おいでませ、夢の舞台02


―大会前日―

「さっきからウロウロしてるとこを見ると、お前も落ち着かないんだろ!?」

失敗したと思った。
なんであのタイミングで飲み物を買いに行ってしまったんだ。最悪だ。しかも縁下さん相手じゃまともにやっても勝てない。だってこの人貫禄ある上にそう簡単じゃないから。

案の定、僕の外堀は簡単に埋められた。自転車という文明の利器によって。最低だ。まあ、あのまま部屋にいるよりは良かったかもしれないけど。この野生児2人の相手なんて心から御免だと言うのに。縁下さんめ…!

この2人が満足して帰るとか何時になるか分かったもんじゃないし、最悪引き摺って帰らなければならない。風邪とか引いて欠場とかなった日には、もう目も当てられない。

こいつらは確かにバカだから風邪なんて引かないのかもしれないけど。100%を出さずに勝てる訳ほど、春高は甘くないのも分かってる。だからまあ、チームが勝つため。そう、勝つために僕はこいつらに妥協をしてやってるんだ。

なのに。

「だから!そっちじゃないって言ってるだろ!左だっていってんの。何べん言ったら分かるわけ?その頭飾りなの?」

野生児2人はさっきから帰る道をなんとなくで選ぼうとしていて本当に腹が立つ。さっきから言ってるよね…!なのになんでこんな言うこと聞かない訳…!?ていうか王様は、は?合ってますけど?みたいな顔すんの辞めて貰っていい…!?合ってるの僕だから!

「このコンクリートジャングルで生き残れる自信でもあるの?随分な自信じゃない?もう既に帰り道も覚えてないくせに、よく言えるよね」
「なっ!?…ぐ、…っ…この…!」
「あれ、蛍ちゃん?」

聞き慣れた声と呼び方に、日向そっちのけで振り向く。まさか、と思ったその先には、ここ最近は文字だけでやりとりしていた名前がいて、不思議そうに僕たちを見ていた。

まさか試合前日に顔出せるかも、と言われてはいたけどまさかここで会えると思わなかった。
どうせ今日は田中さんや西谷さんと話すだろうし、明日は絶対名前の周りには木兎さんや黒尾さんが居るだろうから、いつ声を掛けようかとは思っていたけど。これはラッキーかもしれない。思わず内心でガッツポーズした。

でもなんでこんな時間にひとりでうろうろしてるわけ。危機感ないの?そう思ったら先に野生児2人が名前に駆け寄っていた。あっ、こいつら。

「名前さん!?!?」
「苗字先輩…!?」
「名前…なにしてんの。こんな時間に」
「それはこっちのせりふだって。めちゃくちゃ目立ってたよ。まあ、お互い似たようなものだろうけど…久しぶり、日向、影山。明けましておめでとう」
「「チワス!」」

ばっ!と頭を下げた2人を見て名前はにこにこと笑っている。後輩、特に日向に甘い名前だ。分かりやすく上機嫌のまま、まだ走るの?と首を傾げた。

「もう戻ろうって言ったとこ。このアホ2人が言うこと聞かなくて置いて行こうとしてたけど。ちょうどいいから行こう名前」
「ちょうどいいってなんだよ!」
「べっつにー?そのままだけど?」
「相変わらず仲良いんだか悪いんだか…まあ、目的地一緒だしもう戻るなら一緒させてよ」
「! 宿来るんスか…!?」

影山の問いかけに、にひ、と笑った名前は暢気にピースをかましていた。途端にうおおおと興奮する日向。いいからもう行こうよ、名前。こいつら置いて。普通に恥ずかしい。

結局、名前は日向と影山と並走しながら宿に向かうことになった。なんで僕の言うことは聞かないくせに名前の言うことは聞くのさ特に影山。ほんと揃いも揃って…!

「なんか、不思議だね」

いつの間にか僕の横に来ていた名前が、少しだけ息を乱しながらそう溢した。何が不思議なんだろうか。なんで、と聞けば名前は笑った。

「蛍ちゃんと、東京で合うの」
「どうせ理由がなきゃ名前とも会わない薄情者ですけど」
「またそうやって〜、なんていうかな…うん、でも、蛍ちゃんは烏野に行って良かったね」

そう言って名前は僕の方を見た。烏野と違っていつまでも明るい夜の光に照らされた名前は、少しだけいつもと違って見えた。いや、多分。気のせいじゃない。

「蛍ちゃん、バレー楽しい?」

名前のその言葉に、色んなことが思い出された。
音駒と戦った体育館の天井、夏休みの合宿の暑さ、白鳥沢戦の1本。

『たかが部活かどうかは、全部掛けてからいいなよ』
『プライド以外に、何があるんだ!』
『それが、お前がバレーにハマる瞬間だ』

伝えられた、言葉たち。

「…楽しいかはわかんないけど」

たぶん、僕がバレーに抱える思いと名前の思いは違う。だけど。

「今のとこ、『掛ける』には値してる」

悔しいから全部掛けるとは言わない。
素直に楽しいとは認めたくない。
これが僕のできる最大の評価だと思う。名前や山口、木兎さんや黒尾さんに言われたことは、ほんの僅かだけど僕を変えたのかもしれない。認めたくない、けど。

それを聞いた名前がまた嬉しそうに笑った。

「明日から、楽しみだね」
「……ちょっとだけだから」
「ふふ、はいはい」

なんか名前の掌で転がされてる感じがする。むかつく、と思っても名前はどこ吹く風だ。

「ていうか、そうやってお姉ちゃんぶるのやめてくれない?」
「え〜もう今更じゃない?」
「はあ…名前のそういうとこ、ほんと変わってないよね」

大袈裟にため息をつけば、名前は可笑しそうに笑った。今日の名前はよく笑う。僕の好きな、表情のころころ変わる名前だ。

「ふは、そんな簡単に人間変わんないよ!…でも、蛍ちゃんは変わったね。強い雰囲気出てるよ」
「何ソレどんなだよ…でも、変わんないこともあるデショ」

名前は変わった。そして、おそらく僕も。
世界は少しずつ動いていて、昨日と同じ明日なんてない。
昨日と同じ僕でいい保証なんて、ない。

だから、その日も、それまでも。全部を掛けるに値する、そうでしょ、名前。





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