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GWも残り僅かになった。音駒との練習試合に向けて、影山が正セッターに決まったり、背番号が決まったり。
新しいチームが始動してからの初めての濃密な合宿に、あっという間に毎日が過ぎていく。練習に全力になって、夜はただ沈むように眠った。余計なことは考えている暇もない。
今はそれだけが救いだった。

音駒との試合の日。
烏野の市民体育館に来ると赤いジャージが見えた。どうやらあれが音駒高校らしい。なんかうっすらと見覚えあった。繋兄も懐かしいと言っていたから、きっと色は変わってないんだろう。

ふと気づけば、皆は向き合うように整列して挨拶をしていた。マネージャーは準備優先だから並ぶ必要はなかったけど、どんなメンバーなのかは見たかったな。
挨拶後に体育館に向かう。変に田中とか絡まないといいけど。見たところファンキーな髪型と髪色いるしなあ、と潔子さんを手伝いながら盗み見る。

マネージャーがいない音駒は雑務は青城と同じで1年生がこなしているらしい。念のため水道の場所や分からないことがないか確認しよう、と声を掛けに行く。歩いて行くと1年生らしい男の子がタオルやドリンクを用意していた。こりゃ大変だ。

「はじめまして、今日はよろしくお願いします」
「はっ!はじめまして!1年の芝山です!きょ、今日はよろしくお願いします!」
「2年の苗字です。選手ですか?」
「はい!1年の芝山です!ポジションはリベロです!まだまだ、ですけど…」
「練習サボらなければまだまだこれからだよ、きっと。えーと、わかんないこととかあったら遠慮なく言ってね」

ありがとうございます、と言う彼に凄い先輩心が擽られた。金田一くんといい、芝山くんといい、五色くんといい…彼らを見ると蛍ちゃん筆頭にうちの1年の曲者感たるや、ホントに1年?と聞きたくなる。
あ、わかったこれが癒されるってやつか、としみじみ思っていると、声が掛けられた。

「おお!名前じゃないか!」
「猫又監督!ご無沙汰してます!」
「おーおー、随分大きくなったじゃねえの、名前!ぴーぴー泣いて烏養にくっついてた頃がなつかしーな」
「あ、あはは…」

監督同士の話が終わったようで、猫又監督が声を掛けて来てくれた。烏養監督を通じて、猫又先生には小学生の頃からお世話になっていた昔が懐かしい。
時々猫又監督の伝で、小学生だけの東京で行われる練習合宿に呼ばれたりしていたこともあって、付き合いは深い方だと思う。私が中学に上がってからの交流はぱったり途絶えていたけど。

「東京にいたって聞いたが…ま、いいだろ。どうせあのジジイにこってり絞られてんだ。あいつお前さんのこと大層気に入ってたからな。俺もあえて傷抉るようなことはしねえよ」
「ありがとうございます…」

そう言って猫又監督は満足そうに頷いた。直井コーチは記憶と大分違っていたけど、直井コーチは私のことを覚えていたらしい。あんな小さな子が俺もおっさんか…と呟いた後に顔が死んだ。ひぇ…なんかすいません…。

「まあ、今日はひとつよろしく頼むな。ああ、そうだ。お前さん故障はしてないだろうな?」
「? あ、はい。今も練習混ぜて貰ってます」
「そうかそうか!なら良い」

それでは、と去っていく私を、にた、と猫又監督が笑っていたこと、それを見た直井コーチが顔を青くさせたのを、当然ながら私は知らない。





直井コーチと線審や主審を交代しつつ、進んでいく試合を見る。審判台はベンチよりも選手の動きや駆け引きが間近に見れるから私は好きだ。潔子さんは高いところちょっと怖いからあんまり、と言っていたけど。

赤葦と木兎さんに教えて貰った通り、絶対的なエースはいないものの、その分平均して全体のレベルが高いチームだ。だから、何が起きてもあまりばたばたしない。
この安定感は烏野にはないものだし、多分相性も良くない。攻撃のバリエーションが少ない今の烏野では、手札を出しきってしまえばあっという間に対策を打たれる。攻略されたときに打ち勝てる経験値。それは他校との試合の中でしか得られない、貴重なものだ。

まあ…だからと言って、ここまで負け越すとは思わなかったけど…!

バシン!とまた日向のスパイクがブロックされた。疲れてるのは分かるけど頭使えー、と念を送る。ピッ、と笛を吹いて腕を振った。はい、マッチポイント。

ブロックをした向こうのミドルブロッカー。リードブロックのレベルがかなり高い。多分、木兎さんが言っていた厄介なミドルブロッカーって言うのはこの人のことだろう、名前なんだっけ…クロ…クロキ?さん?

名前教えて貰ったのに忘れた。それにしてもタッパも技術もある。ユースじゃ見たことないけど。…でもなんか、…見たことある気がする。どこだっけ…。

そう思ってじっと見ていると、向こうも私の視線に気付いたようで、にっ、と笑ってひらひらと手を振られた。うん?一体なんだろうか、と首を傾げて手を振り返した。

…もしかしてホントに会ったことある?私忘れてるだけ!? 後で久しぶりとか言われたらどうしよう、と内心で冷や汗をかきつつ、音駒がしっかり決めてゲームが終わった。これで4セット連敗。うーん、見事な敗けっぷりだ。




「もっ、もう一回!!」

そう言って叫んだ日向に内心でげっそりする。何回やるんだよ、と思ったけど、向こうが乗り気だから断る訳にもいかない。また始まったゲームに、はあ、と大きくため息をついた。

そんな僕の苛立ちを感じたのか、名前が来てタオルとボトルを渡してきた。ありがとう、と言う余裕もなくてそのままボトルを含む。ああもう、ほんと。しんどい。

コートじゃまた日向が向こうのブロッカーにまたドシャットを食らっていた。いい加減諦めればいいのに、なんでそんなに必死なわけ。たかが練習試合なのに。

「なんていうかさ、日向はほんとすごいね」

ぽろ、と隣にいた名前がそう溢した。
名前は日向を可愛がっている。よく練習に付き合ってるし、日向への基礎的な指導はほとんど名前がやってると言っても過言じゃない。名前も練習馬鹿だから、2人してやりすぎだ、とコーチに怒られてる。

技術も大したことない。人より体力とバネがある。それくらい。それなのに、どうして僕はアイツにこんなにムカつくんだろうか。

「まあ…あの体力はバケモノみたいなものだけど…」
「違くて…そうだな、新しいものとかに対する嗅覚っていうかな…。反応が、鋭い」
「まあ、犬だよね。本能で食い付くのとかコート走り回ってるのなんて、まさに」
「…蛍ちゃんってさ、日向のこと嫌いなの?」

なんとなく、名前が日向ばかり褒めるのが面白くなくて、そう言うと名前が直ぐ様返してきた。ストレートな物言いにぐっとつまる。

「別に…ていうか、なに、突然」
「いや、影山と合わないのは性格的な所だなって思ってるけど、なんでそんなに日向に厳しいのかなって」
「気にくわないことに理由なんてあるワケ?」

つっけんどんに返しても名前は止めない。こういう時、幼馴染みっていう関係はずけずけ言っても問題ないと分かっているから質が悪い。

「あるよ。あててあげようか。蛍ちゃんが日向を気に食わない理由」
「いいよ、別に」
「泥臭くても、なりふり構わず全力でやる日向が眩しくて、イライラするんじゃない?」

図星だった。
自分の根底にあるものを突き刺された、気がする。だって、なんであんなにがむしゃらに出来るんだよ。

思い浮かぶ兄の背中。あの日見た光景。真っ暗になる思考。
一生懸命にやっても、みんながみんな輝けるわけじゃない。漫画や小説じゃないんだ。そんな主人公みたいに、なにもかもがうまくいくわけじゃない。全力でやって、大した結果がでなかったらダサいだろ。なんでだよ。

「ていうか、たかが部活デショ?名前もなんでそんなにムキになってんの?」
「…蛍ちゃん、私もまだそんな偉そうなこと言えないけどさ」

くそ、なんで名前は今日に限ってこんなにしつこいんだ、と内心で舌打ちをする。

確かにムキなったのは僕が最初だ。それがそもそもの失敗だ。バレーに対する名前の熱量を忘れていた僕のミス。涼しい顔をして、一番バレーに拘っていたのはいつでも名前だった。ああいう言い方をすれば、こう返ってくるかもしれないことはわかっていたのに。

「思い出で終わるかもしれないし、履歴書の一部で終わるかもしれない。蛍ちゃんの言うとおり、たかが部活かもしれないけど…。たかが部活かどうかは、全部掛けみてから言いなよ」

僕をじっと見ている名前は怒っているわけでもなく、僕の言葉が不愉快というわけでもなく。ただ、純粋に僕に向かって放たれた言葉で。

思わずそのまっすぐさが誰かに似ている気がして、とうとう隠さず舌打ちをした。



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