IF/宮城選抜編02
※01に続きなんかよくわかんないけど来月から東京編入でご都合主義で代表呼ばれてます。いろいろ崩壊気味。
「聞こえない!声出せ!」
「ジャンプ流さない!ちゃんと見て打て!」
「脇締めろ!リベロの位置考えて動く!」
「蛍ちゃんリードブロックタイミング早い!もっと溜める!!黒尾さんに習ったこと忠実に!」
コートの中で誰よりも声を出しまくっているのは、飛び入りで入ってきた名前さんだ。アドバイスを出しながら的確に指示出しをして試合をコントロールしてる。
名前さんが入っただけで、昨日とは全然違う動き。色々な攻撃が出来るようになって、名前さんのチームはどんどん点を重ねて行く。すげえ、1人入っただけでこんな違うんだ。
いつも見てる練習と違うからはっきり分かる。この人、凄え。
「なんていうか、…凄いですね。苗字さん…」
「…ちっ、ウチに来てたら化けさせてやったのに…!オイ苗字!お前も肩にモノ言わしてんじゃねえ!!ちゃんと肘上げろ!体の向き意識!」
「はい!」
白鳥沢の監督の言葉にも素早く応えてすぐに修正をしていく。よし、と頷いたそれにまた静かになる監督。じっと名前さんを見つめて時々指導をして。厳しく怒られているときもあるけど、それが名前さんの悪いところを的確に指示してるのも分かる。レベルの高い練習って、見ているだけでこんなにもわくわくする。
それなのに、俺は何をしてるんだ。
月島に言われたことも思い出した。
焦らないわけがない。
「すげーな苗字先輩。フツーにセッターでも通じるし、レシーブも安定してるし。化けもんかよ」
「牛島さんは攻撃特化だけど、あの人は全体的に安定してハイレベルだよな」
「あんだけ言われると着いてくのはしんどそうだけど…でも」
なんで。
「なんつーか、楽しそうだよな」
烏野では、こんな名前さん見たことない。
こんなに高いレベルの練習も要求も、俺はされてなかった。俺は、俺って。分かってる、俺が下手くそなのも、なにもかも。ここに来ても本当に進んでるか分かんねえ。
ぐるぐる回る思考に、得点板の手が止まる。
俺、バレーがしたい。
そう思ってセッターがあげてきたトスに合わせてコートの中で飛ぶ名前さん。その背中が大きく見えて、思わず手を握りしめた。
「名前さん!!迷惑掛けて!すいませんでした!!」
スポドリを飲む名前さんのところに行って、頭を下げる。何も言わない名前さんにピリピリとした雰囲気が漂う。…これ、すげえ、…怒ってる…。影山の頭にボール当てた時のような恐ろしさが込みあがって来る。周りも名前さんと俺のやり取りをめちゃくちゃ見ている。
「日向さぁ……」
「はははい!」
「ここに来たこと、後悔してる?」
まっすぐ俺を見てきた名前さんの目は真剣そのもので。怒ってるとか、そういうんじゃなくてただ純粋な疑問。そんな表情をした名前さんからの質問に、答えなんて決まってた。
「全然!!!」
「ならいいや」
「へっ!?」
あっさりとその表情を捨てて、いつものような表情で空になったボトルを渡してきた名前さん。えっ、怒ってないんですか、と見ると名前さんは目を細めた。
「後悔してるって言ったら、鷲匠監督がなんて言っても追い返してたよ」
「ハイ」
細められた目がすげえ怖くて思わず、きゅっとなった。俺はちゃんと名前さんの地雷を回避できたっぽい。よかった。黄金川や金田一がめちゃくちゃ顔色を悪くしてる。よかった…。
「でも、後悔してないんでしょ?…なら、やることはひとつ。違う?」
「ち、がわないっす…!」
「なら切り替え切り替え!それに、…一番しんどいの日向でしょ。…、コートが遠いよね」
そう言われてぐっと言葉に詰まった。名前さんに的確に言われてなんて返していいかわからない。図星だ。
焦りも不安も、泣きそうになるほどの悔しさも惨めさも、全部見抜かれてた。思わず下を向く。
俺だけまだ、なにも掴めてない。夏の合宿を思い出す。あの時は、影山がいて、新しい技を手に入れた。でも、今回の合宿は俺ひとりだ。監督の言葉が聞こえた。価値がない。影山が居ないと、俺は何もできねえのかよ。嫌だ、いやだそんなの。俺だって、俺、だって。
「俺、追い付かなきゃって…!皆俺より全然うまくて…!」
「分かるよ、悔しくて、余計なことばっか考えて、焦るよね。でも、焦るなよ」
そう言って、名前さんは肩を掴んでだ。はっと、顔を上げると名前さんの、試合中の笑顔があった。少しだけ獰猛な、欲張りな笑顔。
「上ばっかり見たらだめ。下を向いてもだめ。悔しさは忘れるな。思考を休めるな。…今の自分にあるもの、ないもの、欲しいもの、得なきゃいけないもの。それを考えて、今の自分に出来る最善を尽くすしかないんだよ。それは、私も一緒。ずっと見て、考え続けてる」
その言葉がすっと胸に入ってくる。今の自分にできるベストを探すしかないんだって。名前さんがもたらしたことってなんだ?
名前さんが入ってから、絶えない声掛けと笑顔。相手を観察すること。きっとそれもここじゃなきゃ学べないことだ。普段の練習では、きっと埋もれてしまうそれを、俺は知ることができた。
「来たからには、何かを得て帰ろう。見てるだけじゃなくて、絶対に何かあるはずだよ…なんてね、まあ偉そうなこと言ったけどせっかくのレベル高い環境なんだから、タダで帰るなんて勿体ない。一緒に、何か得て帰ろう」
「ア"イ!!」
また涙が出そうになった。悔しい。悔しい、くやしい…!バレーがしたい。もっとうまくなりたい。それなのに、俺は、ここで。
―――ダメだ、雑念、振り切れ。
「…もう、大丈夫そうだね」
パン、と自分の頬を叩いた。ふう、と息を吐く。名前さんが笑った。
余計なことは、今は考えるな。でも、この悔しさは、きっと忘れちゃいけないもんだって教えてもらったから。
だからもう、大丈夫だ。
返事をした声は、もう震えなかった。
「げっ…!」
「え、名前さん?どうし…」
ぞろぞろとやってきた白鳥沢の3年生を見て、思わず金田一くんと国見くんの後ろに隠れた。私にとっての天敵がいるだけで隠れるには十分に値する。
私より身長の高い2人にはちょっと犠牲になって貰いたい、と思っていたのに金田一くんがよく通る声で私の名前を呼んだ。ひっ、金田一くん静かに…!
「む、苗字か。何をしている」
「あれ、名前ちゃんじゃーん!なになに!?男子に混ざってんの!?てことは俺名前ちゃんと試合出来んの!?」
時すでに遅し。
気づいた牛若が目ざとく私を見つけたらしい。お久しぶりです、と金田一くんの後ろに隠れながら声を出した。私の盾になって、たじたじになっているだろう金田一くんの様子は分かるが私もちょっとこれはいただけない。
ぴたり、と金田一くんに密着するとびくり、と金田一くんの体が跳ねた。牛若どんな怖い表情してんの…。
「鷲匠監督に呼ばれて混ぜて貰ってるだけ、て、ちょっと!」
ぐい、と牛若に手を引かれてひっぱり出される。ずんずんと監督の元へ私を連れだした牛若は、案の定ぴたりと監督の前で足を止めた。
「監督、苗字はこっち側でいいですか」
「ダメだ。苗字は選抜側だ。早く準備しろ」
断ってくれた鷲匠監督はありがたいけど、どっちにしろ牛若と同じタイミングでコートに入りたくないです。こいついっつも私ばっかり狙ってくるんです。ブロッカーじゃないってわかってるくせに。鷲匠監督、どんな教育してるんですか。牛若に甘いんじゃないんですか。
そう思っても言えるわけがなく。瞳孔開き気味の凶悪な顔をした牛若が私を見て笑った。
「ひっ…!」
「また、お前とやれるのか」
「若利、名前ちゃんビビってんぞ」
「こてんぱんにしちゃうからね!名前ちゃん!」
外野から聞こえてくる天童さんや瀬見さんの声。ちょっとちゃんと手綱握ってくれませんかね、と思って睨んでもどこ吹く風だ。嘆かわしくて笑いしか出てこない。
「は、はは…濃い…濃すぎるこの合宿…帰りたい…」
「名前先輩、ドンマイです」
「名前、ちょっとなんで白鳥沢と仲良さげなの。1から100まできちんと説明しないと僕納得しないからね」
追い打ちが過ぎるよ国見くん、蛍ちゃん。