無自覚ヒーローは今日も誰かを救う



『――監督に、お前は才能がないって言われてすごくショックでした。でも私、諦めたくなかった。才能、って簡単に言われたくなかったから、バレーが好きだから。だから練習いっぱいしたんです。私に才能がないこと、分かってます。だから、本番で練習の100%が出せるように、たくさん、たくさん練習した。できることは全部、やろうって。バレーが好きだから』


雑誌のページのほんの一角。無理言って取り上げたコーナー。俺が一から起こした3度目の企画。苗字名前という、努力の才能を持つ若い選手のインタビュー。結構よく書けた感触があった。でも反響は微妙だった。
同期がヒットさせた看板企画の方が余程売上に響いたっていうのが現実。俺が必死に考えた構成も何もかも、あいつには敵わないんだと改めて思った。

春、その同期はトップチームの専属を任されて、俺はしがないジュニア部門専門。別にジュニアがどうこうというわけじゃねーが、やっぱり花形はトップチームだと思う。頑張ります、と笑う同期を横目に、こんなもんか俺なんて、とため息をついた。

こういう時、俺は俺が凡庸な人間だということを知る。
輝く文章を書ける訳でもなく、人を動かす文章を書ける訳でもなく。給料を貰って、情報を漁って、ヘマして、怒られて、また書いて。人生はそんな日々の繰り返しだ。同期ががまっすぐすぎて、俺は汚い嫉妬と落胆にまみれている。

カチカチ、と相棒になったパソコンを起動させてメールをチェックする。今日やることを思い起こしつつ、入稿のスケジュールと撮影の抑え、とあれこれ指折り数えていると会社からの見慣れないメール。

俺宛のメールがフォームから転送されてきたらしい。選手へのファンレターは別口があるからクレームか、と思って開封した。俺の名前から始まるそれに目を動かす。

『はじめまして。俺は長野でバレーをする中学生です。4月号の苗字さんのインタビュー掲載ありがとうございました。とても元気を貰いました。俺は、自分の体格に絶望していました。もうバレーを止めようかと思ったくらいに。苗字さんは俺から見ても才能に溢れて、何も悩みなどないと思っていました。だから、とても失礼だと思いますが、安心しました。インタビューで苗字さんの言ったこと、俺と同じような悩みを抱えていたこと、それでもバレーが好きだから諦めたくないと言ってくれたことに、俺もまだ諦めるには早いんじゃないか、と思いました。苗字さんへありがとうと伝えたくてメールしました。そして―――』

感謝と自分の名前で締め括られたメールはとても丁寧で記事を書いた俺に対するお礼まであった。やたらきらきらした名前だな。これがキラキラネームってやつか、と思いながらもう一度読み返す。

どうやら、俺はこの才能の壁に絶望するガキのバレー人生を救ったらしい。たった14,5で絶望なんか、と思うがスポーツの世界は厳しい。その世界に足を踏み入れた瞬間分かってしまう、生まれ持った差。俺もそれに絶望したクチだ。

苗字名前を取材したのはたまたま。U-15の選手。未来の代表候補。他の選手たちが代表、将来への希望を明るく夢見る中で苗字だけが違った。


コンプレックスの塊。
自分のセンスに対する猜疑心。
未熟な精神からくる群を抜く練習量。


同じような、口を揃えるつまんねえ未来の話より、等身大の彼らが知りたかった。かつての俺のように才能がないから、と不貞腐れて辞めようと思って、諦めきれずにずるずるすがり付くだろう少年少女たちへ、こうはなるなと。
諦めるには早いと、後悔するな、と俺の文章を通じて誰かの心を動かしたかった。そんな青い心はまだ俺にものこってたのか、と苦笑した。

その後もぽこぽことやってくる若い世代からの感謝のメール。編集長の目にもとまって、珍しくうまいビールをおごってもらった。さすが、人の金で飲む酒はうまい。




二日酔い明けの木曜日。どう考えたって飲み過ぎだろ課長。水曜に飲む量じゃねえ。ふらふらの頭で自販機に行くとコーヒーを飲む同期がいた。あの企画読んだよ、と屈託のない笑顔。無茶だけど読まないでくれよ、と思った。ちょっといいか、と苦笑した同期がぽつぽつと話し始める。

「俺はバレーの経験ないからさ、インタビューが全然上手くいかなくって。めちゃくちゃ勉強したよ、正直。でもやっぱお前にはかなわねーな。俺はあんなに人の本音引き出せねえよ」

ああ、意外だ。
こいつがこんなこと言うなんて。いや、俺が勝手に決めつけていたのかもしれない。文章を書くのが上手いから、きっと悩みなんてないんだろうと。でもこいつはきちんと努力するやつで、俺には少しだけ足りなかった。それが結果として出ただけだ。

「俺は、お前みたいな文章書けねえよ。いくら人の心が分かっても、ヘボライターじゃ意味ねえだろ」
「俺はお前の文章好きだけどな。俺もやる気出たぜ、あの文章で。苦手なインタビューもちゃんとやろうって、さ。じゃあ俺行くわ」

面と向かって感想を言われたのは初めてだった。どうしていいか分からなかった。

でも、自分がだれかの何かになっていることがこんなにも嬉しい。俺がやって来たことは、少しだけでも意味があった。同期が角を曲がったのを確認して、俺はガッツポーズを決めた。

俺も、もっと頑張るか。

それから数日。ふと、俺に上手い酒を飲ませてくれた苗字に還元しておこうとお節介を焼くことにした。まあ、人生の先輩の老婆心てやつだ。少し時間はたっちゃいるが、エスカレーター式の学校だ。いるだろう。

慣れた手つきで番号を押す。
苗字名前に光輝く才能はない。ただ、きっと彼女は諦めないだろう。逃げたくなる自分の弱さとずっと向き合うしんどさは、大人だからわかる。彼女が思ってるよりずっとしんどい。

だからこそ、この感謝を彼女に伝えたいとおもった。きっとしんどくなる道を支えてくれる杖になるから。せっかくのお便りだしな、喜べよ苗字。お前のファン1号だぞ。この、えーと、あか何くんは。

「お世話なっております。先日苗字名前さんを取材させていただきました、ああ、そうです。月刊バリボーの、はい。その節はありがとうございました。ええ、そうなんです、苗字さんの記事をよんだ方から感想が届きまして、きっと彼女も喜ぶだろうと…え?は?や、辞めたって…怪我では…はあ…」

どうやら俺は、名もない学生たちは救えても、そのヒーローになった苗字名前の救済は、間に合わなかったらしい。





あれから2年が経った。
俺は相も変わらずしがない雑誌の編集者で。青臭いユースの担当で。変わったことといえば、結婚して子供が生まれたことくらいだ。娘が選ぶならなんでもいいが、いつか青春を掛けるスポーツはバレーだったらいいなと思う。

インターハイと春高に向けて、全国を回る。最後の宮城、白鳥沢と青葉城西の取材を終えて帰路に着く。あーあ、出張ってのはのびのび出来ていいんだが、仕事も比例して溜まるんだよな。

「じゃあな、名前!」
「春高で、東京で会うぞ!」

懐かしい名前だ。名もない才能を持たない学生を救ったあの苗字と、そしてうちの娘と同じか。ふと気になってそっちを見る。高い身長。烏野高校排球部のジャージを来た学生。春高。名前。まさか。

慌てて新幹線のチケットを買って席へ向かう。東京で、というならこの電車に載っている筈だ。なんでここに苗字が。辞めたんじゃなかったのか。戻るって、春高って。それって。

「…あの、苗字名前さん?」
「は?あの、どちら様ですか?」

ユニフォームとTシャツを握りしめ、目を真っ赤にした苗字名前。タイミングは、まあ、ごめんなさい、ってかんじだ。これでも見計らったんだ。許してくれ。

今度は俺が、この知らずに人を救った、無自覚なヒーローを救う存在になれればいい。差し出した名刺に白黒させる姿は、2年前よりかは少し大人びていたけれど、そう変わらなくて、少しだけ安心した。





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