30


「っしゃァ!」
「ナイスキー!」

ズパン、とスパイクがコートに刺さった。打ち抜いたスパイクは狙い通り、コートの空白地帯へと刺さる。久しぶりに合わせたにも関わらずドンピシャな、なっちゃんとのセットアップにハイタッチを決めた。

私の得意な、人より少しネットに近い、高いトス。私の為だけのトス。それが、こんなにも嬉しい。ビリビリとくる手の痺れすら嬉しくて、思わず握りしめた。ああ、今なら日向の気持ちがよく分かる。

母校ではなく、代々木の体育館に場所を移した私となっちゃんは、監督に言われるがままに着替えて体育館へ向かう。雲雀田監督への挨拶もそこそこにアップを取ってコートへ入れられた。
突然始まった3対3の試合に、私となっちゃんは驚きつつも久々のセットアップの感触を確かめる。いけるかも、と頷くとなっちゃんも同じように頷いていた。そこから先は久々の感覚に、ただ食らいついた。

「はー、どこにいたわけ、こんなやつ」
「はは、こりゃ私のポジションも危ういかも…」

相手の選手たちがコートの向こうからこっちを睨むように見ているのが分かる。ネットの向こうにいるのは、U-19ユース日本代表の選手たちだ。突然連れてこられた割には随分と準備がいい。たぶん、雲雀田監督が犯人だろう。あの人、けっこうお茶目な所があるから。
その証拠に、雲雀田監督以外にも何人かが私たちを見ていた。ある意味相手の選手からのプレッシャーよりも強く感じる。

でもそんなことは、なっちゃんが上げたトスに合わせて跳んでいるうちにどうでもよくなった。今は、ただボールだけを追い掛けていたい。もっと、と打ち抜いたと同時に笛が鳴った。試合終了。せっかくエンジンが掛かってきたのに、と荒くなった息を整えつつ挨拶に向かう。

「今日はありがとうございました!」
「苗字だっけ?あんたすごいじゃん。サーブもスパイクも。ブランク抜けたらマジで化けるよ」

ぽん、と肩を叩かれた。チームのキャプテンを務めるその人は、私よりも何倍もしっかりしていてびっくりした。あと2,3年。高校を卒業したらくらいの年齢。あと数年で、私はこんなにしっかりした選手になれるんだろうか。

「ここで待ってる。早く登って来なよ」

楽しみにしてる、そう言ったその人に、思わず息を呑んだ。





雲雀田監督と少しだけ話をして、私となっちゃんは指定された施設のミーティングルームに入る。監督はまだ雲雀田さんと話があるみたいで、先に向かう。

左手が熱を持つ。上げられたトスとスパイクを全力で打ち切る感覚に、自然と笑みが零れた。バレーが楽しい。あの頃と変わらない憧れの存在と生きてるという感覚。
ただ、嬉しかった。安心した。まだ、私はバレーができている。課題はまだまだたくさんあるけど、一つずつ潰していこう。どんな練習をしようかな。

そんなことを考えながら部屋に入ったと同時に、名前、となっちゃんに呼び掛けられた。泣いてるような、震える声だった。
なんで、と思って振り向けば泣きそうな顔をしたなっちゃんが私をまっすぐに見ている。心当たりなんて全くなくて、どうしたの、と慌てる私をなっちゃんが睨んだ。

「……名前、あんた、いつまでそこにいる気?」
「そこ、って」

そのまま続く話に戸惑っているとなっちゃんが畳み掛けるように続けた。

「わかってるでしょ。いつまでも、そこにはいれないことくらい」
「で、でも!男子の方がテクニックも、パワーも……!」
「っあんたは!男子ちゃうやろ!!!バレーは個人技やけど、団体のスポーツだってわかってるんと違う!?トスもパスも、レシーブも!誰かに繋ぐためのものなのに、いまのあんたは誰に繋ぐん!?」

叫ぶようにそう言われて、あまりのなっちゃんの剣幕にたじろぐ。なっちゃんの言ってることは間違いじゃない、でも、私にだって譲れないことが、大事にしたいことがある。

「わかってる!!楽しいだけじゃだめなんだってこと、私だって、もうわかってるよ…それでも!私はあそこで見たいものがあるの!私が決めたの!全国に行くのを見届けるって!」
「なんそれ!?ただの仲良しこよしの部活やん!」

その言葉に私の頭に血が上るのが分かった。仲良しこよしだなんて、何も知らないくせに!そう思ったら止まらなかった。

「なっちゃんに何が分かるの!?受け入れてくれたの!弾かれて、どうしようもなくて、いじけてた私に、ここにいていいよって!言ってくれたの!だから、貰ったものを返したいの!!返さなきゃいけないの!私だけが好き勝手出来るわけないじゃん!!」
「ほんなら!あんたを受け入れてくれた人たちは!あんたがバレーしたいって言うただけで、掌返すような人たちなんか!?人を馬鹿にすんのもええ加減にせえ!何様や!」

そんな、わけ、ない。馬鹿になんてしてない。
きっと、大地さんや潔子さんたちなら背中を押してくれる。縁下も木下も、成田も、お前がそう考えるならって言ってくれると思う。

田中と西谷なら。

きっと、行ってこいって、言ってくれると、思う。
でも、一緒に全国行くんじゃねえのかよ、って言われたら、どうしよう。足元が急に不安定になる。真っ暗な闇の中に1人で立ってるみたいな、不安感。なにを、信じたら。信じる、って。

少しは俺を信じろよ!

お前を信じてる、俺たちを信じろ

急に2人の声が脳裏に蘇った。私、また、心のどこかで信じきれて、なかった。及川さんも、岩泉さんもそう言ってくれたのに、最後の一歩を踏み出せない。やり場のない思いをなっちゃんにぶつけた。分かってる、こんなの八つ当たりだ。

「…っ、は…、名前、聞いてや。今度監督がU-18女子の選考任されてん」

考えを巡らせていたら、なっちゃんが話を続けた。その声はまだ震えている。私の息もまだ揃っていない。

「…幸い、監督は名前のことよく知ってるし、呼びたいって言ってた。でも公式戦に出てない、どこにも所属してない名前を呼ぶの、凄い大変なの。これが他の監督だったら呼んで貰えないんだよ!どんなに練習して、上手くなってもできないものはできないんだよ!」

その先は、聞きたくないと思った。耳を塞ぎたくなっても間に合わない。

「バレーで生きていくなら、今。決めて」

バレーで、生きてくなら、って。そんな。だって、もっと先の話じゃん。将来なんて、そんな、この間進路の紙貰ったばっかだし。
そんなことを考えていたら、また色々な人たちの言葉が蘇った。

お前はそこでなにをしている。

お前のライバル達は先に行くぞ。

「私も、監督も。これが最後のチャンスだと思ってる。どうするか、ちゃんと考えて。逃げないで」

なっちゃんの言葉に、体が凍ったように動かない。指先ひとつも動かせなかった。逃げないで、と言われて私は向き合ってるようで、向き合ってなかったと、分かってしまった。本当は薄々分かってた。自分の意思で此処にいると決めたように見せて、ただ現実から逃げていただけだって。

「選考会は夏休み中、インハイ本戦が終わってすぐ。春高予選までの間。…監督はU-18が無理なら冬のユース選考に呼ぶつもりだって。でもそれ以降はどうなるかわからない。だから、名前」


選ばれても選ばれなくても、リミットは、インハイだよ。


その言葉に、背中に汗が伝う。インハイって。そんな、インターハイなんてすぐそこだ。後もう、2ヶ月くらいしかない。それなのに、私は烏野を、皆を。

切り捨てないといけないの。

一緒に全国に行こうと言った、大地さんたち。3年を全国の連れて行きたいと言った田中。私は、どうすればいい。なんで体が2つないの。

どうして、どっちも選べないの。どっちも選びたいのに、どっちかしか選べない。

見届けたい。全国に3年を連れて行きたい。西谷たちと、もっとバレーがしたい。

物足りない。試合がしたい。私の為だけに上げられたトスが打ちたい。

2つが混ざりあって、ぐちゃぐちゃになって。ひどい。なんで、こんな。なんで、どうして、今なの。

「名前ならウチに来てもすぐレギュラーはれると思う。男バレの中に混ざってやってる練習の鬼が、ウチのウイングスパイカーに勝てない訳がない」

さっき体育館で見た、なっちゃんの表情が頭に浮かんだ。あと一歩。あと数センチ。届かない。合わない。
それがどれだけ決定的か。一瞬を生きるバレーの世界で、それは致命的なズレだ。

歯車の狂い始め。そんな不穏な気のするズレだった。いい方向の、ズレじゃない。
それはたぶん、私となっちゃんと監督だけが分かったセットアップの違和感。なっちゃんじゃない。なにより。私が思ってしまった。

どうして、あのトスが、打てないの。

ばさ、と押し付けられた分厚い封筒。思わず手に取ってしまう。中は見なくても、何が入ってるかは容易に想像がついた。

「中に、選考会のスケジュールと、……編入手続きの書類が入ってる。お願い。絶対、読んで。――……私、色々言ったけど。やっぱりまた名前とバレーしたい、待ってるから。ずっと、待ってるから…!」

もう一度。私のトス、打ってよ、エース。

その後、監督から言われた選考会の詳細も、編入手続き書類のことも。全部上の空だった。


待ってる。


ただ、なっちゃんの声だけが耳の奥から離れなかった。




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