彗星の行く末
時が、止まった気がした。
世界から音が消えたみたいに、しんと静まる。まるで世界に私と西谷しかいないみたいだった。
「嫌だ」
「え……?」
「嫌だ。俺はもっと、名前とバレーがしたい」
西谷が言ったことが、頭に入ってこない。西谷、嫌って言った。もっとバレーがしたい、って。
私の言いたいことはぐちゃぐちゃになって、喉から先には何も出てこない。かろうじて吐いた息だけが、空気を震わせた。
なんで。西谷。私だって、バレーしたいよ。西谷、でも、私、わたし、ここにいたら、ちゃんとバレー出来ないの。
分かってよ、私も、離れたくないよ。私も、もっと、みんなと、一緒にいたいよ。
「今まで通りじゃだめなのか?」
「っおい、ノヤ……!」
縋るような目。いつもの真っ直ぐな目と違う。私が初めて見る西谷が、そこにはいた。迷子になった子供のように、不安そうな、揺れる瞳。なんで西谷がそんな顔をするのか、わからない。
西谷はいつだって真っ直ぐな目をしていたから。どうして、そんなに、苦しそうな目をするの。
「なんでだよ……っ!折角、全国行けるかも知れねえのに……!旭さんや大地さんたちは良いのかよ…!俺たちを……っ!」
西谷が何かを言おうとした時、目の前から西谷が居なくなった。ドン、という大きな音がして、はっと気づいたら西谷が尻餅をついていた。拳を握った田中と口許を拭う西谷。
田中、西谷の、こと、殴ったの?
なんで、と思っても声は掠れて何も出ない。まってよ、ねえ、なんで、やめてよ。ちがう、ちがうの。2人に喧嘩してほしい訳じゃないのに。そう伝えたいのに。
からからに乾いた喉は張り付いて、全く役に立たない。
「ふっ、ざけんじゃねえぞ!!!ノヤ!!てめえ今何て言おうとした!?」
「ちょ、た、なか……!」
田中の口から出てきた大きい声は、いつもの田中のそれと全然違っていて。その声の大きさに肩がびくりと震えた。
西谷の胸ぐらを掴んで、持ち上げるように西谷に大声で怒鳴る。もはや吠えるようなそれに、また私の体が跳ねた。
「分かってんだろ!?どのみち、俺達はこいつと同じコートに立てねえんだ!しょうがねえだろ!ガキじゃねえんだ!いつか道なんざ別れるに決まってんだろ!」
その田中の声に、西谷の顔が泣きそうにくしゃりと歪んだ。
「何も考えずに名前をここに引き込んじまった俺らにも責任があんべや!腹括れよ!」
「龍……!じゃあ!お前は!名前が遠くに行っちまってもいいのかよ!3人で、力や旭さんが居なくても乗り越えてきたのに、また仲間が居なくなってもいいって言うのかよ!!」
「名前がバレー止める訳じゃねえだろうが!」
田中が西谷を突き飛ばした。西谷も田中も、肩を上下させてお互いを睨み合ってる。どうしていいか分からなくて、涙が出そうだった。どうしよう、私の、せいだ。私が、余計なこと、言ったから。
「見損なったぜ、ノヤ。ダチの進みてえ道を否定するなんて、いつものお前はどこ行っちまったんだよ。こいつが!どれだけ悩んで決めたことか、お前にわかんのかよ!」
吐き捨てるようにそう言う田中は、西谷を睨み付けていて。いつもの仲の良い2人はどこに行ってしまったのか。
私が、2人の仲を壊したんじゃないか。
そんな怖さがお腹の底から沸き上がってくる。気持ち悪い。頭がぐるぐるする。足から力が抜けそうだった。
「お前がちゃんと名前のこと考えられるまで、名前に話し掛けんな」
田中のその言葉にはっ、として思わず腕を掴んだ。待ってよ、私、自分でちゃんと話さないといけないのに。いやだよ、こんな、終わり方。
「ちょっと、田中……、そんなの……!」
「お前もだ名前!こいつのケジメだ!こいつがちゃんと考えるまで話し掛けんな!……分かったな、ノヤ。縁下たちや大地さんには俺から伝える。頭冷やせ。行くぞ、名前」
「え、あ、た、なか……!待って、田中……!」
半ば引き摺られるかのように田中に腕を引かれて、お店に戻る。
扉が閉められる前に、振り返った。
何か、何か言わなきゃ。西谷に、なにか。
声を掛けようとしたけど。
「にし…、」
西谷が私を見ることはなかった。