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繋兄がコーチになって、旭さんと西谷が戻ってきて。烏野はようやくチームとして動き始めた。他より少し遅い走り出しかもしれない。それでも、インターハイは待ってくれない。

日向の技術も、蛍ちゃんのレシーブも。ひとつずつ強くなっていくしかない。その為の指導者として、繋兄が来た。これでもっと強くなれる。
とうとう嵌まった最後のピース。これからが楽しみだと武ちゃんと潔子さんとハイタッチを交わしたのは記憶に新しい。

そうしてブロックフォローやレシーブの練習をしているうちに、GWが始まった。
今年のGWは前後に分かれている。合宿は後半で、音駒とも試合をするのは最終日。今から全員のモチベーションが高くて私も嬉しくなる。

そんなGWの前半に1日だけ休みをもらって。なっちゃんに呼び出された私は、久しぶりの東京にいた。

時間より少し早めに着いた母校は、GW中だけあって部活生しかいない。バレー以外にも色々なスポーツの強豪校であるこの学校は、練習にも理解があるし、寮やトレーニングルームも完備されている。
強い選手を育てるには、バレーのことだけを考えるには、最高の環境だったと、離れた今だから言える。

中高一貫校で、私がかつていたチームのメンバーの殆どが進学するだけじゃなく、高校からさらに、外部生として有望な選手を取る。
完成されたチームにさらに刺激を加えて、より強いチームへ。今までの強い連携を作って壊して、また一から組み立てる。より強固にチームを作り替えていく。

それが久山のバレー部のコンセプトだ。
だから、きっと私がかつていた場所には、もう別の誰かがいるんだろう。

体育館を覗く。どうやら紅白戦の途中らしい。キュッ、と鳴る床の音。バシンとスパイクが決まる音。ワンタッチ、という声に、膝が疼いた。
ワンタッチのあと、体制を整えたなっちゃんのトス。ウィングスパイカーがレフト側から入ってくる。ドンピシャ、とそう思ったのに。最後、スパイカーの打点がぶれた。

なんで。今、ぶれたの。

ブレながらも決まったスパイク。それがセットポイントだったらしい。ぎり、と悔しそうな顔をしたなっちゃんの顔とは対照的なスパイカーの顔が見えた。
チームが喜ぶ横で監督とコーチと、なっちゃんだけが険しい顔をしていた。前に会った以来の、悔しそうな顔。理由は嫌でも分かる。ほんの少しの、でも決定的なズレ。
あのスパイクは、ただのまぐれだ。たまたま決まった。それだけ。手放しに喜べるものじゃない。

なんとなく声を掛けれなくて、そっとそこから足を離した。

見てはいけないものを見てしまったような。そんな気がして。乗り換え間違えたからもう少し掛かりそう、となっちゃんには嘘のメッセージを送って、私は学校を離れた。




結局学校から立ち去った私は、なんとなく学校に戻りづらい気分のまま、本屋で立ち読みをしていた。用もなく月バリの今月号を流し読みする。まだ読んではなかったけれど、目新しい情報はなさそうだった。パタン、と雑誌を閉じて意味もなく表紙を見つめる。

体育館で見た光景が頭から離れなかった。
ほんの少しズレたセットアップ。決して無理な体制でも、難しいトスでもなかった。私もあの1本を見ただけ。たまたまかもしれない。でも、監督の表情となっちゃんの表情が、そうじゃないと言っていた。少しずつなにか、ボタンを掛け違えているような、そんな危うさ。

難しいトスじゃない。あれが決められなくちゃ、エースじゃない。私、なら。打てたのに。

「…苗字?」

東京で私を呼ぶ人は限られている。ましてや、男の人など。誰だろう、と思って声の方を見るとそこにいたのは眉間に皺を寄せた、私の知る中で最も神経質な男だった。

「やっぱり苗字だ」
「さ、佐久早…?久しぶり」
「ああ、久しぶり」

買わないならちょうだい、買うから。と私の手から月バリを奪い取っていった佐久早。偶然に、そして久しぶりに見たその姿に思わずぽかん、と見送る。
雑誌の極力端っこを持ってぷらぷらさせる佐久早は相変わらずだ。潔癖は直す気がないらしい。

「あ、新しいのじゃなくていいの?」
「これが最後の一冊。今月はなんとかっていう俳優がコラボしたせいでどこも品薄。しょうがないからカバーかけてもらう。誰かが触ったやつなんか極力触りたくないし」
「相変わらずだね…」
「お前は」

佐久早の真っ黒な目が私をじっと見つめる。

「どこでなにしてんの?」

ぎく、と思わず肩が震えた。
何度目か分からない問いに、いい加減に慣れろと思いつつも毎回同じような反応をしてしまう。ぐ、と言葉に詰まった私に佐久早はなにも言わず、ああ、そういう感じ、と呟いた。何も言ってないのに佐久早は分かったらしい。
あっさり興味を無くしたように会計へ向かう佐久早だったが、くるりと振り返って私を見る。

私と佐久早は凄く仲がいいわけじゃない。むしろ、会話自体も選考会やJOCの合宿の中だけだ。連絡先も知らないし、正直バレー以外のことを知らない。性格だけはなんとなくわかるけど。

私が及川さんや岩泉さんのように、勝手にお手本にしていた選手。それが佐久早という人だ。力強いスパイクが羨ましかった。いやらしい回転の掛かるスパイクが絶対的で。あんな風に打ちたいと思っていた。

大会で、女子の試合が終わっても皆が帰る中、よく残って男子の試合を見ていた。選抜に呼ばれて合宿をするたび、一緒に自主練をしないかと声を掛けた。勝手にライバルと認識して、真似できることは少しずつ盗んでいった。

そんな一方的な、仲がいいなんて言えない関係。だから、こんなのは予想外だ。

「まあ、お前がどこで何しててもいいけど。ここまで来いよ」

マスクの下がどうなってるかわからない。笑ってるのか、怒っているのか。明日晴れるらしい、くらいの軽い声色で佐久早はそう言った。

「物足りないんだよ。お前がいないと」

だから、早く戻って来いよ。

そう言い残してすたすたと去っていった佐久早。その背中を呆然と見送る。なんか、いま、すごいこと言われた気がする。

他人にあまり興味を持たず、私のことすらそんなに気にも掛けていなかったはずなのに。
お前がいないと物足りない、と。同じ年の、憧れてだった人にそう言われて、思わず口許が緩んだ。

もっと、頑張らないと。もっと、上手くならないと。
ふつふつと沸き上がる熱を前に、さっきまで抱えていた気まずさはどこかに消えていた。



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