頂の先、壁の向こうを知るひとよ


「っ前ェェ!!!」

昨日と今日の2日で、喉が潰れたと思う。2セット目の途中から、もう声が掠れてた。それでも、この声だけは届けなきゃいけないと思った。

なんとなく嫌な予感はしてた。そう来たらまずいな、とは思った。そんな予感だからこそ当たるのか、その通りになった。コートの本当に小さな、誰もカバーできないスペース。

ボールが落ちた。

必死に繋いだボール。みんなの思いがつまったボール。
たん、と静かな音を立てて落ちたそれに、何も言葉が出せない。笛の音と、歓声。審判から、青城の勝利が告げられた。

一気に湧く、青城の応援席とコート。対照的に静かになる烏野。終わって、しまった。敗北の事実が、じわじわと腹の底からこみ上がってくる。でも、私の胸を占めるのは、それとは違うなにか。これは、一体なんだ。

私は。プレイヤーじゃない。マネージャーだ。コートに崩れ落ちる皆を2階から見てるしかできない。今まで、負けることなんて何回もあった。負けて泣いたことも何度でもある。
でも、今回は違う。私は、祈ることしか出来なかった。ただ、無力、だった。私に出来ることは、声を出すことしかなかった。そうか、これは、無力感だ。

でも、そんな無力感なんてすぐに消えた。あっという間に心を埋めて来たのは、悔しさ。
今まで以上に練習もした。油断もしてない。今までの烏野の成績からしたら、あの青城をフルセットまで追い詰めるなんて、この会場の誰もが思ってなかったことだ。
それでも、あと、一歩、あと数秒。届かなかった。悔しい。悔しい…!自分が、負けるより、何倍も悔しい…!

ぎり、と握った拳は痛いけど、そんなの関係なかった。ふ、と瞑った目を開けると、皆が整列しに向かってくるところだった。今まで、皆には迷惑を掛けてきた。こんなときくらい、きちんと、彼らに届けたい。

何を言おう、何て言おう。今日の試合は、接戦で。ミスもあったけど、きちんと形は決まってて。確かに、あと1歩及ばなかった。負けた。悔しい。もっと、皆の試合を見たかった。…ああ、でも。

いい、試合だった。

皆が、皆で支え合ってた。烏野も青城も。6人で1つのチームが2つぶつかり合った。安定した青城。新しい烏野。
気持ちとか、技術とか、そういうのじゃない。ほんの少しだけ、チームとしての経験値が多かった。それだけだ。

そう、思ったら、急に涙が込み上げてきた。ぐっ、と奥歯を噛み締めて、また俯く。悔しさも無力感も、全部詰め込んだごちゃごちゃした気持ち。整理できないまま、溢れ出そうなのを堪える。まだだ。まだ、私が泣くには、早すぎる。

「応援、ありがとうございました!」

大地さんの声が聞こえる。隣の嶋田さんや滝ノ上さんが拍手を送るなか、私だけは俯いたまま動けない。今、動いたら、涙が零れるから。皆の顔を見たら、きっと泣いてしまうから。だから、彼らの顔は見れない。でも、どうしても伝えたい。

大きく深呼吸して、はー、と息を吐く。隣から、どうした、と言わんばかりに私を覗き込む2人の気配がする。ぐっ、と心を落ち着けて睨み付けるように下に並ぶ皆を見た。

「良い、試合でした!ありがとう!!」

ぽかん、とする皆。出来るだけ大きい声で、青城のコートにも届くように。ありったけの声で叫んだ。

「次は、絶対負けない!!!」

まだ終わりじゃない。次がある。この敗北も悔しさも、すべて抱えて。次に繋ぐんだ。

『おう!』

下にいる皆からは、そんな声が聞こえた。次だ。早く、上を見よう。止まってる暇なんかない。壁は高く、どんなに分厚くても、下を向く暇はない。

バレーは、上を見るスポーツだから。






青城の試合を見終わって廊下でみんなを待っていると、青城のジャージが来た。当然、勝ち進んだ彼らは笑顔で。明日の白鳥沢戦に向けてもう気持ちが向いているのが手に取るように分かった。

「……名前ちゃん」

ふと、白いジャージの中にいた見慣れた人と視線が交わった。リラックスしていた笑顔が少し固くなる。気にしなくていいのに、と思って苦笑した。勝負の世界には、必ず敗者と勝者がいる。だから、そんな顔しないで、及川さん。

「残念だったね、でも、あいつらすご……、名前?」
「おい、及川名前苛めてんじゃ―――って、名前、お前、なんか」
「……良い、試合でした。ありがとうございます。明日、絶対、牛若倒して下さいね」

悔しいですから、とそう言って笑うと、岩泉さんと及川さんが顔をくしゃりと歪めてから笑った。頭に乗せられた手の大きさ、温かさ。どこまでも強く、優しい人たちだ。

今日感じた悔しさも、もどかしさも、全部連れてまた会いに来るよ。だから、どうかそれまで。

私たちの前に立ち塞がっていてね。




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