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「名前、お前は残れ」

繋兄のその言葉に、来た、と思った。なんとなく言われることは分かっていた。?、と疑問符を浮かべる皆はお疲れさまです、と先に部室へ向かう。

残ったのは、私と繋兄だけ。さっきまで熱が篭っていた体育館からはもう熱気が失われていて。残った繋兄と私だけの空間になる。まるで刑事ドラマの取調室みたいだ。

「で?お前は結局こんなとこでなにやってんだ」

やっぱりだ。繋兄は逃がしてくれない。いますぐ逃げ出したいけど、逃げたところでどうにもならないのも分かってる。

「なに、って」
「分かってんだろ。お前」

真っ正面から私を見つめる繋兄の目は相変わらず鋭い。どう説明していいか、ぱっと思い浮かぶ言葉もなくて視線が彷徨った。

「お前はこんなとこにいるタマじゃねえだろ。何があった」

俺がここに来たのにお前が黙っているなんて不公平だ、とでも言いそうな繋兄に負けた。まあ、武ちゃんと私の焚き付け作戦に綺麗にはまった繋兄が悪いと思うんだけど。それでも、ちゃんと話しておかないと。ずっと心配かけていたみたいだったし、と自分に言い聞かせて。

結局、私は中学からのあらましを洗いざらい吐かされることになった。





「…なんつーか、お前がぶち当たるしてぶち当たった壁だな」
「うぐ…」
「うぐ、じゃねえよ。分かってんなら、お前は今すぐ戻るべきだろ。男子バレー部は遊び場じゃねえぞ」

そう言うと、名前は今度こそ黙った。

「分かってる…皆が本気でやってるのも、本当なら私がここにいるべきじゃないのも…でも、もうちょっとだけで、いいから…!ここに居させて…!」

なにがこいつを引き留めているのか。
俺には分からねえが、恐らく、こいつ自身はもう理解をしているんだろう。自分が帰るべき場所も、その頃合いも。

じゃあそれは何時なのか。それを問い詰められないのは、ジジイにくっつくこいつを(俺なりに)可愛がっていたせいか。まあ無茶苦茶泣いてたけど。

まあ、そう遠くないうちに留まる理由を聞き出すしかねえが。いずれにせよ、これだけは伝えておかなければならない。

「…プロもそうだが、本気でバレーをやれる期間は短い。基本的な体力、それを支える技術と精神力。一番伸びるのはこのときだ。その意味がわかっててそういってんだな?」

名前は上を目指せるプレーヤーだ。どこまでかは分からないが、少なくとも俺や一般的な部活で終わるやつらなんかが届かない先まで行ける。

それでも、時間は有限だ。どんなに優れた才能を持とうが、開花させる場所とタイミングを誤ればただ枯れるだけの花になりかねない。

「お前がそれを理解してんなら俺はこれ以上なにも言わねえ。だが分かってねえなら、


俺はお前を辞めさせるぞ」


最初で最後の警告だ。
こいつは馬鹿じゃない。スポーツという一瞬の世界で、選択肢を多く持てる賢さがある。
だから、俺が言いたいことだって分かってんだろう。

「プレーヤーとして一番伸びる時期を棒に振ってまで、お前が価値を見いだしてるならいいが、忘れんなよ。チームとしてプレー出来ていないお前がこうしてる間、お前のライバル達は先に行くぞ」

ぐっ、と押し黙る名前。恐らく今までにも言われて来たんだろうと容易に想像がついた。さしずめ、バレーをするなら、お前は烏野にいるべきではない。もっと良い環境がある。とか、だろうか。

本人の気持ちを差し置いて、好き勝手言われるだろう。それだけの実力とセンスがある。当の本人は変に拗らせたせいで、その自覚は全くないが。

最初はジジイだった。チームで戦うことに疲れて、バレーから心が離れそうな名前に、強制的にバレーに触れる場所を作った。そうでなければ、こいつは今ここにいない。選手としては、もう戻って来れなかった。

名前のメンタルの弱さは昔から大きな課題だったが、果たして今はどうなんだか。一辺通しで試合してみないとわかんねえが、少しずつ持ち直しているのはわかる。

ならば今のタイミングでの環境変化は博打だな…どうしたもんか。…メンタルトレーニングも勉強すっか…いつか役に立つだろ…。全く手の焼ける妹分だ。

「とまあ、厳しいことも言ってるが…」

そう言うと名前は顔を上げた。

「俺も指導者としてはまだまだだ。正直お前の経験やハイレベルな技術があるのはありがてえ」

名前の顔が今までの思い詰めたものから少しずつ変わっていく。

「何度も言うが、お前がきちんとチームでバレーがやりたくなったら迷うな。それはあいつらにとっても迷惑だかんな」

ぱああ、と明るくなった名前は、ありがとう繋兄!と言いながら抱きついてきた。俺は昔からこの笑顔に滅法弱い。まあ、可愛がっていた妹みたいなモンだ。ぽんぽん、と軽く背中を叩く。

つうか、お前抱きつくとか誰にでもやってねえだろうな?同年代の男にやったらよからぬことになんぞ。高校男子なんざ猿みてえなもんだからな。

俺の目が黒いうちはこいつに手ェ出させねーぞ。そこんとこ分かれよガキども、と内心で睨みつけておいた。

「あー、あと名前。お前合宿どうする?泊まるか?」
「泊まってもいいなら?潔子さん朝早く来るのしんどいと思うから分担制にしようと思って」
「そりゃいいな。朝は消化にいいもんにしろよ」
「もちろん!先生にも手伝ってもらう予定」
「あと、夜は主将と俺でミーティングすんぞ。色々見てきてんだろ、話聞かせろ。持ってるモンは全部使って音駒ブッ倒すぞ」
「うん!」

こいつが何を思って、音駒との練習試合をセッティングしたのか分からない訳じゃない。ジジイに見せてやりたいはずだ。ジジイと浅からぬ縁のある音駒との試合を。

身内でない人間に病状を詳しく話すわけにもいかない。名前はまだ子供だし。ただ、ジジイは大丈夫だから心配するな、と俺がどんなに言ってもこいつは不安なんだろう。

だから先生と一緒になって強引に俺を引っ張ってきた。先生曰く、かなりの無茶をしたらしいが、一体いつからこいつはこんなに強かになったんだろうか。

ジジイが病院に担ぎ込まれた時の弱さはもうすっかり見当たらない。早いもんだな、若者の成長ってのは。…こんなこと考えるなんて俺もなんつーか、フケたな。

「じゃあ、私は音駒の情報収集しておくね」
「お前そんなツテあんのかよ…」
「まあね!」
「ムカつくな、おら」
「ぎゃっ!やめて!」



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