小市民Aのプライド


とても綺麗な先輩に声を掛けられた。
気付いたら体育館にいてバレーボールを見ていた。びっくりした。

そんな現実離れしたことがあって、昨日、私は烏野の男子バレー部に仮入部を果たしてしまった。こんな右も左もわからない村人のような私がここにいていいんだろうかと、思う反面でせっかく誘って貰ったのに、と惜しむ私もいる。どっち付かずのまま、着替えて体育館を覗くと清水先輩じゃない女の人がいた。昨日見掛けなかった人だ。

「はっ!はじめまして!!1年5組!!谷地仁花でありますっ!」
「はじめまして、2年4組の苗字名前であります。緊張しないで大丈夫だよ、よろしくね」

背の高いその先輩はそう言って笑った。清水先輩とは違うにこっとした笑顔。すごく優しくて穏やかで、いい人そう。しかも私のぐだぐだな自己紹介にも返してくれる。ユーモアのある先輩だ。お、大人の対応……!

「潔子さん、お疲れ様です」
「お疲れさま、名前ちゃん。今日なんだけどね――」

後から合流した清水先輩と話を始める苗字先輩。清水先輩はもちろんだけど、苗字先輩も背が高くてすらっとしてて、かっこいいのに、笑顔が可愛い。すごいなあ、先輩ってこんなにかっこいいのかぁ……。

色々教えて貰っていると全員が揃ったみたいで、キャプテンさんが集合、と号令を掛けた。その声に苗字先輩も弾かれたように走って行く。
え!?あれ!?先輩!?清水先輩はこっちで、苗字先輩はあっちで、私は一体どっちについていけばいいのやら、と思っていると清水先輩にこっちでいいよ、と言われた。よ、よかった……。というか一体??

ちょっと前までマネージャーだったという苗字先輩は色々訳あって練習に混じっているそうだ。あんな背の高くて力の強そうな人達と一緒に!?とびびっているとサーブの練習が始まった。

体育の授業でやってるようなものじゃなくて、本当にプロの人が打つような、すごいサーブ。ひぃ……腕もげそう……!
よく見ていると、その中でも、3人だけ打ち方が違うのはなんでだろう。苗字先輩もそのうちの1人だ。高くジャンプして打つそれは日向のとは全然違う。

ああ、ほら、また。高く投げたボールに向かって高くジャンプして腕を振り抜いた。大きな音を立ててボールが向こうに突き刺さる。す、凄い……!全然威力が違う……!

「サーブ1本集中ー!」
「っ!ナイスコース!名前ー!もういっぽーん!」
「オーライ!」

男子の中に混じる苗字先輩はキツそうにしながらも凄く楽しそうに笑っていた。体のすべてを使って、全力でバレーを楽しむ人。私にはあんなに全部掛けられるものはない。

ああ、眩しいな、と少しだけ羨ましくなった。






なんやかんやあって私は正式に烏野バレー部に入部した。入部して思ったのは、苗字先輩が誰よりも練習する努力の人っていうことだ。
先輩に鍵開け当番を任せていることが申し訳なくて、一度だけ早く来たことがある。朝早く誰もいないだろう体育館を覗いて、は、と息を呑んだ。朝の光の中、体育館には苗字先輩の鳴らす床の音とボールの音だけが聞こえていて、見慣れたそこがなんだか神聖な場所のように思えた。

誰よりも練習にひたむきな先輩。バレーにまっすぐに向き合う先輩はすごくかっこ良かった。いいな、あんな風になりたい。そんな背中が対応眩しくて、それとは対照的な自分が少しだけ空しくなった。

「え、じゃあ谷地ちゃんと私って最寄り駅同じなんだ」
「そうみたいですね……!あれ、じゃあ中学も一緒ですか!?」
「ああ、私中学は東京だから被ってないよ、大丈夫!谷地ちゃんが忘れてる訳じゃないから!」

自主練をそこそこに切り上げた先輩と坂を下りながら話をする。私は家の都合で、先輩は転校準備の関係で帰らなくちゃいけなくなったので夕暮れの街を帰っていた。
荷造りが全然終わってないんだよね、と苦笑する先輩が学校を去るまであと数日に迫ってしまった。なんと。恐ろしいほど月日の流れは早い。

先輩のお家と私の家はそう離れていないらしく、一緒の駅で降りて歩いていく。部活中はそんなにおしゃべりできないから、この帰り道が先輩と話すチャンスだった。

部活のことや先輩が行く学校のこと、お母さんがデザインの会社をやっていること。そんな他愛もない話をしているとあっという間に私の家の前に着いた。

「じゃあ、谷地ちゃん、また明日ね」
「はい!先輩もお気をつけ……」
「苗字か?」
「、っウシワカ……!」

苗字先輩の顔がくしゃりと歪んだ。いつもにこにこしてる先輩の初めて見る表情だった。あ、れ、この人……!
見れば日向と影山くんが着いていった白鳥沢の大きな人が先輩を見ていた。も、ももももしやこれは修羅場ってやつでは!?ずんずんと近づいてくるその人。

「東京に戻ると聞いたが、本当か?」
「……っ、どこで」
「及川たちに聞いた。苗字が近くにいなくなるのは残念だが、賢明な判断だな」

え、それって、と思わず先輩と白鳥沢のウシワカさん?を見比べる。なんかバレーの凄い人ってことしか知らないけど、もしや苗字先輩と特別な関係だったりするのかな!?は!?私、お邪魔虫では!?

「及川もお前も。それだけのセンスを持ち合わせているのに、青城、ましてや烏野にいくべきではなかった。遅すぎる判断ではないのか」
「そうかもね。……でも、私は、ちゃんとここにいた意味があったよ」

この人は先輩が烏野に行ったことにあまりよく思ってないらしい。馬鹿にした感じじゃないけど、先輩を否定するみたいで嫌な気持ちになる。
そんなその人を他所に優しく先輩が笑った。穏やかに笑う先輩はさっきまでの怖い表情は一切無くて私がびっくりした。

「? どういうことだ」
「分かったの。皆で、チームで戦うことの強さも、信じることの大切さも、私はここでちゃんと分かったよ。だから、無駄なんかじゃなかった」

はっきりとそう言う苗字先輩は真っ直ぐにウシワカさんを見ていた。ウシワカさんもびっくりした表情で苗字先輩を見ていた。なんでそんな目で見るんだろう…そんに驚くことなのかな。先輩は自分をしっかり持っている人なのに。

「ねえ、牛島さん。私、やっぱりバレーが好きです。だから、烏野でも、青城でも、白鳥沢でもなくて、ちゃんと私のコートで、戦って来るよ」

はっきりと言い切った苗字先輩からは溢れそうな自信を感じる。自分の進む道をちゃんと分かって、障害も乗り越えて行けそうなほど強い言葉だった。すごい、先輩。

先輩って、こんなに『恰好』いいんだ。

「……、苗字は、俺と同じだと思っていた。勝利に貪欲で、上を見続けられる人間だと。だから選考に姿を見せなくなったときも、東京を離れたときも。俺はお前に失望した」

ぽつぽつと溢す牛島さんとやらは私の知らない先輩を知っていて。選考が何なのかよく分からないけど、勝手に先輩に失望しないでほしい、なんて内心ですこしだけ苛立ってしまった。だって、こんなに真っ直ぐな先輩が東京から離れるなんて、よっぽどの事情があるに決まってるのに。

「だが、得られたものがあるなら立ち止まっていた訳ではない。すまなかった。苗字の気持ちも何もかも無視していたことは謝ろう」

ハッキリと先輩にそう言う牛島さんは、まっすぐに見つめて頭を下げた。

「だが、俺はまだ諦めた訳じゃない。俺はお前が欲しいのも、お前とバレーがしたいのも変わらない」

エッ!?とぎょっとしてしまったけど、なんだそういうことか、と胸を撫で下ろした。だってお、おおお前が欲しいとかもう告白では!?それに表情ひとつ変えない先輩から察するになんか違う意味なんだよね…?と、とにかくバレーがしたい的な、ライバル的なそういうことだよね!?

「だから、また会おう」

今度は、別の場所で。
そう言ってその人は少し笑って、走り去って行った。その大きな背中を、先輩はじっと見送っていた。なんか、凄い青春の1ページを見てしまった気がする…。姿が見えなくなると、苗字先輩は困ったように笑った。

「ごめんね、変なところ見せちゃって……」
「いっ!イイエ!!あ、熱くて……びっくりしました……仲が良いんですね!!流石っす先輩!」

そんなことを伝えながら、私の心はカラカラに乾いていた。


どうしよう、私にはあんなに熱くなれる自信がない。


それなのに、私はバレー部に入って良かったんだろうか。

本当に私みたいな村人Bがこの人の代わりなんて務まるのかな。

せっかくやってみようと思った決意がぐちゃぐちゃになる。苗字先輩みたいな崇高な思いもバレーに対する情熱もないのに、本当に私でいいんだろうか。急にお母さんの言葉が甦ってくる。ああ、嫌だな。足引っ張っちゃわないかな。

「……代わりなんて務まらない、とか思ってる?」
「はえ!?」

図星だった。それもびっくりするくらい当たっていて変な声が出た。な、な、なんで!?
あわあわする私を他所に先輩は困ったように笑った。ぽん、と肩に手を置かれて、真っ直ぐな先輩の目が私を覗き込んでくる。

「いいんだよ、代わりなんかじゃない。私は私のやり方があって、谷地ちゃんには谷地ちゃんのやり方があるんだから。今の自分ができる、精一杯のことをやればいいんだよ。焦らなくて、大丈夫」

私もね、言われたんだよ、潔子さんから。1人じゃ足りなくても、2人いたらどうにかなる。だから、今の自分に出来る最大限のことをやっていけば大丈夫。

そう言った先輩の瞳は真っ直ぐで。キラキラと輝いていて。

「私は谷地ちゃんが来てくれて良かったと思ってる。こんなこと、入ってすぐの谷地ちゃんにいうのもなんだけど、私は谷地ちゃんなら大丈夫だって、信じてるから……皆のこと、よろしくね」

じわ、と心があったかくなって、肩も軽くなった。大丈夫、と背中を押してくれた苗字先輩は、清水先輩とはまったく別のタイプの先輩で、今までこの2人がバレー部を支えていたんだな、と思うと急にぽっかりと心に穴が開いたようになった。

先輩と過ごした時間はすごく短いのに、先輩のまっすぐさが、すごく眩しくて。自分で自分の道を決めていて。じゃあまた明日、と離れていく背筋の伸びた先輩が恰好、良くて。ああなりたい、と憧れた。

そんな先輩が、マネージャーを託してくれた。その事実が、普段は自信のない私を少しだけ、誇らしいものにしてくれた。



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