ほら、運命を蹴飛ばしてよ


「いたいた〜!やっほー、名前ちゃん!」

コートでのウォームアップが始まったと同時によく知った声が聞こえてきた。ふり返るともう見慣れてしまった白いジャージが目に飛び込んでくる。同じブロックだから見に来るだろうとは思っていたけど、やっぱり試合の序盤から見にきたか。

「及川さん、岩泉さん、どうも。皆さん入り早いですね?偵察ですか?」

そう言うと及川さんはふふん、と笑った。余裕で飄々としてるのはいつもだけど、今日は特に自信満々で、ここに来るまでにしっかり準備をしてきたことは十分にわかった。余裕はあるけど、油断はない。そう思わせているのはこれが彼にとって最後の夏だからだろうか。

今年こそ、全国へと意気込む及川さんたちが言う通り、青城は成熟したチームだ。全国レベルといっても過言じゃない。その実力を持ってしても、烏野は警戒されている。

きっと、青城の中にはあの練習試合がまだ焼き付いているんだろう。あの速攻も。影山と日向の存在も。でも、それは私たちも同じだ。及川さんのサーブも、岩泉さんのスパイクも、焼き付いている。
勝ったけど、あれはお互いのベストメンバーじゃなかった。だから、今度はベストメンバーで。導かれるようにお互いを倒しに来た。

「まあね〜、試合前に烏野がどんだけ必死で練習してきたのか見てやろうと思って?」
「なんでお前はそう上から目線なんだよ。偉そうでムカつくなお前」
「痛いよ岩ちゃん!お、飛雄ちゃんととオチビちゃんだ」

コートに手を振る及川さんとその手をはたき落とす岩泉さん。相変わらずの2人に安心する。彼らにも伝えないと。西谷でぐらついたけど、田中が背中を押してくれたし、なによりこの2人なら大丈夫だと、確信を持って言える。それくらい、及川さんと岩泉さんには迷うなと何度も言われたから。

この背中には数えきれないくらい助けられて、その度に力を貰った。もちろん今回も。貰ってばかりで情けないけど、今度こそちゃんと前に進むから、伝えるのはもう少し待っていてね。

「お久しぶりっす!名前さん!ここいいっすか?」
「私普通に応援するけど、それでよければ」

大丈夫っす!と言う金田一くんと岩泉さんは手摺に体を預けて、下を覗き込む。及川さんは興味ないと言わんばかりに席に深く腰かけた。
金田一くんは特に日向にライバル意識を持っているみたいだし、どこまで仕上げてきたか気になるんだろう。そうそう。どんどん日向に注目しておいてよ。私たちの最強の囮が機能するように。
真剣に試合を見る彼を見て、そう思った。

「やあ、久しぶりだね」
「入畑監督、お久しぶりです。その節はお世話になりました!」

ふと落ちついた声に視線を外す。入畑監督と溝口コーチがにこにこと笑いながら声を掛けてきた。ああ、そうだこの人にもお世話になった。

「指導者も見つかったみたいだね、良かったよ」
「お陰様でいい人が来てくれました。ありがとうございます」

ぺこり、と頭を下げると御礼はいい、と言われてしまった。君の頑張った結果だろう、と言われて迷うことなくはい、と答える。それでも青城と試合をしてから、きっと歯車は動き始めた。だからきちんと御礼を伝えたかった。そう思っていたら、入畑監督が驚いた顔をした。

「良い表情になった。迷いは消えたようだね」
「…なんで、指導者ってこうも分かるんですかね…」

少し声を小さくしてそう言った入畑監督に、今度は私が驚く番だった。私の様子が面白かったのか、わかるよ、と監督は笑った。分かっているのなら、私はやっぱりきちんと御礼をしないと。

「今まで、他校の生徒だった私との練習を許してくださってありがとうございます」
「部員の自主性にまでとやかく言う気はないよ。君はウチに著しく不利になる情報を渡すことはないだろう?」

他校のマネージャーなんて、スパイにも等しい。情報は大きな武器だから。きっと青城の中にも私が顔を出すことを良しとしない人間はいたはずだ。それでも練習を認めてくれた監督や時々指導をしてくれた溝口コーチには本当に頭が上がらない。

「分かりませんよ?もしかしたら筒抜けかもしれないです」
「それなら私の目が狂っていたということだね。仕方ない」

諦めたように笑う監督には全く後悔はない。私も、青城の自主練で得た情報は繋兄や大地さんたちには伝えなかった。
こんな形で持ち帰った相手の情報なんて、烏野は誰一人として望まない。正々堂々、正面から。倒して全国へ。それが烏野全員の想いだ。
きっと青城もそうだろう。だから、誰も日向と影山のことを聞いてくる人はいなかった。

「君のバレーに対するひたむきさは人の心を動かす。どんな道を歩んで行ったとしても、君がバレーに向き合う限り君放っておかない人が多いだろうね。私も、そのうちの1人だと思ってくれればいいよ」

そう言って笑う入畑監督にもう一度お礼を言う。私を信じてくれるひとはここにもいた。なら、私にできるのは、掛けられた期待に応えることだけだ。
まずは目の前の1勝。本気で。





「あ」
「げ」

人目に付きにくい体育館の奥。柱の陰から出てきた長身の人影とその顔に一部だけ赤い様子に思わず声が出た。向こうも盛大に顔を歪めている。
試合前は生意気なことを言うな、と思っていたけど赤くなった目尻と鼻に、彼が抱えていた思いの強さを改めて感じた。
誰一人、真剣じゃないやつなんていないし、負けて悔しくないやつも、ここにはいない。

タイミング悪、と思ったけどそのままスルーするのも気が引けて。お疲れ、と二口に声を掛ける。おう、と声が返ってきた。思ったよりも乾いていた声に、少しだけほっとした。負かした相手への慰めなんて、どうしていいかわからない。きっとお互いに。

「なんつーか、その…さっきは悪かったな」

バツの悪そうに謝罪する二口。正直意外だ。最初のあの嫌味は何だったんだろうか。試合前の高揚で思いがけない言葉を言ってしまうことはあるけど。謝ってくるあたり、案外悪いやつじゃないのかも。

「私も言い過ぎた。ごめん」
「まあ、次は負けねーよ。お前らも次の青城と不甲斐ない試合したらマジで潰すかんな」

勝てよ、とそう言って握られた手は大きくて、分厚くて。この手に乗ってきたものを全部私たちは持って行かないと。改めてそう感じた。
そんな話をしつつ、意外と話が弾んで連絡先を交換する。意外と気が合うかもしれない、この男。

「ああでも、私夏にはもう烏野にいないんだ」
「は!?なんで!」
「私も、みんなみたいにプレーがしたくて。だから、私も、私のコートで戦おうと思って」

夏には東京に転校すること、バレーに戻りたいことを伝えると、びっくりしたようだったけど、じゃあ冬は東京で会うぞ、と笑った。行くのは烏野だけどね、と笑うと二口はブレねーやつ、と2人して笑った。

「ンだよ、くそ、早々に遠距離かよ……」
「なに?よく聞こえなかった」
「なんでもねー!」

そういう二口がときどき私の後ろを見て目を細めていたことを、結局私が知ることはなかった。





帰ってからミーティングをして、最後にみんなで円陣を組んだ。明日は青城戦。今日の青城の試合を見ても、さらに安定したチームになっていたけれど、ここまで来たらやれることはそうない。全力を出せるよう、準備を整えておくことだけだ。
解散、という繋兄の言葉にみんなが散っていく。明日持っていく備品を少し確認しようと部室に行こうとすると、日向が私を呼び止めた。

「名前さん!」

少し不安げな表情の日向に嫌な予感が頭をよぎる。大丈夫かな、青城との練習試合の時のことを思い出したりしてないだろうか。どうしたの、と聞くと少し言いにくそうに声を小さくした。

「ノヤっさんと何かあったんですか?」

その言葉に思わず目を見開いた。正直、日向に気付かれると思ってなかったから。

「や、なんか、その…2人とも目合わせないし、なんつーか」

おどおどと、身振り手振りであの、その、と言葉を重ねる日向。後輩に見抜かれて心配されるなんて、マネージャー失格だ。
そう自嘲すると、日向は首を傾げた。

「ねえ、日向。もし、影山が急に青城に行くって言ったらどうする?」
「影山が?ですか?」

うん、と頷くと、日向はまっすぐに私を見つめた。ああ、この肌を刺すような真剣さ。少し前まで、私が向き合いたくなかったそれだ。

「どうもしないです。確かに影山のトスがあるからここまでこれたけど、俺はコートに一番長く立ってたいから」

でも今となっては、そのまっすぐさは私が欲しかったそれだとわかっているから。だから、怖くない。

「だから、影山が別んとこ行っても、そんときは倒すだけです」

はっきりとそういった日向は、自分のしたいことも、自分が今どうやって立っているのかも全部わかってて、自分の無力さと向き合ってる。
そうやって自分から逃げずに立ち向かえる強さ。日向は私からバレーの基礎を、私は日向からこの強さを。それぞれ学んだ。

「日向の答えはシンプルで分かりやすいね」
「たっ!単純ってことですか!?」
「違う違う。私は色々考えちゃうからさ。日向のシンプルな答えはいいな、って」

すう、と深呼吸する。気持ちも切り替わった。もう、大丈夫。西谷とのこじれた関係も、今は置いておこう。

「ありがと、日向。元気貰った」
「???」
「明日、勝とうね」
「はいっ!!」

元気よく頷かれた日向につられて、私も頷いた。




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