02


「お、おはようございます…」
「おはよう、苗字さん、だよね?」
「はい、1年の苗字名前です。いつも田中と西谷がすいません。一応、その、マネージャーとして入部します。仕事あったら振ってください。よろしくお願いします」
「清水潔子です。マネージャーの後輩欲しかったから、嬉しいよ。よろしくね。監督がどうするかわからないけど、ひとまず色々教えるね」

大変そうだけど頑張ろうね。くす、と笑った先輩は控えめに言っても女神だと思った。

スクイズ洗浄、球出しなど用具の場所や作業を丁寧に教えてくれる潔子さんは2年生。私よりも低い身長に細い体。確かにこれで全員のマネは大変そうだ。縁下まで勧誘に参戦してきた理由は解る。

部員が揃うと、監督が来たタイミングで集合が掛けられ、全員の前で自己紹介をすることになった。嫌だ帰りたい。

「苗字名前です。1年4組です。マネージャーとして入部」
「あ?」

全員ビクゥと震えた。3年まで漏れなくだ。すいませんと目線で謝る。みんなふるふると首を振ってくれた。なぜかアゴヒゲの先輩の視線がひときわ優しかった。

「…ですが皆さんの練習に一部参加させて頂きます。ポジションはウイングスパイカーです。…中学は東京でバレーやってました。よろしくお願いします」

ぺこり、と頭を下げた名前に戸惑う2,3年。それもそうだ。女子にしては高い身長なだけで特に凄いところもない体だ。
言われなくともわかる。納得も歓迎もされていない。…田中と西谷を除いて。

「こいつを入れた理由がわかるやつ、手ェあげろ」

監督の言葉に、田中と西谷がしゅびっと手をあげた。それを見た監督がにやりと笑った。嫌な予感しかしない。

「今から試合だ。お前ら2人と、名前で組め。相手は3年。2年は見てろ」




結局、3年のレギュラーが田中たちの相手をすることになった。時間も取れないので15ポイント先取の1セット。田中たちには悪いが、あっという間に終わりそうだ。
こんなの公開処刑だろ、と思っているとおい、と監督が俺たちを見て言った。

「ただ見てるんじゃねえぞ。盗めるモンは全部盗め」

どういうことだ、と思うと同時にアップとミーティングが終って試合開始の笛が吹かれた。最初は田中のサーブ。普通に向こうに入って、セッターがあげたのをスパイカーが打つ。西谷がきれいに拾った、もってこい!と叫ぶ田中に苗字ちゃんがトスを上げる。

え、待って。すごいきれいAパス上げた、あの子。

思わず見てしまった。あんまりにもきれいに上げるから。そのトスで田中がスパイクを打ったけど、また先輩に拾われる。しばらく長いラリーを繰り返していると、いつの間にか5−1まで差が広がっていた。

やはりというべきか、今は攻撃がワンパターンで全部止められてしまってる。組み合わせの悪さを歯がゆく思うと同時に、そういえばなんで監督は止めなかったんだろう、とふと思った。

しかも3人のうち一人はリベロで、攻撃参加できないしサーブもできない。それなのにメンバーを変えなかった理由があるんじゃないか?それに、盗めるものは盗め、といった監督の言葉。それって、と思うとピッと笛が鳴った。

苗字ちゃんのサーブだ。
女子の威力ならサーブは簡単に返せる。問題はそのあとの展開だ。スパイカー2枚とセッターの3年に対してセッターのいない田中たちはどうしても攻撃の幅が狭くなる。

どうやって崩すかな、と思っていると苗字ちゃんがエンドラインから大きく下がった。え、と思ったのはおそらく全員。あそこまで下がったってことは、まさかジャンプサーブってこと!?ボールを投げて、大きく飛んだ。うそだろ。

「ッ!」

ジャンプサーブだった。それも威力のえげつない。

綺麗に誰にも触らせることなくコートに叩きこまれたボールは、てんてん、と転がって止まった。皆呆然とボールか、苗字ちゃんを見ていた。
俺の中の女バレのイメージがぶっ壊された。大地も先輩も空いた口が塞がらない。田中も西谷すらも、誰もなにも言わない静かな空間にタン、と音が響いた。はっとする。

「2本目」

タン、と床にボールを2回打ち付けた苗字ちゃんの表情は、監督に怒られていた時とも、自己紹介の時とも違う。もっと、静かに闘志を燃やすプレーヤーの顔だった。





結局試合は3年が意地で勝った。たるんでる!と怒られた苗字ちゃんは外周を走りに行かされている。つくづく苗字ちゃんに厳しい。もうそろそろ帰ってくるはずだけど。

「どうだった、お前たち。あのひよこは」

ぐっ、と3年が言葉に詰まって悔しそうに顔を歪めた。試合には勝ったものの、内容は田中達の勝ちと誰もが思った。
リベロの西谷は攻撃に参加できない。それを考えるとトスもスパイクも田中か苗字ちゃんになる。

2人とも身長が高い方じゃない。田中はまだ170前半だし、苗字ちゃんも175ぐらいだろう。3年は全員180オーバー。攻撃のカードが少ないしブロックの壁は低いから決め放題と、思ってた。でもそんなの関係なかった。

6点を連続サーブでもぎ取った苗字ちゃん。勿論全部ジャンサだ。途中ジャンフロも打ってた。すごいかよ。
でも本当に凄いのは、全部を同じ先輩に向けて打てるのと、微妙に出来た守備の穴にサーブを入れるコントロール力。狙われた先輩はレシーブが苦手だ。性格わりぃと誰かが呟いた。思わず確かに、と頷いた。

サーブは勿論、田中へのトス。西谷へのカバー。自分のスパイク。特に3枚壁を嘲笑うかのようなフェイントと、威力の乗ったスパイクを防いだリードブロック。

おいおいおい、本当に女バレなのこの子?一体東京で何やってたんだよ、東京って猛者しかいないの?そしたら俺東京行けねーべ。

「コントロールも、攻撃パターンも、全部向こうが上でした。俺たちはパワーでなんとか勝てただけです。……女子だからって油断もしてました。すいません!」

先輩がそう言うと烏養監督はけらけらと笑って素直な所を誉めた。厳しいとこもあるけど、こうして認めてくれるのはやっぱり名監督と言われるだけある。

「バレーは何もパワーが全てじゃねえ。緻密なコントロールも、攻撃パターンも、試合を読む力も。全てで勝ちに行くんだ。あいつは人よりそれが高いレベルで揉まれて、努力してきた、それだけだ」
「でも、あんな技術持ってる女子なんて聞いたことないですよ!」

「そりゃ名前はU-15のユース日本代表っすからね!つえーっすよ!!」

にしし、と言わんばかりに笑う西谷に、全員がぽかんとした。横で田中がうんうん、と頷いている。は?日本代表??ユースって、はあ!?

「はああああ!?」
「よく知ってたな、西谷」
「龍と月バリ立ち読みしてたら本人に会いました!!」

いや買えよ、と思ったのは俺だけじゃないはず。
つーかユースって!?え!?てことは、日本代表のユニフォーム着て遠征とか言ってたってこと!?ブラジルとかドイツとかと戦ってたの!?だからあんなブロック巧いのかよ!そりゃ世界相手じゃレベルちげーよ!!

「まあ、今じゃただのうじうじ悩んでるひよこだ。悪いがやつのリハビリに付き合ってやってくれ。それに、お前らもあいつとバレー、やってみたくねえか?」

監督のその言葉に、全員がウズウズしたのが分かった。サーブと言ったら青城や白鳥沢がとんでもなく強いイメージあるけど、あれに匹敵するんじゃないだろうか。そんなサーブを間近で見れて、打てるようになる?あんな多彩な攻撃ができるように?

「あいつを認めるか認めないかはお前ら次第だが…俺としちゃ受け入れてくれると助かる。あいつがいても損はしねえだろうよ、どうだ黒川」
「…正直、迷います。男バレの練習に女子が混ざるなんて聞いたことないですし、教頭もうるさいと思います。でも、俺は近くで、あのプレーが見たい、っす」
「…ありがとう」

烏養監督が頭を下げた。顔を見合わす俺ら。どうやら苗字ちゃんは監督の秘蔵っ子というやつらしい。とても目を掛けているのが分かった。本人に伝わってるかは怪しいとこだけど。

「名前ちゃん、どうしたのそんなとこで」
「っ!え、いや、あの…」

ボトルを洗いに行った清水に引っ張られて戻ってきた苗字ちゃんは俯いていて、清水の方が背が低いのに迷子になった子供みたいだった。こうやって見るとやっぱり1年生なんだな、と思う。
意を決したように顔をあげた苗字ちゃんを見て、俺の顔も熱くなった。

「あ、その……先輩、方っ、よ、よろしく、お願いします」

顔を真っ赤にして、手の甲で顔を抑えてそう言う苗字ちゃんが、俺らどころか先輩のハートすらをも砕いたのは言うまでもない。
試合の時と別人すぎて、ギャップやばいだろこれ。身長の関係で上目遣いになるのはしょうがなくても!大地も旭も顔赤くしてんじゃねえよ!

つーか!後輩女子!!可愛すぎんべ!!ぜってー愛でる!





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