ある星の祈り


土曜日の職員室には人が少なくて、とても過ごしやすい。あんまり好きじゃない物理の先生もいないから気を張らなくていいからより一層だった。

「武ちゃん先生お分かりいただけましたでしょうか?」
「はい!苗字さんはとても分かりやすい説明をしますね」

バレーのルールを教えてほしい、とそう伝えてきた武ちゃんへ急遽勉強会が職員室で開催された。独学で学んでいた武ちゃんだったが、リベロという特殊な存在に完全に迷走したらしい。

しかもリベロ不在の今、練習を見てもまったくピンと来なかったんだろう。西谷がリベロをきちんと説明できる気もしなかったので、先にこうしてお勉強会を開催したわけである。

「たぶんうちのバレー部の勉強を見てたらそうなったんだと思います…西谷と田中は成績壊滅的なので…」
「はは…そ、そういえば、今は西谷くんが停学中でしたね、彼が烏野の守護神、なんですよね?」
「はい、千鳥山の西谷って言ったらこの辺りじゃ有名ですし、ユースとかでも通用するレベルの選手ですよ」

部停中の西谷は大会に出ればその名前を囁かれるくらいには有名で、優秀なプレーヤーだった。
帰ってくれば心強いけど、その存在に安心しきってしまわないように注意が必要だ。西谷の背中は安心できて、つい頼りたくなる。

楽しみだなあ、と呟く武ちゃんに私もです、と答える。今頃は日向と影山の入部をかけた試合のはず。まあ、あの速攻がはまればそう怖いものはないはずだ。

「そういえば、コーチと練習試合の件ですけど、どうでしたか?」
「駄目ですね…、やはりここ数年で付いてしまった印象が拭えないようで…。なにか後押しになる名前があればいいんですが…特に指導者は僕が出来ないのでどうしても欲しいんですが…」

武ちゃんが本格的に監督として動き出してくれてよかったと思う。ずっと口説いていた甲斐があった。計画通り、と某新世界の神のように内心で笑う。

「武ちゃん先生、ひとりだけ、心当たりがあるんですけど、説得手伝ってくれませんか?」

そういうと武ちゃんはぱちくりと大きな目をさらに大きくした。

「話に乗ってくれたら今の2つの問題を解決するくらいには強力ですけど、中々乗ってくれなくて…手こずってます」
「その方はどんな方なんですか? 」
「伏兵は案外すぐ近くにいるもんですよ、先生…坂の下にね」

にや、と悪い顔で笑うと武ちゃんはぎょっとした顔を見せた。そんなにひびらないでよ、と思うと同時に声が掛けられた。

「武田先生お電話でーす」
「すいません、苗字さん、ちょっと」

そう言って電話に出た武ちゃんを他所に私もスマホをいじる。電話は聞かれたくない内容もあるだろうから聞き耳はシャットアウト。
電話が終わったらしい武ちゃんが、期待なのか絶望なのかよく分からない顔で私を見てきた。え、な、なに。どうしたの武ちゃん…。

「苗字さん…青葉城西って…強いですか?」
「青葉城西ですか?県内有数のバレー強豪校ですよ?それがどうかしたんですか?」
「練習試合…受けてくれました…」
「へ?あ、青葉城西が!?」

というか武ちゃん青城に申し込んでたの!?いやまあとにかく手当たり次第申し込もうって言ったの私だけど!でもそれ以上に青城が練習試合を受けるなんて誰が予想しただろうか。

流石に私も及川さんたちには声を掛けれなかった。まだまだ青城に勝てるほどの力はないからだ。私が掛けられなかった声を、階段をぶっ飛ばして掛けた武ちゃんには畏れ入る。こういうとき知らないって怖い。

私が震えていたら、今度は私のスマホが震えた。なんだろ、と思って画面を見て私はピシ、と固まった。電話の相手、嘘でしょ。なんてタイムリーなの。絶対分かって電話掛けて来たなこれは。

「誰ですか?」
「あ、青葉城西のキャプテンからです…で、出てもいいですか…」
「はい…」

武ちゃんの許可を得て電話に出る。さっきの今だ。これは絶対に練習試合の話に決まってる。何の電話だろうか、恐る恐る電話の通話ボタンを押す。はい、と出ると元気な声が聞こえてきた。

『やっほー名前ちゃん!元気?』
「あ、はい…及川さん…」

元気もどうもこうもついこの間会ったばかりじゃないですか。長々と及川さんの調子が良いことを前置きに語って、及川さんはようやく本題に入った。これは近くに岩泉さんいないパターンですね。

『ウチに練習試合申し込んだでしょ?名前ちゃんの頼みならオッケーって言いたいとこだけど、弱い奴とやんのも癪だしさあ』

はっきり弱いと言われる。当然といえば当然だ。及川さんたちが試合をするのは私じゃなくて、烏野だから。なにも言い返すことができない私に、ますます上機嫌になる及川さん。

『そっちには飛雄ちゃんいるでしょ?飛雄ちゃん出してくれるっていう条件付きで受けてあげたから、せいぜい独裁政権見せてね〜』
「及川さん…影山くんになんの恨みが…」
『まず名前ちゃんと同じ学校っていうのが最高に気にくわないよね』

閉口せざるを得ない。影山、一体及川さんと何があったの…。

『まあ、ホントは俺らが勝ったら名前ちゃんちょーだい、って言うつもりだったけど痛ァ!………おう、名前』
「岩泉さん…ええと、練習試合受けて下さってありがとうございます…」

及川さんの悲鳴が聞こえて来たと思ったら、電話の声がいつものワントーン低い声に変わる。ああ、やっぱりこの2人はセットでないとだめだな、としみじみ思う。
ひとまず練習試合を受けてくれたことのお礼を伝えた。

『あー、わりぃな、変な条件つけて。そうでもしないとウチの監督も試合呑んでくれなくてよ。大義名分ってやつだな』
「そうでしたか、なんだかすいません」
『構わねえよ…まあ、俺らもゴアイサツぐらいしときたいしな?』

なんか雲行きが怪しげだ。岩泉さんが言うと不穏な空気が流れる。まあ、及川さんもだけど。どうしてこう時々厄介になるんだろうか、この人たち。

「ご、ゴアイサツって…」
『ウチの名前がお世話になってますーってやつな!』

うちの私ってどういうことだ。そもそも私は烏野だし。いや、かなりお世話にはなってるけど。ご挨拶ってそういう…。本当に兄枠だなこの人たち…、こんな怖いお兄ちゃんいやだな…。ねえ花巻お兄ちゃん。

「その声は花巻さん?」
『俺もいるよー』
「松川さんまで…スピーカーでしたか…」
『名前ちゃん負けたら俺のジャージ着て帰ってね』
『花巻…あ、じゃあ俺は名前ちゃんのジャージ貰うね』
『じゃあ名前、月曜日はそれで遊びに来いよ、いいな』
『はあ!?岩ちゃんもマッキーもまっつんも何言ってんの!?』

4人が代わる代わる電話に向けて話す。なんだか及川さん家に行った時みたいだった。言ってることは無茶苦茶だけど、その声には少しの心配も含まれていて。申し訳なさと同時に嬉しさが募った。まあ、なんだかんだ言うけど、私のお兄ちゃんたちはとても優しい。

『まあ、つーわけだ。来週楽しみにしてんぞ。じゃあな』
『アッ!!待ってよ岩ちゃん!?俺まだ話足りないんだけど!』
『うるせえボケ!練習し』

プツン、ツーツー。
物を言わなくなったスマホを呆然と見下ろす。急に掛かってきて、急に終わったな。切れた電話の向こう、岩泉さんの声で慌ただしく部活に戻る彼らの姿が容易に想像着いた。

話を反芻すると、私の出ない練習試合に負けたら松川さんにジャージを奪われ、花巻さんの青城ジャージを着て、月曜日の練習をサボって岩泉さんに会いに行くと。

いや無理。

帰る時は針の筵で怖すぎるし(誰とは言わないけど)、月曜日サボるなんて無理だし、あんななんの面白味もないはずの日々の練習に何故か女子が押し掛けてる青城バレー部の前で、松川さんと花巻さんとジャージ交換なんて死んでもごめんだ。刺される。色々と。

「ど、どうしました、苗字さん…?」
「先生…この試合、勝ちましょう…!」
「え?あ、はい?」

絶対!!勝てよ皆!!



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