悪役上等


名前がうちに遊びに来た。
うちって言ってもいつも通りの青城の体育館だけど。いつも通りひとしきり俺の自主練に付き合った名前は、先に着替えて俺と帰るために待ってくれている。健気だ。抱き締めたい。

本当は部外者は立ち入り禁止の部室も、名前と俺が付き合ってることもあって普通にいてもみんな気にしないどころか歓迎してくる。一応ライバルチームのマネージャーなんだけどな。
それでも許されるのは、きっと名前が皆に慕われるいい子で、プラスして元々人たらしの気があるからだろう。俺としてはひやひやである。

「ん、ちょっと待ってて」
「あ、はい。松川さん、ゆっくりでいいですよ」

頭を撫でると名前が気持ち良さそうに顔を緩めた。ああ、癒される、まじで。
名残惜しくも手を離して着替えるためにロッカーを開けた。初めて部室に入った名前は珍しそうに部屋をキョロキョロと見渡していた。

やっぱ私立は部室も綺麗ですね、なんて言う名前。こら、そんなとこ見るんじゃないよ、と軽く諌める。……よく見るとあんまり見せたくないものがあったりするから早めに着替えるとしよう。つーか花巻はいい加減エロ本持って帰れよ。

本当はジャージで帰ってもいいけど、汗臭いのも嫌だしなあ。名前は言わないと思うけど、汗くさいって言われたくないし。ズボンを履き変えた俺は汗拭きシートで上半身を拭っていく。

「今日どうでした?」
「んー、まあ調子は悪くない、ってカンジ」

及川や花巻たちはまだ残って自主練してるけど、俺はちょっと早めに上がった。名前はあまりいい顔をしなかったけど、お互い大会もあったし1ヶ月振りに会うんだ。少しは大目に見てよ。
というかチームメイトより彼女の方がストイックって。まあ、そんな名前も好きなんだけど。はいベタ惚れです。

「あ、名前。この後どうする?送ってくからちょっとどっかで――……なんでそっち向いてんの?」
「えっ!?い、いやお気になさらず!!!」
「ふぅん……」

どっかでちょっと話さね?と、言いながら振り向くと、名前がロッカーの方を向いて真っ直ぐに立っていた。
え、なに。どうしたの。そこ国見のロッカーだけど。名前がそんな奇行に走る心当たりなんかなにもない筈なんだけどなあ。それともなにか面白いもんでも見つけたとか?

なんも面白いもんなんか……あ。わかったかも。

「ね、名前。なんでそっち向いてんの?」
「おにきなさらず!!」
「そう言われると気になるんだよなあ……」

直立不動のまま、びくり、と震えた肩。あからさまに焦ってる雰囲気。多分俺の方なんて全く見えてないんだろうな。こっち見てって言ったらどんな反応すんのかな。そう思ってしまったらどんどん悪戯心が沸き上がってきた。

ああ、これはよくない、と思いつつも止まらない。
名前がロッカーを向く理由なんて分かってる。男馴れしてない名前のことだ。俺の裸見るのが恥ずかしいんだろう。なんて可愛い理由なんだろうか。口元がにやけるのが止まらない。

俺のことで頭のなか一杯にしてくんないかなあ。
追い詰めて、逃げ場をなくして、焦らせて、掻き乱したい。もっとめちゃくちゃにしたくなる。名前には、そういう悪い奴を誘き寄せるなにかがあるのかもしれない。

だから。
今から名前を追い詰めようとする俺も、きっと間違いなく悪いヤツだ。

「……っ、まつ、かわさ……」

名前が後ろを向いてるのをいいことに、後ろから名前に覆い被さるようにロッカーに手をつく。俺より身長の低い名前は俺の作った檻に簡単に閉じ込められてしまった。気づいたみたいだけど、もう遅い。

ぴったりと名前の背中にくっつくと、その分前に逃げる名前。無駄だと思うけど、いいねなんか追い詰めてる感じ。もうこれ以上前に進めなくなった名前は、背中を丸めて小さくなっている。
髪の間から覗く耳は真っ赤だ。なにこの可愛い生き物。

「――ね、こっち向いてよ」

耳に直接落とすようにささやけば、名前の体がびくん、と跳ねた。相変わらず耳が弱くてイイ反応。向けないよね、名前。だって俺上半身裸で、名前は恥ずかしくて直視出来ないもんね?だからロッカーの方向いてたんだもんね。

名前は半袖のシャツ1枚。俺は上に何も着てないから、いつもより高い名前の体温が伝わってくる。やば、これクセになりそう。

「〜〜っ……!まつ、かわさん……」
「向かないともっとしちゃうけど、いい?」
「向く!向きますから!!」

即答されてちょっと残念。でもそんなことはばち、と合ってしまった視線と真っ赤になって目も潤んでいる名前を見たら吹き飛んだ。
心臓止まるかと思ったんですけど。あー、くそまじで。そんな顔してんなよ、ここ部室なんですけど。やべえ妄想が止まらない。今日の夜のお供は決まった。

「顔真っ赤……なんで?」
「だ、だって、その、松川さんの……ていうか服着てよ!!」
「ああ、やっぱり……へぇ、ねえ、なに想像したの?」
「っ!?ぇ、ぁ……ぅ!」
「言えないんだ?」

すり、と名前の頬に手を寄せてその肌を楽しむ。すべすべで気持ちいいなあ。真っ赤でうるうるの瞳に思わず喉が鳴る。
まだ片手で数えるほどだけど、お互いに全部をさらけ出しているというのにこの反応。全てを暴かれて、気持ちいいのを俺に刻み込まれる、あの行為を思い出してるんでしょ。じゃなかったらそんなに赤くならないもんね?


「……えっち」


内緒話をするみたいに声を小さくして、名前から視線を反らさずに笑ってやる。名前の目がさらに潤んだ。

「〜〜っ!も、やめ……!」
「はい、これ以上は俺が耐えられないからだめな」

額にひとつ、名前の好きなキスを落としてぱっ、と離れると名前がきょとんと俺を見た。は?っていう顔をしている。なんていうか、ホントにわかりやすいよなあ、と笑いがこみ上がってきた。

抱えがちな名前がこんなにさらけ出してくれることが、俺だけの特権だと思ったらちょっと怒られてもいい。マゾじゃないけど、でも温厚な名前がキレてくれるのもいいかも。

「それとも……これ以上のこと、してほしかった?」

途中で止められる自信ないけど、それでもいい?

それが限界だったらしい。涙目のままわなわなと唇を震わせた名前がもう耐えられないという顔をした。

「〜〜〜っ!そと!いるから!!」

バタン!!と大きな音を立てて出ていった名前。
びくり、と震えた肩、さらに赤くなる顔、涙の浮かぶ目尻。ああ、もうほんとに、殺す気ですか。名前さん。ようやく手に入れられたからって俺ってば。

「〜〜〜はあ〜〜。危なかった……!反則だろあんなの、かわいすぎる……。やべえな、俺浮かれてんな……」

顔を覆ってずるずる座り込む。くそ、可愛い。可愛すぎかよ、心臓いってえ。明日から変な顔で国見のロッカー見そうだ。悪いな、国見。謝っとくわ。

時を同じくして、俺と同じように外で名前が頭を抱えていたことを、俺は知らない。





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