32


もう何度目かのゲームだ。折角だからと普段控えの成田や縁下、忠たちもローテに加えてゲームをする。向こうも芝山君が入った。そうか、リベロか。そう思いながらも、いい加減気疲れしてきた。なにより、コートの皆も明らかにバテてきたのが分かる。時間的にもそろそろ次のセットが最後かな、と時計を見た。

潔子さんと片付けの準備に入ろうと思っていたらゲームの途中で、猫又監督にこいこい、と手招きされた。線審を成田に任せて監督のところへ向かうと、猫又監督がにかりと笑った。

「せっかくだ!名前、お前も入れ!繋心、名前そっちに入れてくれ」
「いいんスか?勝ちますよ?」
「こいつは確かに怖いが、それでやられるほどうちは弱くねえよ」

ふふふふと不敵な笑みを浮かべる両監督に、これは完全に巻き込まれたな、乾いた笑みを溢した。折角だしアップしてこい、という繋兄の言葉に、こくりと頷く。私も東京の強豪校とやれる機会は逃したくない。

念のため持ってきていたジャージに着替えて、サポーターをはめる。木下にアップを手伝って貰って、体の調子を確認した。うん、悪くない。体も温まったところで、ちょうど繋兄に呼ばれた。

ピピ、という笛の音が鳴って交代が告げられた。蛍ちゃんと交代らしい。バテててたもんね。カードを持ってコート際で待っていると、やって来た蛍ちゃんに、ぐ、と力強く手を握られた。交代に自分が選ばれたことを悔しがれるなら、蛍ちゃんはまだまだ大丈夫だ。すれ違い様にぽん、と背中を叩く。あとは任せなさい。

「…向こうの1番。リーブロックの精度高いから気を付けなよ」
「ありがと。行ってくる」

コートに入ると音駒のコート側からざわめきが上がった。さっきのミドルブロッカーさんは私を信じられない目で見ている。?、と浮かべてるのは日向に張り付いていた人だけ。それ以外は睨むようにこっちを見ている。

あー、なんか、松川さんとか花巻さんと同じ反応だ。
入ってきたからには、何かやってくるんだろう、という油断を排除した目。日向と影山の速攻を見た後だとインパクトは少ないと思うけど。でも、油断がゼロって訳じゃない。そして、多分向こうには『苗字名前』を知る人間はいないみたいだ。

ちょうどよく私のサーブローテからスタート。お誂え向きのシチュエーション。繋兄の采配かな、と繋兄を見ればこくり、と頷く。どうやらそうらしい。
いずれにしても、私はベストを尽くすだけだ。

「おぉーし!かましたれェ名前!!」
「苗字先輩ナイッサー!」

たん、と2回。床にボールを叩きつける。いつものモーションで心を落ち着ける。

「…少なくとも3点」

もぎ取るよ。みんな。
すっ、と高くサーブトスを上げる。あ、いい感じ、と思った時には掌にボールの当たる感覚。振り抜いた腕がきちんと狙ったところに飛んでいくことを教えてくれた。





「……っ、は?イ、イン…!?」
「っしゃー!!ナイス!!ギリギリサーブ!」

そう言ってハイタッチを交わす。相変わらず苗字のジャンプサーブは女子と思えない威力とコントロールだ。コート外からスガさんと西谷のうおおお!という声が聞こえる。

おそらく狙っただろうコートのギリギリ、コントロールの良さを意識させる1本。出来杉くんかよ。
そう思っていたら、苗字がじっと相手を見て指をさした。あれ、これって…。

「見てて思ったけど、7番のきみ。レシーブまだ苦手だよね?」

1年生かな?

ぞっ、と全員の背中に寒気が走った。こ、これは青城との練習試合の時と同じ…。さ、流石及川の公式な弟子…。対戦して分かったけど、このあえてプレッシャーを掛けに行くいやらしい感じ、本当に及川そっくりだ。現に影山は顔色が悪い。

その言葉に音駒が控えのリベロ中心に7番のフォローに入る。向こうのリベロはじめ、レシーブのレベルの高さは十分理解してる。苗字もそれを分かってる。

「まあ、対応してくるよね」

だから、こっちも穴を狙うね。
そう言わんばかりのコースだった。リベロがギリギリ触れない位置に向かって打ち込まれたサーブに、全員が冷や汗を流す。で、でた。苗字のいやらしいサーブ攻め。でも、及川はただ脅威だったけど、味方だとこんなにも安心する。

その後はまた向こうの7番。結局3点をもぎ取った。このまま点を重ねて流れを引き寄せたいところだけど、そこは流石強豪。苗字のサーブに慣れたリベロから攻撃が繋がって、モヒカンがスパイクを打つ。

いい位置にいた苗字がレシーブを上げた。西谷直伝のレシーブは綺麗に影山の元に返る。あ、これ、合わないかも。そんな微妙なトスだった。
無理矢理打ちに行けば捕まるかもしれない、でも、タイミング的には向こうが崩れている今がベスト。どうする、打ちに行くか?いや、やめるか。ミスしたくな、

「縁下さん!」
「いけ力ァ!」
「ストレート!縁下!」

その声に推されて思い切り右腕を振り抜いた。コートに決まるボール。ガッツポーズを決めると、苗字が背中を叩いた。

「スンマセン!縁下さん!ちょっと低かったッス!!」
「だいじょーぶ、縁下なら!その調子!諦めんなよ!」

その言葉に、ああ、こいつには見透かされていたのかもしれない、とふと思った。
合宿中に焦っていたことも、自分の力に見切りを付けようとしていたことも。

日向や影山が入ってきて、下から強烈に追い上げてくる才能を初めて感じた。怖いと、思った。自分には才能がないこともよく分かってる。控えに回ったのだって、しょうがない、って分かってたつもりだった。今でも頭では分かってる。

でも、そんなの、関係ねぇよ…!悔しいに決まってるだろ…!

去年まで、3月まですぐ近くにあったコートが、今はこんなにも遠い。影山の努力も、日向のコンプレックスも理解してる。それでも、今までここで、烏野で練習してきたんだ。俺だって、試合に勝ちたい。試合に出たい。点を取りたい。出たい、出たい、出たい!

1本決めたら、またそれがぶわっ、と心に広がった。もっとコートにいたい。まだ下がりたくない。サブじゃなくて、ちゃんとレギュラーでいたい。相手を、倒したい。ビリビリと残る感触を、ぐっと掌に閉じ込めた。

苗字の言うとおりだ。まだ、言い訳して、諦めるには早いだろ、俺。

「影山、私もトスあげるよ。スパイク打って。サイン決めよう」
「ッス!!アザス!!やります!」

影山のその勢いに、苗字の肩が跳ねた。いや、お前フツーにその勢い怖いよ影山。

「っその、先輩のトス打てんのメチャクチャ嬉しいんで」
「そ、そうなの?」
「あ、あと!!今度スパイクとサーブとレシーブと…」
「早くしろ影山!!」
「サーセン!!」

苗字だって、強烈な才能を持ってる。
でも、コートの上じゃ関係ない。俺も、苗字も、ただのバレーボール馬鹿で、目の前の相手を倒したいだけの生き物だ。

あの夏の日、ちゃんと体育館に戻ってくると決めて、よかった。



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