知らんぷりの咎人


『音駒高校って知ってる?』

電車で英語の小テストに出てくる単語を睨んでいたら、突然スマホが震えた。画面に出た通知の相手を確認してすぐアプリを立ち上げる。英単語はいくつか記憶から飛んで行ったけど気にもならなかった。

『知ってるよ、よく試合するけど、なんかあった?』
『練習試合申し込みたいんだけど、その前に確認したいことがあって』
『俺で良かったら話聞くよ。もう電車降りるからそしたら電話する』
『ありがとう!朝早くにごめんね、手短に済ますね』

手短に済まさなくていいんだけどな、と思いながら電話を掛ける。文字だけのやりとりはしていたけど、電話をするのは久しぶりだ。

ピッ、と改札を潜ると同じようなブレザーがちらほら並ぶ。周りにはバレー部はいなさそうだった。とりあえず木兎さんが居ないことだけは充分に確認。後ろにも姿はなし。よし、今ならいける。電話ボタンをタップした。コール音が2回で止まる。

「おはよう、苗字」
『おはよ、赤葦。朝からごめんね、急に』
「大丈夫。で、音駒の何が聞きたい?」

苗字との話はしやすくて楽しい。バレーに対する考え方も同じようなものだし、テンションが高すぎることもなく、低すぎることもなく、落ち着いて話が出来る。あまり口数の多い方ではない俺も自然と言葉が出てくるくらいには、苗字に気を許していた。

会ったのはたった1度の練習なのに、この絶妙な空気が気に入ってしまって気付けばスマホのメッセージを見ている回数が増えていた。

電話で話すのは久しぶりだったけど、きゃいきゃいはしゃぐ女子より少しだけ低い声が落ち着く。耳に入る声は柔らかくて、個人的にはずっと聞いていたい声色だった。
電話にしてよかった。朝から苗字の声が聞けてラッキーだ。

『音駒ってどんなチームなの?』
「そうだな…安定したレシーブで繋ぐチームだよ。ウチと違って木兎さんみたいなエースらしいエースはいないけど、その代わり兎に角、拾うチーム」
『中途半端な攻撃は無意味、ってことね』

なるほど、という苗字はきっと笑顔なんだろう。少しだけ高くなった声で分かる。楽しげだ。俺が苗字をどういう目で見ているか。それが分からないほど鈍くはない。

「そうだね。特にリベロはかなりレベル高いよ。あとはミドルブロッカーにひとり厄介なのがいる。セッターもかなりクレバーな奴でよく見えてる。対応力もかなり早くて…」
「よー!赤葦ぃ!今日も眠そうだな!」
「いっ!」

バシーンといきなり背中に衝撃が走った。あまりの強さに思わずむせる。
なんで、木兎さんが……、確認したはずなのに……!そうか、さっき通り過ぎたコンビニか……! 忘れてた……今日は今木兎さんがはまってるマンガが掲載の週刊ジャビィの発売日だ……!

「なんだ!?電話か!?彼女か!?朝から熱いなあオイ!」
「はあ……」

一刻も早く離れてほしいのにこういうときに限って木兎さんが電話の相手に興味を持ってしまった。本当こういう時の動物的勘が鋭すぎる。ちょっと静かにしててください、と言うとへーいと黙った。やけに素直で怖いな。

『赤葦ー?』
「いやなんでもない、それで話の続きだけど」
『木兎さん、朝から元気だね』
「元気過ぎて困るよ……」
『はは、お疲れ。今日は朝練ないの?』
「今日もあるよ。これから。そっちは朝練?」

木兎さんの横槍で、話が脱線していく。今月の月刊バリの話だとか、練習の時の些細な愚痴だとか。他愛もない話ができるのが少しうれしい。

「そっか、宮城はまだそんな寒いのか」
「赤葦!分かったぞ!名前だな!?電話の相手!」
「そう、そっちのチームはどうなの?」
「おい無視すんな赤葦!あかあーし!もしもーし!」

しまった。気をつけていたのに決定的なワードを出してしまった。宮城、という言葉で気付いたのか木兎さんは電話の向こうが苗字だと当てた。

木兎さんがスマホに向かって吠えるけど、俺としては苗字との話の方が重要なので少し放置する。ただ、そろそろ構わないと拗ねて面倒なことになる。

『うーん、うちは今エース不在だからなぁ。今年入った1年がちゃんと機能すれば、攻撃力はそれなり。勝てるかは相性次第、か』
「赤葦!俺も話したい!なに?試合すんの!?俺らともまたやろうぜ!」
「苗字が出るわけじゃないですよ、木兎さん……」

木兎さんはどうしても苗字と試合がしたいようだ。さっきからそわそわしている。

『音駒の守備力って全体的にレベルが高い感じ?それともリベロのレベルが凄い高いの?』
「リベロも凄くて全体的にレベルが高い、の両方だよ。さっきも話したけど、例のミドルブロッカーは特にリードブロックの精度が高くて、ドシャットするよりもワンタッチで防いでから落ち着いて繋げてくるから要注……木兎さん!?」
「名前!久しぶりだな!元気か!?おー!昨日も電話したな!でも昨日は昨日で今日は今日だからな!チャラだ!」

何がチャラなのか全くわからないけど、木兎さんは俺のスマホを奪って苗字と会話を始めた。木兎さんそれ俺のスマホですけど……。音駒の話をしているから苗字に免じて許そうとしばらく木兎さんの会話に耳を傾ける。

「特に黒尾には注意しろよ!ん?なんでも!!なんでもだ!黒尾?おー、そうだ!ミドルブロッカーのな!」

せっかく俺がミドルブロッカーに留めておいたのに、黒尾さんの名前出したら気にするじゃないですか……!ぼやかしておいた俺の努力……!

「おう!じゃーな!」
「は!?」

別れの挨拶をすると同時にぴっ、と木兎さんが電話を切った。思わず、は!?と声をあげてしまったが、こんなの予想外過ぎるだろう。なんで切ったんですか、木兎さん……!俺はまだ話すことあったのに……!

そう思って木兎さんを見ると、ぎくり、と肩を震わせた。悪いとは思っているらしいが、反省はしてなさそうだ。今日の朝練は覚悟してくださいね、木兎さん。



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