刻みつけて、秘密のその先


お気に入りのプロテインとテーピング、それからサポーター。

普段愛用してる消耗品が一気に無くなったタイミングで急に体育館の使用禁止令が出てしまった。
どう足掻いても練習は出来なさそうなので、ちょうどいいや、と放課後に仙台駅前のスポーツショップに向かうことにした。田中と西谷はうるさいから置いてきた。

市内でも有数の大きさを誇るスポーツ用品店は、品揃えも在庫量も豊富で行けば大体のものが揃う。しかもちょっとだけ安い、ってことで烏野だけじゃなくて色んな学校の生徒が集まる店でもある。なにが言いたいかと言うと。

「お、及川さん…!」


同じ競技の知り合いやライバル校の生徒とのエンカウント率が非常に高いのだ。


頭の上から聞こえてきた声とがしり、と掴まれた肩に振り返れば、そこには見慣れた人が満面の笑みを浮かべていた。え。この笑顔、は。

「名前ちゃーん!会いたかったよ〜こんなに可愛くなって〜」

なでなで、さわさわ、ぎゅうぎゅう。
ひとしきり頭を撫でて抱きしめてきた及川さんに私の体は完全停止状態である。あ、昔より体しっかりしてる。すごい。私の現実逃避もすごい。というか離して欲しい。

「どこ行ってたの?最近連絡よこさないし、名前ちゃん練習にも来なくて及川さん寂しかったんだよ!?」
「あー…ちょっとなんというかバレーボールはお休みしてたんですけど…」
「はあ!?なんで!?」
「うるせーぞクソ川!店で騒いでんじゃねー!」

ドゴォ、という勢いで殴られた及川さんは痛あと叫びながら沈んだ。ようやく解放された、と息を着く。
この破天荒な及川さんをコントロールできる人なんて限られている。

「岩泉さん、お久しぶりです」
「よう、久しぶりだな。元気か?」

いつも及川が悪いな、とちょっと眉を下げて詫びてきたのは、及川さんの幼馴染の岩泉さんだ。この人も苦労が絶えないな。
そう思っていると、岩泉さんが首を傾げた。この人がやるとなんかかわいいな、と余裕を持っていられたのはここまでだった。
思えば、及川さんが沈んだ時点でさっさと帰るべきだったのだ。

「つーか、なんでお前ここにいんだ?実家帰って来てんのか?」
「えー、とその」
「岩ちゃん、名前ちゃんバレーしてないんだって、今」
「や、やってます!…東京は、その、離れましたけど…」

復活した及川さんのその言葉にぴくり、岩泉さんの眉間に皺がよった。このお顔のときは大抵逃がしてもらえないときの表情なのだが、それよりも。

「お前、この後時間あるか」
「色々聞きたいんだよねぇ…ね、名前ちゃん?」

試合中にしか見せないような、獲物を狙う表情をした及川さんが私に笑いかけてくる。ぞわ、と悪寒が背中を走り抜けた。
疑問もへったくれもない2人の言葉に、私はこくこくと首振り人形のように頷くしかなかった。




「ふぅん、それで東京から逃げて来たんだ」
「うぐ…はい、そうです」
「まあ前から名前ちゃんはメンタル弱いなって思ってたけどね〜うんうん、だめな子は可愛いね〜」

肩を抱かれてよしよし、と頭を撫でられる。屈辱的だが、ド正論なのでなにも言い返せなかった。ぐぐ、と唸ると呆れたような視線が向かいから飛んできた。

「そこまでにしとけよクソ川」
「そうそう名前ちゃん泣きそうだぞー」
「ほら、お兄さんが慰めてあげるよ〜」

おいでおいで、と手招きする松川さんと花巻さんの方に行きたいが、及川さんが離してくれない。がしっと羽交い締めにする勢いで「名前ちゃんは及川さんのです〜」と3人を煽る。いや私おもちゃじゃないんでやめてください。岩泉さんの額にびき、と青筋が浮かんだ。

これは鉄拳制裁パターン、と思って離れることにした。トイレいくんで、と言うと予想外に及川さんはあっさり離してくれた。

よく人を見ている人だな、とつくづく思う。私がもう立ち直りつつあることもすぐに気付いたからあそこまでおちょくれるんだろう。そうでなければ、座右の銘通り叩き折られていたはず。うっ、ま、まだよかった。…及川さん仕込みのサーブで性格が悪いと言われたことは黙っていよう。





「ずいぶんお気に入りじゃん、名前ちゃんのこと」

マッキーのその言葉に 、思わずふふんと笑った。そりゃそうでしょ。及川さんの愛弟子だもん。

「出来ない子ほどかわいいって言うでしょ?あの子のサーブ、俺が教えたんだけど、最初なんて全然出来なくてさあ。凄い苛めたのに長期休みの度に東京から帰って来てきて、俺に教えて下さいって頭下げてくるの。もう健気で可愛くて」

懐かしい。あの時は食らい付いてくる名前にほとほと嫌気が差して。結構無茶苦茶なこと言った自覚はある。実際、岩ちゃんにも何回か怒られた。それでも、名前は諦めなかった。それが途中から面白くなって、俺はサーブ、気づけば岩ちゃんもスパイクを徹底的に教えていた。

「実際元々のセンスがいいこともあったしすぐ伸びたよ。メンタルがちょっと弱いのがたまにキズだけど。東京のチームメイトの気持ちもわからなくないよ」
「弱いメンタルを及川がさらに叩くと…サイテー川だな」
「クソ川」
「うんこ川」
「ちょっとオマエラ!!言い過ぎだし名前ちゃんの肩持ちすぎ!!」

名前は天才じゃない。飛雄の方が才能としては数段上だ。でも、名前にはそれを上回る努力と僅かなセンスがあった。

センスだけじゃない。たった1本のサーブを決めるために、何百、何千本ものサーブを積み重ねる努力。そのための辛い、先の見えない練習。意味はあるのか分からなくなるときもある。もういいだろう、と足を止めたくなる時も。でも名前はそれに全く足を止めない。

ひたすらに打ち込む名前のサーブ練習を見て、ぞっとしたことを覚えている。本当にひたすら、練習を続ける。結果として、俺のサーブに近いものを名前は僅か2年で完成させた訳だけど。それは名前の努力であり、努力できる才能のお陰だ。

それは皆が持ってるものじゃないんだよ、名前は知らないかも知れないけど。
でも名前は臆病だし、自分を信じてなかったから。名前が信じるのは、練習を重ねた自分でも、チームメイトでもない。膨大な練習量の末に掴んだ、技術という結果だけだ。

だから、名前が絶対に自信を持てるなにか武器を、俺が与えてあげた。
それだけのつもりだった。

「送るよ、名前ちゃん」
「え、そんな、いいですよ」
「ダーメ、女の子なんだから。ほら、行くよ」

じゃーね、岩ちゃんたちお疲れ〜、と足早に名前の背中を押す。失礼しますと挨拶する名前に、まっつんたちが手を振った。名前にギリギリ聞こえないくらいの音量で岩ちゃんたちの呟きが聞こえてくる。

「帰る方向いっしょだっつーの」
「俺らにポジション取られたくなくて必死だな」
「必死川乙」

うるさいよ、お前ら。




「名前ちゃん彼氏出来た?」
「何ですか藪から棒に。いませんよ、まあ、ちょっとは憧れますけど」

名前をバレーに引き戻すのは俺と岩ちゃんの役割だと思ってたのに、どこかで横槍を入れてきたヤツがいるらしい。あー、ホンット気にくわない。

ウシワカじゃ無いことを祈るけど。まあ、そんなデリケートなことできないか。あいつド天然だし。まあ、まだ完全には立ち直ってないみたいだし、これはまだまだ付け入る隙あるよねえ。誰かさんの詰めが甘くてよかった。

「あーあ、名前ちゃんが青城だったら良かったのに」
「嫌ですよ、及川さんいじめてくるでしょ」
「うーん、案外べたべたに甘やかしてあげるかもよ」

だって構いたくなるでしょ。自分が教えた通りに吸収して、満面の笑みを浮かべて、出来ましたよ、なんて言ってくる子。

抱えるのは、成長を見守る先輩なんて純粋なものじゃない。この子のサーブは俺が仕込んだんだという汚い独占欲だ。最初は諦めと少しの罪悪感だった。そのあとはもうズルズルとハマっていった。

俺がどんなに突き放しても諦めないから。ますます教えたくなる。人に何かを教えることに快感を覚えたのはこの子が初めてだった。名前のプレーを見るたびにぞくぞくと背筋を駆け上がる何か。
あの子の中には、間違いなく俺がいる。もっと、名前の中に俺を刻み付けたい。そんな汚い感情は岩ちゃんにも言ってない俺だけの秘密だ。

「名前ちゃんさあ。トスもっと上手くなりたくない?」

ねえ、名前。お前の中に俺のこと、もっと刻み付けてよ。






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