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「監督が、他校の女子を、泣かしてる」
「惜しい。字余りだな」
「落ち着いてる場合かよ海。どう見ても緊急事態だろ。お前行ってこいよ、キャプテン」

えー、と不満をこぼしても夜久は早く行ってこい、と言うだけ。みんな気になってはいるけど俺を行かせる気満々。気になるなら自分が行けばいいのにこういう時だけキャプテン扱いズルくないですかぁ。特に山本、お前はチラチラ俺を見んじゃねえよ。

絶対に俺に行かせるマンの夜久と優しく見守る海。なんだよこれテコでも動かないやつじゃねえかよ。最悪だ。貧乏クジ甚だしい。

「たのんますクロさん!」

へいへーい、とテキトーに返事を返す。へいへーい、って木兎かよ、そういやあいつ宮城に1 人知り合いいるっつってたな。全然的を得ない話だったけど。ほんとにいんのかよ。いつもならフォローする赤葦も今回は特になんも言ってなかったし、イマジナリーフレンドってヤツですか、木兎くん。今度からかってやろう。存分に。

そんなことを考えながら監督とあの子に近づく。そういや、さっきコートの中で手を振り返してくれたとき、なんつーか、うちの女バレにはない可愛さを感じたんだけど、なんなの。いや、首こてん、は可愛いだろどう考えたって。

「あー、その、監督?その、子は…」
「あ、す、すいません。苗字名前です。猫又監督にはその、昔からお世話になってて、それで、…?」

ぱっ、とこっちを見た女の子の涙が。目が。すげえ綺麗だと思った。え、なにこれ。すっげえきらきらしてない?えっ、待って。なにこれ。黒尾さん聞いてないんですけど。

さっきまで恐ろしいコントロールのサーブを打っていたとは思えない。改めて名乗るところも、俺の目を見て話すところも、なんつーかきちんとしてんな、って思った。さっき性格悪いとか言ってごめん。

見ると鼻の頭が赤くて、目はまだうるうるしてるから、結構ガチで泣いたんだな、この子。大丈夫か?監督とコーチに苛められてない??つーかおたくらどういう関係なの?昔からって、俺も監督とは昔からなんですケド。

大丈夫?と声を掛けようと思って固まった俺に首を傾げるその子。あ、またその仕草。しかも上目遣いオプション。キタ。ストレート。センターど真ん中。これは無理。落ちたわ。たぶん。だって心臓すげえバクバク言ってる。

いや、なんか話せよ俺。ほら相手固まってんじゃん。なんかあるだろ、ほら、なんかってあれだけど、ほら、あれだよ。話せって!何か言葉を発しろ俺!テンパってんなよ!童貞かよ!童貞だよチクショウ!!ああああなんか、なんかあるだろおおお。捻りだせ俺の頭よ!!

「めちゃくちゃタイプです。俺は黒尾鉄朗。一目惚れしました(大丈夫?監督に苛められてない?)」

…。
………。
……………アレ。なんか俺いまやらかしてね?

つーか、名前ちゃんっていうのか、なに、名前まで可愛いとかズルくね?勢いで取った手はすべすべで、うん、ちょっとこれはヤバい。俺今手汗やべえ自信ある。現実を見ろ俺。

いやでも、このきょとんとした顔も可愛いし、どんどん赤くなっていく顔を控えめに言ってサイコーなんですけど。やばい、赤い顔で目がうるうるしてるとか、ねえマジでなんなの俺を殺しにかかってんじゃねえの?可愛いは正義。うん、そろそろ現実逃避の時間終わらすわ。


ていうか、俺今一目惚れっていったよな??やばくね??これは終わったのでは???


「事情探りに行ったんじゃねーのかよ!なにしてんだてめえ!」
「うごぉ!?」

夜久の膝裏に衝撃が入ってがく、膝から崩れた。やべ倒れる、思ったら夜久にそのまま頭を掴まれる。ちょっ、ナニコレ!?どうなってるわけ!?
そのまま、すいませんっしたァ!という夜久の声と共に、思い切りデコを体育館の床に擦り付けられた。オイ待てなんつー屈辱だよ!ほぼ土下座じゃねえかコレ!

「オウコラ、トサカヘッド!!なにうちのマネージャーにちょっかいかけてんだコラ」
「はいはい苗字ちゃんこっちおいで〜」
「クロ流石にそれはない」
「す、すっげえ…いきなり告白とか…都会人こえー」
「いや、東京の人がみんなが皆そうじゃないぞ翔陽!」

向こうの坊主とか主将より夜久の方がキレてんのなんでだよおかしいだろ。お前なんなの?名前ちゃんのセコムなの?
顔を上げると烏野のリベロに隠れながら(全然隠れられてないとこも可愛い)変わらず赤い顔の名前ちゃんが俺を見ていた。無理、しんどい。やべえ、宮城から帰りたくねえ。

「名前!お前大丈夫か!?」
「に、西谷…助けて…!」
「(警戒する姿も怯える姿もドストライクと言ったら流石に引かれるか)申シ訳ゴザイマセン」
「謝れ!心から!!誠意が足りねえんだよ!!!つーか今何考えたコラァ!」

身長差があるにも関わらずがくがくと俺を揺さぶる夜久に下心を見抜かれてしまった。この時思ったことは死ぬまで黙っておこう…。つーか気持ち悪いんですけど、そろそろやめてくれません?

まあ、順番間違ったけど一目惚れには変わんないで、そこんとこよろしくネ、名前ちゃん。





「次は負けません!そう簡単にうちのマネージャーは渡さないんでよろしくお願いしますね」
「次も負けません!悪いけど本気なんで諦めませんからそこんとこよろしくお願いしますね」

大地と黒尾がギリギリと握手をしている。おお…ナイスブロック大地。苗字ちゃんは俺に任せておけよ〜。清水のブロックは言われなくてもあの2人がやっているから、適材適所ってやつだ。
無理矢理に連絡先とか聞かれたら事だしな。まあ…実は一番目を光らせてんの烏養さんだけど。そう思ってコーチを見るとコーチ同士でギリギリと握手している。

「うわ、こわっ…」
「コーチもか…」

あっちこっちで不穏な空気だ。田中とモヒカンくんのとこだけなんか今生の別れみたいになってっけど。最初に息の合いそうな予感がした夜久君と立ち話をしている。なんか、アレだ。お互い同じ立ち位置つーか…通じるものがあるというか…。

「あ、あの…、リベロの…」
「苗字ちゃんどした?」
「夜久衛輔です。さっきはうちの黒尾がすいません」

夜久君と話をしていると、ぱたぱたと苗字ちゃんが来た。苗字ちゃんの後ろで大地が必死に黒尾を止めているのが視界に映る。…頼んだぜ、大地!
改めて自己紹介をした苗字ちゃんは何を伝えに来たんだろうか。

絶対に苗字の個人情報は音駒サイドに流出させるなよ!と、大地から秘密の任務を請け負っている俺としてはドキドキである。大人しく成り行きを見守ってはいるけど、いざとなったらいつでもブロックは出来るように用意しておく。
でも夜久君、良い奴なんだよな…普通に。

「あ、いえ、その私も失礼な態度取っちゃったので…あの、音駒の皆さんレシーブのレベル高くて、感動しました。く、黒尾さんも、すごいブロックのレベル高くて、私もまだまだだなって思って。…あの」

黒尾からのあの一方的な告白を思い出したのか、うろうろ目線をさ迷わせる。しかも頬もちょっと赤い。あのな、苗字ちゃん。男はそういう表情に弱いんだって…!気付いて…!

「今日は一緒にバレー出来て、楽しかったです。ありがとうございました」

はにかみながら言う苗字ちゃんは控えめに言ってもめちゃくちゃ良い子である。いやまじで。烏野が生んだ奇跡だ。しかも、あんなナンパ野郎ですら凄い所はちゃんと誉めるとか…!ほんとなんて良い子…!
その言葉には夜久君も感動したらしく、じーん、という効果音が付きそうな顔をしていた。分かる。

「なにこの子めっちゃいい子…!黒尾近付けないようにするから音駒来ない?」
「おいおいおいおい!確かに苗字ちゃんはすげーいい子だけど!」
「ん、分かってるってスガくん。アイツには言いにくいよな?俺から言っておく。ありがとう。俺も楽しかったよ」

そう言って固く握手する苗字ちゃんと夜久君。まあ、夜久君は黒尾みたいな得体のしれなさみたいなのはないから安心できる。うんうん、良かった良かった。

「あ、折角だからスガくんLIME交換しようぜ、苗字ちゃんも良ければ」
「はい!」
「おー!するべ!」

ん?夜久君??急にきたな???
ごめん、大地。任務失敗した。


楽しそうに笑っていた苗字ちゃんが、この後とんでもないスランプに陥るなんて。
西谷と苗字ちゃんの、あの2人の関係があんなにあっけなくひび割れてしまうなんて。

この時の俺たちは、誰一人として思ってもなかった。




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