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「キミが烏野の主将さん?どーも、及川です。い つ も 名前ちゃんがお世話になってます」
「…どーも、澤村です。こちらこそ、う ち の 名前がすいません」
お互いに嫌味の応酬になったのが分かった。握った手に力が籠る。向こうも負けじと力を込めてくる。及川さん、岩ちゃんみたいなゴリラじゃないから負けちゃう。でもね、今回は負けられないんだよね。
「いやー名前が練習に混ざってるって言うから、どんな猛者がくるのかと思ったけど?」
負けたことは事実。でも俺がいれば勝ててた試合だ。烏野はあの飛雄とチビちゃんの変な速攻とかレフトの坊主くんとか、攻撃力はそこそこだけどレシーブ力が弱いそこをつけばあっという間だった。
攻撃はサーブを防がないと始まらないんだよね、残念ながら。まあ、このキャプテンくんは安定したレシーブ力あるのは認めるけど。でも、今日の試合を見て。やっぱり言わないと気が済まない。それはたぶん、他の奴らも同じだ。
「ご期待に添えなくてすいません?まだ弱いですけどしっかり勝ち上がって行くんでよろしくお願いしますね、ベスト4さん?」
「あーそうですね?せいぜい勝ち上がって来て下さいよ"っ…!?」
「おいクソ川お前いつまでやってんだこのグズ!」
ギリギリギリと握手をしていたら、思い切り後ろから頭を叩かれた。衝撃で手を離す。いったァ!クソとかグズとか酷くない!?
「ひどいや岩ちゃん!……まあ、岩ちゃんの言うとおりだね、本題入ろっか、キャプテンくん」
岩ちゃんの言う通りあんまり時間もないし、名前に聞かれても困る。今は温田っちたちが名前を手伝って時間を稼いでくれてる。苗字止めとくから俺らの分までよろしく、と言ってくれたあいつらには本当に頭が上がらない。
名前のすぐ近くでバレーができる烏野が羨ましい。マネージャーとしてではなく、いちプレーヤーとして。共にバレーをする人間として。
名前のプレーは傍で見るだけでも得るものが多い。プレーをすればわかる。共に磨き合えるその存在が、それだけ大きいか。貴重か。…お前らには、勿体無いか。
それが分かっていないから余計に腹が立つ。名前がそう決めたならいい。でも、名前の周りが勝手に名前の進む道を狭めるのは許せない。自分たちで考えろ。力を付けろ。強くなれ。だって、俺たちは。
「聞くけど、キミら、いつまで名前と練習するのかな?」
ぐっ、と言葉に詰まったキャプテンくんが顔をしかめた。そうだよね、分かる。言われたくないよね?事実だから。
コーチでもなんでもない、女子の後輩に練習付けて貰ってるなんて、プライドはないのかな。
でも、お前らのプライドなんてどうでもいい。俺たちが考えるのは、名前のことだけだ。名前がなんで頻繁に青城に来ると思う?この体育館の勝手を知ってると思う?お前らじゃ力不足だからだよ。
「十分な指導者もいない環境で、名前が満足すると思ってる?今は名前が色々手伝ってくれてるよね?練習。じゃあ、名前の練習は誰が見るのかな?」
名前が青城にいてくれたら。そう願って、勿論何度も誘ったし、何度も説得した。サーブなら俺が。スパイクなら岩ちゃんが。ブロックならまっつんが。安定したレシーブならマッキーが。教えられる。教えて貰える。互いに高められる。強くなれる。
だから。お願いだから、頷いて。そんなところにいないでよ、名前。
それでも、名前は首を縦には振らなかった。引っ張ってくれた人たちがいるから、まだ行けない、そう言う名前は真っ直ぐで綺麗だった。名前がそう言うなら、と引いたつもりだった。今日の試合を見るまでは。
「キミらもいつまで名前に甘えてたら、ダメなんじゃなーい?あの子が上手いのは知ってるよ?サーブは俺が教えこんだわけだし。でもあの子にはあの子に相応しい環境がある」
それなのに、今日の試合で見せたそれは俺たちを苛立たせるには充分だった。その程度で、と言いたくなる。納得がいかない。負けて悔しいと同時に別の感情が浮上する。
それまで言われっぱなしのキャプテンくんが眉間に皺を寄せて口を開いた。
「…相応しい環境か、随分と言うな。まるで自分たちの所に来るのが正解、って言いたいのか?」
「残念。もうとっくに誘ってるよ、悪いけど去年からね。白鳥沢も東京の高校も。名前が欲しいのは俺たちだけじゃない」
その言葉にキャプテンくんの目が見開かれる。知らなかったか。まあ、そうだよね。余計な心配とか、そういうのを掛けたくなくて黙ってるタイプだもんね、名前は。そんな近くにいながら知らないのか、と少し苛つく。
名前が俺や岩ちゃんに心を開いてくれてるのは、仲がいいからってだけじゃない。俺たちと名前がお互いに背中を押し合って来たからだ。
挫けそうなとき、心が折れそうなとき、諦めたくなったとき。そんなとき、俺たちはお互いを思いだして、立ち上がってきた。
俺だって名前のひたむきなバレーへの姿勢とか練習への情熱とか、師匠としてのプライドとか。色んなものが背中を押してくれたからここまでこれた。
そうじゃなかったら、あの時にきっと心が折れていた。だから、今度は俺たちが返す番。そう思ったのに、名前の望む願いを叶えることは、俺たちにはできない。
「俺たちも弱いわけじゃない。でも、俺たちに出来ることは限られてる」
強くなれよ。お前らが弱いままじゃ、名前はいつまでも其処に止まったままだ。
―――でも。強い弱い以前に。
名前のトスも、レシーブも、俺たちには打てない。繋げない。そもそも、俺らはあの子と同じコートには立てない。あの夜。試合がしたい、と泣く名前の姿と涙が忘れられない。
いつの間にか、俺とキャプテンくんの周りには名前をよく知る奴らが、俺たちを静かに見守っていた。岩ちゃんも、マッキーも、まっつんも、矢巾も、金田一だって。名前の幸せを願ってる。
「お前らに、あの子を満足させられるの?あの子の繋いだボールが打てるのかよ?」
ねえ、お前らは、いつまで名前を縛る気だ?