ぼくだけの宝物



念願叶って、俺に可愛い彼女ができた。
どうしてもどうしても手に入れたくて、柄にもなくぐいぐいアプローチした彼女の周りには、俺と同じよう考えの面倒な人たちが結構いて。
いつ誰が恋人というポジションを手に入れるのか。熾烈な戦いが繰り広げられていたことを彼女である苗字は知らない。

紆余曲折あって、その熾烈なポジション争いで見事苗字の隣を勝ち取った俺は正直、一生分の幸せを今使っているんじゃないかと思う。それくらい苗字が可愛くて仕方がないし、苗字が宮城からこっちに来たのだって、俺は運命だと思っている。本気で。雀田さんには引かれたけど。

そんな俺の彼女は今日も健気に少ない時間を作って俺に会いに来てくれていた。アプリに入った苗字のメッセージを読んで、顔が緩む。校門で待ってる、という苗字。今日は練習が早く終わったらしい。門限まで少し時間があるようだ。練習に残る木兎さんを少し急かして部室に鍵を掛けた。

「赤葦、お疲れ」
「苗字もお疲れ。じゃあ、俺らはこの辺で。お先に失礼します」

部活を終えて校門を出ると、苗字が待っていた。俺らが出てくるのを確認すると、たたっ、と小走りで駆け寄ってくる。満面の笑みだ。可愛い。犬みたい。可愛い。
苗字も会いたがってくれる、俺と同じ気持ちなんだな、と思うと嬉しくて思わず顔が緩んだ。

部活で忙しくしてるうえ、苗字に至っては寮生ということもあって、俺たちが会える時間は僅かしかない。でもその僅かがとても嬉しくて、一刻も早く苗字と2人きりになりたくて、先輩たちへの挨拶もそこそこに反対の方向に向かう。

少しだけ空いた2人の間は、まだちょっと距離があって。肩が触れるだけで、ぎこちなくなる苗字にまたひとつ、好きだという気持ちが積み重なった。






「なあ、赤葦って名前ちゃんのことなんで名前で呼ばねーの?」

翌日。練習から帰る途中で木葉さんと2人になったとき、急に木葉さんがその話題を口にした。あまりにも突然すぎて、は、と声が出る。木兎さんが急なことをいうのはいつものことだけど、この人が言ってくるのは珍しい。

「いきなりなんですか、木葉さん」
「いや、なんとなく。俺らはフツーに名前ちゃんって呼んでるし、木兎に至っては名前って呼び捨てじゃん?」

言われてみればそうだ。あんまり気にしたことはなかった。ずっとお互いに名字で呼びあって来たからなんとなく抜けてないだけで。俺としてはどちらでもいい。
名前で呼ぼうが、名字で呼ぼうが、俺たちがお互いを好きなことに疑いはないから。

「まあ、2人がいいならいんじゃね?いつまでも名字で呼ぶから上手くいってねーのかと思っただけだよ。気にすんな…ああ、でも」

言うか言わないか迷ったような、そんな素振りをした。そこまで中途半端に言われて止めるのもなしじゃないですか、木葉さん。そう思っていると、木葉さんが重そうに口を開いた。

「うかうかしてっと、木兎が動くぞ?」

あいつ、まだ名前ちゃんのこと諦めきれてねーからよ。

そう言う木葉さんに、ガツンと頭を殴られたような感覚がした。
苗字を取られる?苦労して、折角手に入れた、あの暖かいな隣に。俺じゃない誰かが立つというのか。

底抜けに明るい木兎さんや、苗字だけには異様に優しい黒尾さん。苗字を引っ張る男らしい夜久さん。苗字だけを特別扱いする月島。
俺ではない誰かが、苗字の隣に立っているのが容易に想像できてしまった。

薄ぼんやりした世界の中。少し離れた場所にいる苗字。その横に立つ、黒い影。なんだよ、お前。誰だ。苗字から離れろ。そこは、俺の。

その苗字は、俺じゃない誰かに笑い掛けて、腕を絡ませて。そして俺が見ることの出来る、少し照れたはにかんだ笑顔で。そっと目を閉じて、顔を近づけて―――。

「……まッ!」

自分が思ったよりも大きい声を出していて驚いた。
額にうっすらと滲む汗。目を開ければいつも通りの天井で。
…夢にまで見るなんて、俺はどれだけ思い詰められてるんだ。絶対木葉さんのせいだ。内心で木葉さんに文句を言う。

会いたい。

電話で声を聞くだけじゃ足りない。会って、腕の中に閉じ込めて。進んでいないその先まで行って。

ちゃんと俺のものだって。安心させてよ、苗字。






「珍しいね、赤葦が急に会いたいって言うの」

焦ったように会う約束を取り付けて、俺は苗字の寮の近くまで来ていた。後少しで寮の門限らしいけど、僅かな時間でもいいから会いたかった。
小走りで駆け寄ってくる苗字は相変わらず俺に対しては満面の笑みで。会う度にいとおしさが込み上げる。

「…ぇ、あか、あし?」
「嫌?」
「い、やじゃ…ない」

会って早々に抱き締めると、身を固くする苗字。いつもは軽く抱き締めるだけで終わるのに。今日はずっと抱き締めて離さない俺に苗字が不思議そうに俺の名前を呼んだ。とくとくと早い心臓の音が苗字から聞こえる。俺の心臓も早い。

煽られて、がっついて。情けない。
苗字が恋人らしいそれに慣れるまでゆっくりして行こうと思ったのに。いざ誰かに取られるかも、と思ったら早く自分のものだと刻み付けたくなった。

月島と付き合っていたとはいえ、あんまり男慣れしていない苗字は男心を擽る仕草を無意識でやるときがある。俺としてはとても不安だ。
今だってそうだ。耳元でそんな熱いため息溢すなよ。誘ってんのかよ。

「ねえ、名前。俺のこと呼んでくれない?」
「…っ!っ!?、な、なまっ!?」

突然の名前呼びに驚いたらしく、名前はたじろぐ。抱き締めていた体をそっと離して、近くの壁に手をつけば俺の腕で簡単な檻の完成だ。逃げないでよ、名前。余裕がないのは分かってるけど、できるならこの機会に俺も次に進みたい。

暗がりでも名前の顔が赤いのが分かる。ああ、くそ、上目遣いで赤い顔して。可愛いが過ぎる。ずるい。

「嫌?名前、ね、声聞かせてよ」
「っ、ぁかあ、し…」
「違うだろ?呼んで、俺の名前」
「っ…!」

そう言うと名前は視線をうろうろさせた。あと一押しだ。名前の弱点は耳だってこと、知ってるよ。

「名前、ほら、呼んで。名前、俺の名前、なに?」

わざと耳元で囁けば、名前の体がびくりと震えて。名前の指が俺のブレザーにすがり付く。片手で名前の腰を緩く抱えると、名前の体がもう一度跳ねた。

「…っ、ぃ、じ、」
「うん。もっと」
「けぃ…じ…ぃ、っみみ、っひぅ…!」
「足りない、もっと呼んで。名前」
「けぃじ…けーじ、京治…っね、もう…」

何度も何度も、俺の名前を呼ぶ名前に安心感と、もっと欲しい、という欲が同時に広がる。たぶん、名前の顔を見たら止まらなくなる。だって名前も、そういう顔をしてるだろうから。
本当は名前を呼んでもらうだけで満足しようと思っていたのに。そういうムードも大事にしたかったのに。俺、翻弄されてばっかでかっこわりぃ。でも。

「ごめん、足りなくなった」
「え…んっ…」

名前の唇を奪う。何度も啄むようなキスをして、固く閉じられた唇を、舌でノックする。その意味が名前にも分かったみたいで、小さく口を開けた。
やったこともない大人のキスはどうやるのかもわからなくて、気持ち良さだけを求めて名前の小さな口を蹂躙した。

「ん、ふ…」
「っ、……名前…呼んで」
「っぁ…んむ……は…けーじ…、っ」

とんとん、と叩かれてやりすぎた、と唇を離した。本当は離したくなかったけど、止まらなくなりそうだったから良かった。今、ここでよかった。時間も場所も違っていたら、多分最後までしていた。

「〜〜〜っ!あか…、っけい、じ…!」
「うん、ごめんね。名前」

謝ると名前が眉間に皺を寄せて、なんで謝るの、と聞いてきた。隠してもしょうがないし、隠したら名前は凄く気にするだろうなら洗いざらい吐くことにした。全部話すと、少し落ち着いたらしい名前は俺をしげしげと見つめる。

「け、京治も不安になるんだね。…私に合わせてくれてありがとう。私も京治の気持ち分かってあげられなくてごめんね。…でも、私、京治が思ってるほど純粋じゃないよ?」
「え?」
「その、恥ずかしいだけで、もっと、その、…大人のちゅうも、その、先も、…したいと思って、ます」

照れつつも、俺の目を見る名前の目は少しとろん、としていて。その目の奥に期待を見つけてしまって。
なんだよ、この可愛い生き物。そんな目で見られたら俺マジで止まんなくなるけどいいの?本当に最後までするよ?
ていうか無理。次とか無理。堪えられない。

また名前の体を抱き締めて、顔を寄せる。もう、順番もペースもぐちゃぐちゃだけど、そんなことはどうでもいい。

「名前…っ!」
「ん…」

唇が重なろうとした、その時。

「苗字ーーー!!どこだ!!門限過ぎんぞ!!」
「やっ…ば!ご、ごめん京治!!」

顔を青くした名前が俺の拘束を振りほどいた。待ってどこにそんな力が、と思った瞬間。ほっぺに柔らかい感触。

「あ、うん、え?」
「またね!!!」

去っていく名前の後ろ姿を呆然と見つめて。その背中が見えなくなっても呆けていた俺は、しばらくしてから崩れ落ちた。しゃがんで膝に顔を埋める。
反則だ、あんなの。ほっぺちゅーって。なんの恥ずかしげもなくやって。ほんと、いっつも俺ばっかり翻弄される。

好きだ。名前。好きだ。

本当はもっとちゃんと、順序を決めて、とそう思ったけど。今はこれでもいいか。

ふは、と笑いが込み上げる。不安になる必要も、焦る必要も何一つなかった。俺たちは俺たちのペースで。進んで行こう。まあ、でも次会った時には最後まで行く予定だから、覚悟してよね。名前。



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