06


梅雨が開けて夏が来て、とうとう真っ盛りになった。毎日日差しに殺されそうだ、と思いながら練習の日々を過ごしている。
なんだかんだ、鳥養監督や先輩方のお陰で、私の男バレ生活はうまくいっている。

そんな中、期末テストの準備期間で部活が禁止された。勉強しなさい、と脳筋たちへの最終警告である。
赤点だと夏休みの補習で部活に出れなくなるので、最後の追い込みを掛けるべく田中と西谷に勉強を教えていた。田中ん家で。図書館は早々に追い出された。西谷と田中が30分も静かな空間に耐えれるわけがなかった。

そして、現在。田中家のクーラーは絶賛故障中である。

多分壊したのはさっき田中がふざけてバレーボールをぶち当てたからだ。冴子さんに死ぬほど怒られていた。田中家のクーラー破壊には同情を禁じ得ないが、そんなことより今クーラーが効かないことの方が死活問題だった。

「あ〜〜〜…暑い」
「文句言うな〜俺だって暑いよ苗字」
「でも東京よりマシ…」
「そんなにやべーのかよ、東京」
「あそこはもうおかしい。熱気やばい。満員電車コワイ…」

涼しそうな顔をしているのは西谷だけだ。なんでこいつは人一倍暑苦しいくせに微塵も感じさせないんだろうか。ぱたぱたと団扇を扇ぐ。ちょっと休憩。

「そういや、苗字お前合宿どうすんだよ」
「もち参加。全部じゃないけど」
「全部じゃないってどういうことだ?」
「土日は社会人と大学生に混ざってこいって言われた」
「ハア!?」
「腕もげるんじゃねーの?」
「奇遇だな成田。私もそう思う」

鳥養監督の伝は広い。電話一本で私の土日は華麗に消え失せた。いやどちらにせよ練習はあるんだけど。開いた数学のノートはさっきから一文字たりとも増えていない。
ゴリゴリ君を食べながらもやっぱりテストの話なんかそっちのけで、バレーの話が中心。こういう時、やっぱりみんなバレー馬鹿なんだな、って思う。

「インハイは結局白鳥沢かー」
「ウシワカがやべーよな、2年でエースだぜ」
「ああー、そうね。ウシワカね」
「…んん??名前知り合いか??」
「前にユースで会った。あいつワケわかんないからキライ」
「お、おお…珍しいな苗字がそこまで言うなんて…」
「まあ、色々と…」

合宿所の関係もあって、ユースは男女で同じ期間にやることが多い。その時に知り合った訳だけど、なんでユースってああも癖の強いのがうじゃうじゃいるんだろうか。
やっぱり全日本だとああなるのかな、と思うとぞわあっ、と背中に何かが走った。うっ、思い出しただけで…!鳥肌がたつ腕を擦った。やめよう、思い出すの。

「なあ、お盆の3日間練習休みだろ?みんなで遊びに行かねーか?」
「おー、いいな!昼間だけなら行ける!」
「夏祭りあったろ西区の神社で!みんなでいこーぜ!」
「あーごめん、私パス」

私のパス発言にブーブーと田中と西谷からブーイングが出る。やめろお前ら、と縁下が2人をチョップで黙らせた。流石2年のママである。

「お盆だし、色々家の都合とかあるだろ、ワガママ言うなお前ら」
「ああ、いや、私は今年帰省しないんだけど…ちゃんとけじめつけて来ようと思ってさ」

東京、行ってこようと思う。





プワアアン、とつんざくような音がざわついたホームに響く。新幹線から降りると、案の定熱気が肌を包んだ。ああ、戻ってきたな、と思った私は大分この大都会に慣れていたようだ。
新宿で乗り換えて、何度も使った電車、いつもの車両。弱冷房車は練習後だと熱くて乗れなかったことを思い出した。

最初、東京はみんなせかせかしていて、怖かったなあ、と駅から降りて、通学路を歩く。門をくぐって、体育館までまっすぐ。中高一貫校のここは高等部であっても、よく知っていた。

第4体育館。文武両道を掲げるこの学園は、体育館のキャパシティも十分で、練習場所に困ったことはなかった。
じわじわと照り付ける太陽が少ししんどい、早く体育館に入りたい。でもいざ体育館の前に来たら、足は鉛のように重くなった。

折角ここまで来たんだ早く動けよ足、と思って一歩を踏み出したとき、聞きなれた声と姿が見えた。変わってないなと、少しだけ安心した。

「…え、名前?…なんで、」
「久しぶり、ゆっこに聞いた。どうしても会いたくて。さっき仙台から」
「そう…あと15分で終わるから。待ってて」

うん、いくらでも待つよ。
久しぶりに見たセッターの相棒は、私が何を伝えたいかなんてすぐにわかってくれたみたいだった。ほんとに、私は色んな人に支えられてるな、と改めて感じてしまった。駆けて行った背中を見て、覚悟してきた心が少し揺らいだ。

話、聞いてくれるだろうか。そう思ったらちょっとだけ怖くなって、田中が貸してくれたリストバンドを握った。お守り代わりに持っていけ、と言われたそれを撫でる。
頑張るよ、信じるって決めたから。





「なに、急に来て」

部活を終えて制服に着替えた元相棒は、私をじっと見て言った。自分と向き合うって、怖い。
でも、もう逃げるのはしんどいって、わかってるから。逃げるの、やめる。
ぺこ、と頭を下げる。

「今までごめん。私、本当に自分勝手だった」

バレーはチームで戦うのに、私はいつの間にかひとりで戦ってる気になっていた。
そう言うと、ずっと相棒だったなっちゃんははあ、と深くため息をついた。やっと分かったか、と言わんばかりのそれだった。

「そうだね、名前勝手だったよ。うちらのこと信じてくれないしほんとムカついた」

そう言われて、ぐっと言葉に詰まる。そう、きっとそうだった。
あの頃の私が信じていたのはチームメイトでも、自分でもなくて、練習で磨いた技術だけだった。
チームメイトを裏切ってきたのは、ずっと私だった。

「でも、名前が人一倍努力してたことは、みんな知ってたよ」

その一言に、はっと顔を上げた。
なっちゃんは悔しそうに顔を歪めて、私を見ている。やめてよ、なんでなっちゃんがそんな顔するの。

「名前の期待に応えられなくてごめん。でも、うちらに名前と同じことは、きっとできない。でも、あんな突き放した言い方じゃなくて、ちゃんと伝えるべきだったって、名前がいなくなってから後悔した」

ううん、違うんだよ。私がもっとみんなと話すべきだったの。それをつまらない意地で抱え込んだ私がいけなかったんだよ。だから謝らないでよ。

そう言いたいはずなのに、言葉は喉がひきつって全然出てこないし。おかしいな、なっちゃんの顔ちゃんと見えないよ。
滲む視界の奥で、なっちゃんが困ったように笑った気がした。

「ひとりにしてごめん。うちらも名前も、もっとちゃんと話そ?」

うん、うん、と馬鹿みたいに頷く私の声は湿っていたけど、それは東京の湿度が高いせい。そういうことにしておこう。





「ホントあんた泣き虫だね、もう泣き止みなよ…あ、そうだ。名前こっちでどうすんの、夏休み」

ぐすぐす泣く私を軽く放置して、なっちゃんはアイスを齧る。なんていうか、こういう自由なとこちょっと西谷に似てるんだよな、と共通点を見つけてしまってくす、と笑った。私の周りには頼りになる人が多い。

「一応明後日帰る予定でそれ以外は特に…なんかある?」
「この後、午後からウチの男バレが練習試合するんだけど見てったら?私も行くし。どーせ名前のことだから高校の女バレに引け目感じて入部できなくて、練習サボった挙げ句、復帰しようとしたけどチームの輪を乱すと思って入れなくて、男バレか大学生とかに混ぜてもらってるんでしょ」
「エスパーかよ…」

はんと相棒が私のこと理解し過ぎてて惚れる。それとも、私そんなに分かりやすいんだろうか。それならちょっと、いやかなり恥ずかしい。

「尚更来たら?相手かなり強いよ、インハイ何度も出てるし」
「ちなみになんてとこ?」

えーと、確か、とケータイを弄る。なんか生き物の名前だったんだよね、と首を捻った。東京生まれじゃない私にはさらに分からないのでひたすら動物の名前を言い続ける。流石にライオンやカバはないわと自分でも思った。あ、思い出した。となっちゃん。

「梟谷ってとこ」

ふーん、知らないや。ごめん。



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