07
梟谷学園。東京でも指折りのバレー強豪校らしい。全国大会も何度も出ている学校だけど、宮城が長い私からしたら白鳥沢や青葉城西の方が余程聞き覚えがある。
とはいえ、学校数自体が多い東京。勝ち上がる難しさは嫌と言うほど知っている。レベルの高い東京で強豪を名乗るには、生半可な練習では到底無理だ。
どんなプレーをするんだろうか、と思っていたら見覚えのある頭との声量に、急激に記憶が戻ってきた。
し、しまった。そうだ、思い出した、この人、梟谷だったんだっけ…!
やばい、やばいぞ。これはすごい絡まれる可能性が高い!
「な、なっちゃん…、ね、あのさ」
もうちょっと目立たないとこ行こう、という私のお願いを聞いてくれたなっちゃんは訝しげにしながらもそそくさと目立たない場所へ移ってくれた。マジで神様。頼む、なにも無かったかのように試合を終わらせてくれ。しかし、そんな私の思いもむなしく。
「んあ!!名前じゃねーか!!!」
「げっ…!!ぼっ木兎さん…!」
普通に見つかった。なんでだ。野生の本能だというのか。なにそれこっわ。この人ホントに容赦ないからなあ…テンション的に。
「ひっさしぶりだなー!!元気か!?相変わらず細っこいなー!ちゃんと食べてんのか?牛乳飲め牛乳!」
「じょ、女子選手なら普通です…てか重いです木兎さん…!」
首に腕を回してそのまま、ぐぐぐ、と体重を乗せてくる木兎さんは全く話を聞いてくれない。この人、本当は私のこと男子だと思ってるんじゃないよね?
「ちょっと木兎!!何ナンパしてんの!?近すぎ!!」
「ナンパじゃねー!感動の再会だつっーの!」
「だからって女子にその扱いはない!!」
梟谷のマネージャーさんだろうか。木兎さんと話?というか喧嘩をし始めた。烏野じゃあまり見ない光景だから新鮮。
そんな2人からすっと体を入れて離してくれたのは、背の高い男の子だった。
さりげなく木兎さんの視界から外してくれたみたい。すごいな、とても気が利く。そして木兎さんのことをよくわかっている。
「す、すいません、ありがとうございます」
「いえ、こっちこそ木兎さんがすいません。大丈夫ですか?」
「あ、はい、大丈夫です。あの、私1年なんで敬語大丈夫ですよ」
そう言うと彼はきょとんとした顔をして、俺も1年と小さく笑った。木兎さんと正反対で、すごく落ち着いたひとだ。ほんとにタメなのかこの人。それとも私の回りの同年代が弟気質なのか?思い浮かぶのは勿論いつもの2人だ。
「あ、そうなんだ、タメ語でいい?」
「いいよ、つーか大丈夫?木兎さんが女子にあんながっつりいくと思わなくて」
「あー、まあ、慣れてるから大丈夫」
「慣れてるって…うちの学校の人?いや、待って、君どっかで…」
そう言いかけた彼は、私の顔をじっと見る。え、どこだろうか。東京の男子なんて、知り合いはユースぐらいしかいないし、タメなら多分覚えてるはずだ。
考えられるのは月バリぐらいしかない。けど、最近は取材を受けてないから気のせいじゃないかとも思う。そういえば、巧い具合に行方を眩ませたせいで、私がどんな扱いされているのか知らないや。
目の前の彼にはなんて答えよう、と思っていると突然木兎さんがこっちを指差した。人を指差しちゃいけないんですよ、木兎さん。
「ホラ!!赤葦だってナンパしてるだろ!?」
「赤葦はいいの!あんたと違って女子のことわかってるから!」
「差別だ!」
「区別です」
まだ言い合いしてる。引かない木兎さんもすごいけど、あの勢いに付き合えるマネージャーさんもすごい。思わず成り行きを見守っていると、ずんずんと木兎さんがこっちに向かってくる。そのまま、がしりと私の肩を掴んだ。
「そんなことより名前!バレーしようぜ!」
「木兎さん、ここウチの学校じゃないうえにこれから試合ですから」
「じゃあ連れて帰る!」
無茶苦茶言うな!と向こうのマネージャーさんが怒った。
ほんとに、変わらず末っ子気質だ。東京の人たちなんて、 私がいたこと忘れてると思ってたけど、意外とそうじゃなかったみたいだ。
はは、と笑っていると木兎さんが急に黙った。ふ、と顔を上げると、今までの木兎さんじゃない、真剣な目で私を見ている。猛禽類みたいな目が私をずっと射抜いていた。さっきと雰囲気全然、ちが、う。怒って、る?
「大会。名前のこと探しに行ったのに居なかった。なんで?」
「っ…そ、の…」
「木兎さん、名前さんが怖がってますよ」
赤葦くんとやらに肩を叩かれて、木兎さんははっとなったようだった。あー、うー、と呻いてごめん怒ってねえよ、と小さく謝った。
「……なんつーか、その、言いたくねーなら言わなくていい。でも、なんも言わずどっか行くのはナシだ!俺スゲー探したんだぞ!もうどっか行くなよ!」
ん!と、アドレスがかかれた紙を渡してくる木兎さん。その勢いが強すぎて思わず受け取ってしまった。
まじまじとメモと木兎さんを見比べてしまう。木兎さんは既に満足そうだ。
「木兎さん…なんで私のこと探してたんですか?」
分からなくて首を傾げる。だって、私も木兎さんも毎回ユースで会う訳じゃない。少し自主練しただけだ。
連絡先だって知らないし、それこそお互いの試合を見に行く仲でもないのに。どうしてわざわざ別日程、別会場の女子の試合なんか見に行ったんだろうか。
そう言うと、木兎さんはきょとんとした後、いつもの笑みを消した。今日2回目の真剣な目だった。まるで逃がさない、と言われるような、木兎さんのこんな表情はバレーでも見たことがなくて。さっきもそうだけど、見透かされそうで少し怖かった。
「好きだから」
「エッ」
「は?」
「あ?」
待ってなっちゃん、あ?って怖いんだけどヤクザじゃん。流石姉御だよ。ていうか、え???なんて??今聞き間違えた???好きだからって、言った??好きって、え?好き?
ぶわあっ、と顔が赤くなったのが分かった。言葉が出てこない。え、待って、どうしたら。好きって、好きってなに!?
おずおずと木兎さんの顔を見ると、ふっ、と笑うといつも通りのにかっとした笑顔になった。あ、あれ?なに、いまの。
「名前のスパイクってこうビュッて来てバシーンって決まるだろ!?あれやりてーんだよ、俺は!あかーしぃ!」
「木兔さん全然わからないです」
「なんだ、プレーの話か…びっくりした」
「ちょっとうちの相棒にちょっかい掛けないでくれる?」
ぐるる、と唸るようになっちゃんが木兎さんに威嚇した。なんだか西谷と田中を彷彿とさせた。そんななっちゃんの威嚇をスルーして、じゃあ明日9時に梟谷な!と木兎さんは叫んだ。
いい加減さっさと来い!と先輩に怒られながらずるずる引き摺られていく木兎さん。相棒が二度と近づくなと叫んだ。懐かしいな、この光景。
ひとまずだ。目的も果たせた。明日はやることもない。なっちゃんは普通に練習だし、できるなら私もバレーがしたい。
折角のお誘いだし善は急げと、木兎さんへスタンプを送った。OKと返ってきたフクロウのスタンプが、木兎さんにそっくりで思わず笑った。
「ま、プレーだけだなんて言ってねーけどな」