冷静になれるタイプなんだな、と場違いなことを思った。
よく見ているな、と感心した。じっ、と西谷を見つめる苗字さんの目。

「厄介そうだね」

ぺろり、と唇を舐めてにやり、と笑った。
さっきとはまた違う表情。コートでの苗字はころころ表情が変わる。
教室で、時々ぼうっとどこかを見つめる苗字には足りない何か。それが今、コートではそんなことを感じさせないくらい、目で、表情で、感情を訴えかけてくる。

今は、狩人が獲物を見つけたような目で、苗字は西谷を見つめていた。なあ、苗字。バレー辞めたっていうけどさ。

本当はバレーやりたいんじゃないのか?


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