もう通行人ではいられない


各校の応援団が声を響かせる中、客席に人のまばらな高校というのは案外目立つ。特にこのブロックはうちや伊達工のような強豪がいるだけに尚更だ。だからといってはなんだが、お目当ての烏野はすぐに見つかった。そしてひとりで応援する名前さんの姿も。

いたいた、と及川さんがさっそく声を掛けに行こうとした矢先、どこかの高校の生徒が声を潜めて話すのが、耳に入ってきた。

「なあ、おい烏野のマネージャー見た?」
「見た見た。めっちゃ美人だよな。マジでマネージャーだけは全国クラス」

確かに。
そいつらの言うとおり烏野のマネージャーは名前さんともう1人。名前は知らないけど滅茶苦茶美人がいる。初めて見た時は思わず矢巾さんと舞い上がってしまったが、(どちらかと言うと矢巾さんの舞い上がり方の方がアレだった)俺は正直名前さん派だ。

入学前から青城の練習に混ぜて貰っていたせいか、女の先輩というと名前さんの印象が強い。ウチにはマネージャーもいないし、あんまり女の先輩というものに触れて来なかったけど、名前さんが良い先輩ってのはわかる。そして意外と可愛いところがあるところも。

うちの先輩たちもそこが分かってるから名前さん押しが多い。なんつーか、アレだ。ギャップってやつだ。普通に見てるだけじゃわかんねーだろう名前さんの良いとこは、その面倒見の良さとバレーへの真剣さだ。

まあ、男的には、その真剣さとは裏腹に、照れ屋なくせに大胆に距離を詰めてくるところもポイント高い。だれかが小悪魔と言っていたけど、俺にはよくわかんねえ。ただ、ときどき急に距離を詰めてくる不意打ちにはドキドキする。一番翻弄されてるのは3年の先輩たちだけど。

なんにせよ初見じゃ名前さんの良さはわかんねーよ、とふふんと内心でタカを括っていた。のに。急に話に登った人物にどき、と心臓が大きく鳴った。

「あー、でもさ。もうひとりいるべ。女子マネージャー」
「いるいる。俺とおんなじくれーかな。女子にしちゃ背高い子な」
「そう、美人の方が目立つけどさあ、あの子も結構よくね?」
「わかる。なんつーか、結構表情コロコロ変わるし笑った顔とか可愛いんだけど、なんつーの?ちょっと困らせたくなるよな!」

やべえそんなことまでわかんのかよ、こいつら。つーかそんなとこ見てる暇あったら練習しろよ、と言いたくなる。と、思っていたら横から威圧感が増した。ぎろ、とナンパ野郎たちを睨み付ける及川さんだ。こ、こえー……。

「おい、殺気しまえ及川」
「ややこしくなんだろーが、やめとけ。言わせときゃいいだろ…」

花巻さんと松川さんも合流して岩泉さんと一緒に及川さんを止めに入る。及川さんは名前さんのこととなるとちょっと見境無くなるけど、やっぱ他の先輩たちは冷静ですげえなと思う。大人の対応だ。カチンときた俺とはやっぱちげえな、と3年生を見る。

「おっ!噂をすれば!……おい、声掛けてこいよ」
「はあ!?お前行けよ!」
「バッカ声でけーよ!今なら烏野ウォームアップ中だし、行けんだろ。見たとこ部員全然いねーし、チャンスチャンス!」
「行け及川」
「潰してこい岩泉」

盛り上がるナンパ野郎たちを凪ぎ払うように花巻さんと松川さんが指を指した。言われるまでもなく、と既に向かっていった及川さんと岩泉さんが自然な形で名前さんに声を掛けに言った。
やっぱ……先輩たちもカチンときてたんすね……。ひとまず安心したわ、と言って花巻さんと松川さんは伊達工の方へ向かって行った。国見もそっちに向かう。

俺は及川さんと岩泉さんと一緒に烏野を見ることにした。あのオレンジ頭と影山がどんだけ速攻をレベルアップさせてきたのか見ときてーし、なんていう理由をつけて名前さんに話しかけた。

「あー、っと、お久しぶりっす、名前さん!ここいいっすか?」
「私普通に応援するけど、それでもよければ」

久しぶり、と言いながらそう言う名前さんの横にさりげなく陣取る。なんも知らない名前さんは久々にみんなに会えて嬉しそうだ。岩泉さんも及川さんもいつもより割増でスキンシップが多い。名前さんはその理由を気付いてないみたいだけど。まあ、これで名前さんに変に声かけるやつも少しは居なくなるだろう。

「青城がなんで烏野……?」
「知らねーよ……つーか強豪なだけあってガタイいいな、やっぱり」

そんなこそこそとした声が聞こえてきて、こんな時ばかりは強豪校のジャージを着てて良かった、と内心で思った。

つーか、ビビるくらいなら声かけんなよ、と思った俺は後から国見にお前も大概だよな、と言われて少し反省することになることをまだ知らない。



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