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「どう思う、クロ」
「なーんか聞き覚えあるんだよねぇ…あの名前…。それにあの監督の顔見てみろ、嫌な予感しかしねえよ」
「いずれにせよ、警戒だな。ポジションもわかんねえし。リベロではなさそうだけど」

メガネのノッポはバテ気味だったけど、あいつ以上にタッパのあるやつはいないからピンサーかも。
そうクロたちと話ながら入ってきた女子を見る。向こうのレフトが名前、と呼んでいるから、ひとまず名前と呼ぶ。当然だけどユニフォームはないから番号で呼べないし。

女子にしては高い身長…ていうか、俺より高い。…別にいいけど。入ってすぐ名前がサーブのローテーション。どういうつもりで入れたのか分からないけど、畳み掛けるチャンスだと思う。

どれほど連携取れるか分かんないけど、掻き乱してぐずぐずな攻撃になればいい。

そう思っていたのに、向こうの1番と名前が空いた守備を埋めてくる。虎が打ちたいと思ったところに、名前か1番がいる。ここでこんなに安定したヤツ入れてくるなんて予想外。女子だからこのタイミングなのかもしれないけど。

5点取られたところでこっちがタイムアウトを取った。まあ、こっちとしてもちょっとバタついたからタイミング的には丁度だと思う。

「はっはっは!愉快愉快!お前ら随分翻弄されたな!」
「女子であの威力のジャンサ打つだけでもえげつねーのに、あのコントロール反則だろ…取ったけど」
「めっちゃ怖いっす!あんな狙われたの初めてっす…」
「精度高いサーブと犬岡へのプレッシャー…随分性格悪ぃじゃねぇーの」
「っ、監督。あの凛々しい女性は一体…!」

その虎の言葉に皆がこんなときもかよ、と呆れた。まあ、凛々しい、のは分かるけど少し違う気もする。虎のその言葉に、監督がにたり、と笑った。出た、猫又笑い。面白がってるやつ。

「それを俺が教えちゃあ面白くねえなぁ…相手がなんだろうが、勝って来いよ」
「ッシャア!最後まで気ィ抜くなよ。このまま1セットも落とさずに帰んぞ!」

そう言って意気揚々とコートに入っていくクロ。なんだかんだ名前と戦うの楽しいんじゃないの。性格悪いって言ったときのクロ、凄い楽しそうだったし。
コートに戻る途中、ネットの前で名前と目が合った。にこ、と笑ってくる名前はクロの言う性格の悪さなんて全然ない。あれはたぶんクロの言いがかり。

「君、ずいぶん正確なトスあげるね。よく見えてる」
「そっちこそ。いやらしいサーブ打つね。しかも、上手いこといる、よね。いつも」
「いやいや、そっちには負ける…」

まあ、うちはそっちみたいな攻撃力はないから繋いで焦ったところを狙うんだけど。だから、チャンスを伺えるように、反撃できるように防御にステ振りしてレベル上げしただけ。そっちとは相性の悪いみたいだけど。そういう組み合わせってよくあるでしょ。魔導師と武道家。草タイプと炎タイプ。そういうこと。

「俺は大したことないけど、みんなが強いから強いんだよ」
「バレーが6人で強い方が強いスポーツなら、君もその強い6人のうちの強い1人じゃない?」

そう言って名前は首を傾げた。なんだろ、ちょっとこういうところ翔陽に似てる。まっすぐだ。

「研磨、だっけ?名前は日向が教えてくれたんだけど。いつか、君のトスも打ってみたいなって思うよ」

またね、と笑ってチームに戻っていく。さっき犬岡を狙いまくってた時とは別人みたい。犬岡めちゃくちゃ怖いとか、クロも性格悪いって言ってたけど、全然そうじゃないじゃん。
日向をもっと頭良くしてレベルをめちゃくちゃ上げたらああなるのかな。ナニソレ、育成大成功じゃん。
言い逃げされたけど、俺も名前にトス上げてみたいなって思うよ。

「は!?ツーセッター!?」
「影山も苗字さんもすげえな…」

向こうに厄介な手札が一枚増えた。セッターのスパイクなんて今日初めて見たから当然決められた。向こうの話だと、2人とも初めて合わせてきたみたいだ。なにそれ、チートじゃん…。

たぶん、名前はスパイカー。それにしては綺麗なトスを上げるから練習中か、元セッターか。そしたらツーセッターも納得。名前も、翔陽も、コートの中で目を引く。つられないようにするの、結構大変。

カチリ、と何かがはまった音がした。ああ、そろそろイケる。最初はなんで宮城なんて、って思ったけど。ここまで来て良かった。こんなに面白くて、新しいタイプのモンスターがいるなら、クエストのしがいあるよね。







「随分レベル上げたなあお前さん」

最後のゲームが終わって、片付けをしている途中。猫又監督が話しかけてきた。してやられたよ、と監督は言うけど、どこを取ってそういうんだろうか。私を混ぜても、烏野は結局1勝も出来なかった。

レベルを上げた。本当にそうなんだろうか。牛若や木兎さんに言われた止まったまま、という言葉が頭から離れない。もう、1年近くも前のことなのに。私はちゃんと前に進んでるのかな。

「…体力は全然敵いませんし、私、止まってばっかりで」
「ふふ、悩んでるようだな」

にやにやと笑う猫又監督にちょっとだけムカついた。こっちは真剣に悩んでるんですけど。耳にこびりいたように、なっちゃんの言葉が蘇る。インターハイがリミットだよ。

勝っても敗けても、インターハイまで。予選が始まるのは6月。全国まで行ったら8月がリミット。もうあっという間に来てしまう。止まってる暇なんかないのに。決めなきゃ、いけないのに。

「…前に進むって決めました。そのために、色々決めなきいけないのに、時間が、無くて。どうしたらいいか」
「じっくり悩め、と言いたいが人生そんな暇を与えてくれないときもある。お前さんは昔から色々考えすぎだな」

あっけらかんという監督に、は、と口から息が漏れた。だって、考えなきゃ、ベストな道を選ぶためには考えて、それで失敗しない道を選ばなきゃいけない。何かを選ぶってことは、何かを捨てること。それを誤ったら、失敗しちゃう。正しい道を、選ばないと。そうじゃないと、そうじゃない、と。

「お前が考えて決めたことに、誰も文句は言わねえよ。向こう見ずに突っ込んでいけるのは若いモンの特権だ。それに、だめだったとしても帰ってくればいい。帰ってこれる場所は、もう見つけたんだろう?」

帰ってこれる、場所。

そうか、私、なんで、全部捨てるつもりでいたんだろう。ダメなら帰ってきていい、なんて考えもしなかった。成功しなきゃいけない、って。強くならなきゃいけないって思ってた。それしか、ないと思ってた。

でも、そうじゃない。帰れる場所がある。なにか、ぶち当たったって、どうにもならなくたって、戻れる場所がある。
後ろに下がるのは、退路じゃない。ひとつの、私が選んだ道だって。ねえ、監督、そういうこと?

『肩の力抜け。お前は力みすぎだ。試合も、それ以外も』

昔、烏飼監督から言われた言葉。あのときはなにか分からなかったけど、そうか、そういうことか。私、なんでひとりで崖っぷちに立ってたんだろう。
背後の道は過去じゃなくて、逃げ道でもなくて。私が、もう一度戦うために休む止まり木で、休憩所で、家のような。

道を間違えても、戻ればいい。進み続けなきゃいけない、なんてことはない。迷路は行き止まりにぶつかって、戻って、ゴールにたどり着ける道を探すものだ。だから、戻るのも、間違った選択肢なんかじゃない。私には、もう戻りたい場所も、戻れる場所もある。

「っ、はい…見つけ、ました…!帰ってきたい、場所」

監督にそう言われたら安心して視界がぼやけた。熱い涙で、頬が濡れるのが分かる。
私の周りの先生たちはこんなにも頼りになって、安心できる言葉をくれる。近くにいなくても、卒業しても、ちゃんと生徒じゃなくても。私がどうしたいかなんてお見通しで、いつもヒントをくれる。最終的に決めるのはきっと自分しかいないこともわかってる。でも、まだもう少しだけ、迷ってもいいかな。

「はっはっは!泣き虫は相変わらずか!良い良い、泣いた分だけ、人は強くなる。存分に泣きなさい」
「監督…っそれ、大黒●季じゃないすかぁ…!」

なんで直井コーチも泣いてるんですか、おかしいでしょ、と思いながら笑ってしまった。泣いてたはずなのに、私は笑っていて。
無性に烏飼監督に会いたくなった。



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