午前2時、画面越しの世界



「夜久」
「嫌だ」

「やっくん。そこをなんとか」
「ダメだ」

「お願いです夜久様!!一生のお願い!」
「だめだっつってんだろ!しつけぇよ、お前!」
「お前は俺に死ねってか!」

死ぬわけねえだろ、バカか。何言ってんだこいつ。
隠すことなく舌打ちをしても全く怯まない。残念ながらこの3年間で出来てしまった関係は今更舌打ちなんかで怯むものではない。だけど苛つかないわけじゃない。
この数日間続くお願いに俺はもううんざりだ。今日に至ってはすがり付かれている。

この無駄に図体のでかい男が俺にすがり付いてくる。最悪だ。世紀末と言っても過言じゃない。別れ際の女の勢いで俺に縋り付いてくるのをクラスメイトはどう見ているんだろうか。とても怖くて聞けない。せめてもの救いはここが俺のクラスではなく黒尾のクラスってことだけだ。俺に被害は少ない。多分。

事の発端は、俺と名前ちゃんがLIMEアカウントを交換したことが黒尾にバレたことだ。名前ちゃんから来たメッセージが待ち受けに表示されたのを黒尾に見られた。
それだけだったのにそこからの執念は凄まじい。もう数日間この勢いだ。控えろ。そしてそれに耐える俺の心労も凄まじい。敬え。
黒尾の名前ちゃんへの愛を聞き流す。いつもならこれで昼練まで乗り切れるはずだった。はずだった。今日の黒尾は一味違った。

「夜久様!名前ちゃんのらいむアカウントを教えてください!」

土下座だ。誰がどう見ても。綺麗な土下座。

なんつーか引いた。見ろ、そこにいる女子なんかごみを見るような目でお前を見てるぞ。形振り構わなすぎだろ。失うものが無い人間とはこんなに恐ろしいのか、と今週のジャンプみたいなことを思ってしまった。

そこまでするのになんであんな第一印象になってしまったのか。俺の知る限り黒尾鉄朗という人間は不器用というよりは、力の抜きどころを良く理解している要領の良い人間だ。それがどうしてあんな滅茶苦茶な出会いになったのか。最早謎である。

「お前さ…あんなナンパ野郎みたいなこと言ったら警戒されることくらい分かってたろ…なんで言ったんだよ」
「テンパってつい言ってしまいました…反省してます」

いつもの飄々とした態度はどこへ行ったのか。絵に書いたような落ち込みように呆れて何も言えねえ。どんだけテンパってたんだよこいつ。

「マジで、本当に口から出たんだよ。別にそんなに彼女欲しいとも思ってなかったけどよ。なんつーか、この子だけは、って思ったし、なんか言わなきゃって思ったら……つい」
「それであれか…お前つくづくバカだな」

さらに引いた。こいつテンパりすぎかよ。
はあ、とため息を吐く。ほんと変なところで女々しいやつだな、でけえくせに。烏野のリベロくんとは大違いだ。

それまで話を聞いていただけの海が俺を見た。黒尾の必死さに心を動かされたのは俺より先に海だったらしい。

「夜久、どうしても難しいか?黒尾も悪気があって言った訳じゃないし…」
「……百歩譲って俺が良くても、烏野の3年がなんていうかだろ。まあ、一応聞いてやるけど」
「マジで!?」

俺も鬼じゃねえし、ここまでされてしまうと無下にも断れない。なにより男として憐れに思えてくる。
これも黒尾の作戦なのか。ぱあ、とあからさまに明るい雰囲気になった黒尾がムカついたのでまだ俺より低い位置にある頭を叩いておいた。





「いいんじゃね?苗字ちゃんが良いって言ったら」
「いいのかよ!あの時の澤村君のセコムはどこいったんだよ!」

思わず突っ込んでしまうくらいにはスガくんのチェックは甘かった。ホントに大丈夫か!?そっちのキャプテンとかすげえ妨害してたじゃん!?
そう言うとスガくんは、あー、と笑った。

「まあ、大地は過保護だしな…俺は苗字ちゃんが良いっていうならいいんじゃね?って思ってっけど」

あれは過保護のレベルなのか?と聞きたくはなったが今は黙っておくことにする。それに、と続けたスガくんからの言葉を聞いて、ついに俺は何も言えなくなってしまった。

「それに、夜久くんが連絡してきたってことは悪いやつじゃねーべ」

スガくん男前かよ。なんなの、烏野には男前しかいねーの?
…まあ、確かに黒尾は稀代の悪党ってわけでもねーし。むしろちゃんとキャプテンやってるだろうことも知ってる。それにスガくんにそこまで信頼されてしまった以上、今更撤回も出来ない。あとは名前ちゃんの了承だけか、とスガくんにお礼を言って今度は名前ちゃんへコンタクトを取る。

『名前ちゃん。ご相談があります』

メッセージを送るとすぐに既読がついた。ちょうどスマホをいじっていたらしい。ぴこん、と返事が来た。

『なんですかー?』

『黒尾が連絡先教えてくれって言ってんだけど、教えても大丈夫?』
『もちろん、名前ちゃんが嫌なら教えないし』
『そこは絶対ブロックする』

連続で送ったメッセージは既読が着いたものの、すぐに返事が返ってくることはなかった。返信は早いタイプだから、きっと返事に迷ってるんだろう。これは急だったかな、と俺がざわつく。

やべえ、こいつマジウザいって思われたかもしんねえ。考えたら名前ちゃんの黒尾の印象はマイナスだろうし、いきなりすぎるし、これはマジでやらかしたかもしれねえ。

やべえ。もしこれで名前ちゃんに嫌われでもしたら。…その時は黒尾をシメる。俺もあんま黒尾のこといえねーな。
そう思っていたらぴこん、とメッセージが来た。

『大丈夫ですよ』
『リベロなのにブロックとか面白いですね。ツボに入ってむせたせいで返信遅れました!』

そのメッセージを見て安心した。ほっ、として名前ちゃんへ返信を送る。ちょっとでも怪しい空気や身の危険を感じたらブロックしてな、というと名前ちゃんはまた既読が付かなくなった。返ってきたメッセージには遠いのに身の危険は感じません、と書いてあってそれもそうかと自分で笑った。

しばらく名前ちゃんとのやり取りをしているともう寝るとのことでお開きになった。意外と早寝らしい。おやすみ、で締め括られたやり取りを閉じて、黒尾に連絡を取る。
名前ちゃん、お前にLIMEアカ教えても大丈夫だって。明日詳しく話すわ、と送ると、すぐに既読がついてスタンプが連投された。こいつ分かりやすく浮かれてやがる!!
気持ちは分からなくないが、このスタンプの量には狂気を感じる。俺は既に頭が痛い。通知は切った。

スガくんの信頼を裏切る訳にもいかないのでしばらくは黒尾の動向を監視しようと思う。グループLIME結成だ。




翌日。
案の定朝からテンション高くやってきた黒尾は涙を流しながら俺に寄って来る。こえーよこいつ。いくつかの注意事項を着替えながら伝える。わかりやすく有頂天だ。重々言い聞かせてLIMEグループを作ると、すぐさま黒尾が参加した。

『こんにちは、黒尾です』
「借りてきた猫かよてめえ!」

しょっぱなからこれとは。突っ込ませてくれ。こいつヘタレかよ!!

「何話していいかわっかんねーよ!!好感度下げないメッセとかなんだよ!クグるぞ!!」
「知るか!!」
「どうでもいいけど部活しないの…」

ぎゃーぎゃー騒ぐ俺と黒尾に、珍しく呆れた様子で研磨がもの申してきた。そんなこともあって、スマホは部室にしまい込んで体育館に向かう。
朝練中に返ってきた名前ちゃんからのメッセージを見て、どうやって返したらいいか、とウザいほど黒尾から相談されることを、この時の俺は知らない。



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