ふしぎの距離を少しだけ縮めよう


「及川さん!!私も!あのサーブ打ちたいです!!」

えげつないカーブを描いてコートに突き刺さったサーブを見て、一気に熱が高まる。あんなサーブ打ってみたい、と思わず及川さんへストレートに伝えた。

サーブトスの回転は、掌の向きは、一体どうやって、と疑問が尽きない。理論が分かっても習得できるかは練習量次第。まずはもっとよく見たい。そう思ってサーブの練習を見せてもらえないか聞いたら、少し悩んだ様子の及川さんが頭をかいた。

「んー、いいよ!…教える代わりに、ウチの自主練参加してくれる?」
「え」
「俺ばっかり与えるだけじゃ不公平でしょ?だから、青城まで来てくれるよね?練習」
「ひゃい…」

にこ、といういつもと同じ笑顔なのにきらり、と光る及川さんの目に背中がぞわりと粟立った。その目が怖くてこくこくと頷く。何が地雷だったんだ、と思っても答えはでなさそうだった。ただ、

「くそ、マッキーめ…!まっつんも止めろよ、くそ…!」

花巻さんと松川さんが関わってそうだな、っていうのは分かった。






賭けで負けた。
この及川さんが。マッキーに。まあバレーじゃなくてゲームだけど。てっきりシュークリーム奢れとか、ハミチキ奢れとか、そんなことだと思ってたのに。にやにやしながら言ってきたのはまさかの名前ちゃんと会わせろって話だった。

「お、じゃあ名前ちゃん連れて来てよ。結局俺ら連絡先交換させてもらえなかったし?」

ハア!?と結構な勢いで拒否しても引かないマッキーに、それいいな、と賛同するまっつん。いやいや冗談じゃないから!誰がかわいい名前をお前らみたいな野獣なんかに!と思っても2対1。その日に限って岩ちゃんは委員会で遅れるってそんなことある?

結局、俺は名前ちゃんを青城に連れ出すことになってしまった。これ以上悪い虫になりそうな奴らとの接点は避けて欲しかったのに。只でさえ男女の距離感がおかしい上に人たらしの気がある名前だ。そこのところ自覚してほしい。

なのに。

「花巻さん、松川さん!お久しぶりです!」
「悪いな、名前ちゃん。元気か確かめたくなってさあ、元気してる?」
「久しぶり。元気してたか?及川と花巻が我侭言ってごめんな、もう大丈夫?」
「せ、先日はお恥ずかしいところ、その…ごめん、なさい、あり、がとう、ございました」

最後に名前がマッキーとまっつんに会ったのはあの夜。ぼろぼろと溢れる涙とぽつぽつと溢される心の底にあった気持ち。その姿を見て、愛でたい欲が爆発したらしい。

ひとまず名前を可愛がることを決めた2人を睨み付けてぎりぎりと歯を噛みしめる。きい、名前を可愛がるのは俺と岩ちゃんだけで良かったのに。

照れながらお礼を言う名前を見て、マッキーとまっつんがにやにやしている。口元を押さえてて見えないけど、絶対に絶対そうだ。目が邪だ。
なんだこの根性ねじ曲がったやつらは。こいつらに比べたら及川さんのなんと綺麗で真っ直ぐなこと。

「なにこの子滅茶苦茶可愛いんですけど」
「そんなに恥ずかしい?顔、超真っ赤だな」

ぐりぐりと名前の頭を撫でるマッキーとまっつんにかちんと来る。ちょっと俺と岩ちゃんの名前に気安く触らないでよ!つーか!名前も気安く触らせないで!

そう思って抗議しようと思ったら、早速練習始めましょう、と言う名前。
うん、ブレなくていいね。及川さん安心。





ナイスキー、という声と体育館にシューズの擦れる音が響く。コーナーを狙った名前のスパイクが綺麗に決まった。
いやあ、やりにくいですね、と笑いながらまっつんに話かける名前はさっきとは違って、もうプレーヤーの顔をしている。うんうん、始まったらバレーボールしか見えなくなるのが名前のいいとこだよね。及川さんとても安心。

岩ちゃんも合流して5人になった体育館は得点板係を入れつつ2対2で進んでいく。あと1人誰か引っ張ってくれば良かった。結構これきつい。
休憩中に汗を拭いながら、名前がしみじみと呟いた。

「なんか、私自分が小さいなって感じるの久しぶりです」
「それは俺に喧嘩売ってんのか名前」

すぐさま岩ちゃんが反応した。岩ちゃんと名前の身長はそう変わらない気がするけど、肩幅や体格のせいか名前の方が小さく見える。身長で突っかかるのやめなよ岩ちゃん。

「えっ!なんで!?一言も言ってませんよ!私の中では岩泉さんも大きい人枠です」
「お前なあ…大して身長変わら」
「だってほら、こんなに身長違うじゃないですか」

ぴし。と岩ちゃんが固まった。
岩ちゃんに近付いて自分の高さと比べる。名前の身長は確かに岩ちゃんより小さいんだけど、問題はその比べ方なわけで。

うわなにあれ可愛い。
岩ちゃんの目の前でちょっと下から見上げつつ、手を伸ばして足りない高さを表現していた。小さい子が身長をくらべっこするみたいな。っていうか名前ストップ!!近いし!そのほらね、っていうちょっと自慢気な表情もストップ!!岩ちゃん固まってるから!!

「岩ちゃん今髪でサバ読んでるから!名前ちゃん!及川さんだって名前ちゃんと良い感じの身長だよ!?」
「なんですか良い感じの身長って」

俺にだってやってくれていいんだよ!と手を広げても名前は眉間に皺を寄せたままだ。なんで!と思ったら、名前の視線はまっつんに向いた。まさか。

「一番高いのって松川さんですよね?んー、やっぱ結構差がありますね!ほら、背伸びしてもこんなにありますよ!」

今度は背伸び付きのオプション。と、満面の笑み。しかも至近距離。これでドキッとしない男がいたら教えて欲しい。俺は見てるだけでドキッとした。くそ!!こういうとこあるからこの子!!

「名前ちゃん、さあ…」
「はいストップー!!!名前ちゃんこっち…!」

名前の肩を掴んでぐいぐいとまっつんから引き剥がすと、不思議そうな顔をした名前。そんな顔してもだめだから!くどくど小言を言う俺の後ろで岩ちゃんがまっつんに詰め寄っている。

「おい松川てめえ今何しようとしたコラ」
「いや、つい。あれはだめだわ。距離感おかしくね?近くてこっちがドキドキすんだけど。勘違いするわあんなん」
「いいなー俺もやってもらいてえ〜」
「アイツ中学女子校だからな…部活漬けだから浮いた話もねえし、距離感おかしいのは今に始まったことじゃねえよ…本気にすんな。したら殴る」
「セコムか」

岩ちゃんたちのそんな会話を聞き流しながら名前に話をしていたら、ガラリと体育館の扉が開いた。全員がそっちを見ると、そこには不思議そうな顔をした矢巾が俺たちを見返していた。

「ちぃーす、あれ、先輩たち月曜なのに練習してんすか?」
「あれ、矢巾。どした?」
「いえ部室に忘れ物して…えーと、その人は…」

まじまじと矢巾が名前を見てちょっとキメ顔になった。ちょっと、やめてくんない。

「初めまして、矢巾秀です」
「あ、初めまして。烏野2年の苗字名前です。及川さんと岩泉さんの…、弟子?です」
「疑問文にしないでよ!一番弟子でしょ!?」
「ええ、まあ…」

ちょっと!と言うと名前はけらけらと笑っていた。ほんとにお前は!と思って頭をぐしゃぐしゃしてやるの矢巾がしょっぱい顔をして俺たちを見た。
おいおい及川さんとお似合いだからってそんな顔するなよ…。

「岩泉さんには一生着いていきますって感じなんですけどね」
「名前ちゃんが使うと違う意味になるからヤメテ!!!」
「おう、着いてこい名前」
「なんとなくわかりました」

しれっとそう言う矢巾とうんうん頷く俺以外。ちょっとなんで誰も俺の味方してくんないの!!つーか矢巾も何が分かったんだよ!






「矢巾くんトスの精度高くていいですね、やっぱ強豪だけあって凄い打ちやすい」

名前がそれはそれは楽しそうにさっきまでやっていたゲームについて話していた。そんな名前見て和む俺と岩ちゃん。あとついでにマッキーとまっつん。

結局、矢巾も参加して3対3でひたすらローテ回して行った。どれくらいやったかわかんないけど、久々に名前と岩ちゃんと3人でチームを組んだ時はテンション上がりすぎてヤバかった。向かいのコートにいる矢巾の顔色もヤバかった。

多分名前がここまでやるとは想定外だったんだろうな、と思いつつ2人のセットも中々良い感じだったと思う。及川さんには負けるけどね?
最終的には全員が大満足の自主練だったと思う。マッキーには感謝してやらんこともない。

「名前ちゃんの超インナースパイクずるくない!?いつの間にそんな技習得したわけ!?」
「あれは俺打てねーわ、肩痛める。あれも岩泉直伝か?」
「俺もミドルなのに結局止めらんなかったし、次いつにする?」
「俺じゃねー。ファミレス行くべ。そこで決めんぞ。腹へったわ」

ガヤガヤと部室を後にして校門を出てファミスに向かおうとすると、それまで黙っていた矢巾が急に名前を呼んだ。声がでかい。名前もびっくりしたみたいで、ひえっと小さく悲鳴を上げた。

「次は!!ぜってー負けねえ!!」

そう言って名前を指差した後、ダッと走り出した矢巾を名前も含めて呆然と見送る。これって…。

「ラ、ライバル宣言…?」
「燃えてんな、矢巾」
「まあ、いいんじゃねえか?」
「女子にライバル宣言って…いいのかな…」
「大丈夫じゃね?わりーな名前ちゃん、びっくりさせたわ」
「ちょっとマッキー!勝手に名前ちゃんの頭撫でないで!」




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