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結局、西谷が戻ってきても、旭さんは戻って来なかった。

それを察した西谷が今度は旭さんが帰ってくるまで部活には戻らないと言い出した。田中の説得もどこ吹く風だ。俺は戻らん、と一点張り。私も田中も大概頑固だけど、西谷は譲れないことは本当に譲らない。

ということで。
田中を筆頭に西谷の説得がてら、今の烏野の情報共有だ。ケジメだと言って、西谷は本当に私たちに会うことをしなかったから。しかし序盤も序盤、西谷への説得から話が進まないとは。

「名前からもなんとか言ってやってくれよ!」
「あー…いいんじゃない?」
「は!?お前はこのまま旭さんが戻って来なくて良いって言ってんのかよ!?ふざけんな!」
「やめろって田中!」
「そうじゃなくてさ…」

掴み掛かりそうな勢いの田中を成田が抑える。本当にこいつは私を女扱いしない…と思いながらもちょっと距離を取った。頭に血上りすぎでしょ。

はあ、とため息をついて西谷を見る。なんだよ、と拗ねるように顔を背ける西谷にはこれ以上の説得は無駄だろうことはわかってる。だから説得はしない。

ただ、西谷は旭さんを諦めてない。直接言葉を掛けても揺らがなかった旭さんに、どう言葉を掛けていいか分からないんだろう。

西谷の言葉はまっすぐだ。心強くもあり、痛くもある。それは、西谷の言葉に嘘がないから。特に旭さんや私みたいなメンタル弱めの人間には少々堪える。

だから、言葉じゃなく、体で話をすればいい。つべこべ言わず皆でバレーするべきだと思う。西谷もちろん、どちらかというと旭さんもそっちのタイプだ。

あれくらいの衝突なんてどこにでもある話だし、私もやってきた。西谷が停学になったのは完全に予想外だったけど。まだ、決定的な溝じゃない。西谷停学の時にテンパってた私が言うことじゃないけど!

ともかく、烏野はもっとチームとして、深い仲なっていかないとな、と改めて思わされた。

「腰抜けだのなんだの言っても、西谷も旭さんのこと諦められないだろうし、旭さんもバレー部のことを諦めきれてないよ、きっと」

そうでしょ、と西谷を見ると目を見開いたあとぐぐぐ、と言わんばかりに顔を悔しそうに歪めた。図星だからってそんな顔しなくても…。

私たちがいない1年の間。3年生は自分たちで考えて練習して、悔しい思いをしてきてる。指導者がいない、という怖さは私も分かってる。でも、1年間、それをたった3人で乗り越えてきたんだ。

私なんかと比べものにならなく強い心を持っているあの人が、たかが1試合のブロックで嫌になるなんて思ってない。思えない。

「だから、私たちは信じて待とう。旭さんの心が、きちんと整うまで」

チャンスは準備された心に降り立つ。
先輩たちがそう言うのなら、私たちはチャンスがくるまで準備をするだけだ。

こんな偉そうな口が叩けるのも、さっき影山と日向がそれぞれ旭さんのクラスを聞いてきたのを知ってるから。あの2人なら、きっと私たちやスガさんたちじゃない方法で旭さんを引っ張って来れる。

旭さんのクラスに行くまでの廊下でケンカする2人が目に浮かぶ。

「今は3年生も揺らいでる。私たちがしっかりしないと、崩れるよ」

だから、皆はなんでそんな目で私を見るの。




「驚いただろ?西谷。苗字全然違って」
「力…正直、すげえ驚いた。前の名前なら多分あんなこと言えなかった、よな…」

西谷は少し苗字を見くびっていたらしい。
我らがマネージャー兼プレーヤーは、とんでもなく成長を遂げたようだ。所謂ショック療法というやつで、西谷が居なくなってから、苗字は誰かに寄り掛かることを止めた。いい意味で。

「俺も驚いたよ。でもさ、あれはきっと東峰さんへの苗字なりの信頼じゃないかな…。本心と願いが入ってると思うけど」
「そうか…」
「…なあ、西谷、もうちょっと時間あるか?」

西谷に伝えないといけないことがある。
苗字と、俺たちのこと。苗字と一番距離の近い西谷だからこそ、知っておいて欲しい。たとえ、苗字がどうなろうとも。



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