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火曜日。練習試合が決まってから付け焼き刃の速攻とコンビネーションを携えて青葉城西へ向かう。まともに練習できたのは3日。そんな短時間でのセットアップなんて、普通のプレーヤーであれば到底間に合わない。

でもそこは流石、及川さんが可愛がる影山だ。1週間で技術の足りない日向とのセットアップもほぼノーミスになった。セッターとしての技術の高さとセンス。及川さんが嫉妬するのもよく分かった。ポジションが被れば、私も間違いなく嫉妬している。それほどのものだ。

バスの中では日向が吐いたり田中のジャージが残念なことになったり、忙しないながらも青城に到着した。相変わらず大きい学校だ。
もう何度も来ている場所なだけに、勝手知ったる場所とばかりに青城の体育館まで真っ直ぐに向かう。
なんで知ってるんだ、と不思議そうな顔をした皆を、ええ、まあちょっとと濁して体育館へ案内していたら、なぜか3人ぐらい姿が見えない。

「あれ…?田中と蛍ちゃんは…?」
「そういえば…」
「縁下!」
「俺に言われても…」
「…しっかりしてよお母さん!」
「俺はお母さんじゃない」

少し辺りを見回すと黒いジャージが視界に映る。体育館の方向だから合ってるんだけどどうして勝手に移動するかな…。
大地さんと手分けして探すと案外あっさり見つかった。蛍ちゃんに余計なことを言って相手を煽るな、と肘でつつく。止しなさい。

「他校にお邪魔しておいて迷惑かける?普通?ねえどういう神経してるの君たち、ねえ?聞いてる?」

そう言うと田中はびくりと肩を震わせた。あんたが煽ってどうするよ。
後輩に示しつかないでしょと睨むと田中が小さくなった。そう、しばらく小さくなってなさい。

「苗字か!」
「苗字さん!お久しぶりっす!」
「矢巾、金田一くん…ごめんね、うちのお馬鹿が…」

相手にすいません、と謝ろうとすると相手は見知った顔だった。良かったこれで面識のない1年生とかだったら申し訳なさ過ぎる。

春休みから青城の部活に参加していた金田一くんは何度か一緒に練習した仲だ。及川さんを尊敬する素直でとても良い子でもある。

「あー大丈夫っす!体育館案内しましょうか?」
「ううん、大丈夫!ありがとう」
「苗字今日は出ねえの?」
「マネージャーの私が出てどうすんの…今日は出ないよ」
「何でだよ。出ろよ。俺まだリベンジできてねーんだけど!」
「しらなーい」

ふい、と顔を背けても尚、出ろよ、やだをお互い繰り返す。ああ、そうだ、一応及川さんの次にチャラいと噂の矢巾には先に手を打っておこう。

「私の先輩に手ェ出したら許さないからね」
「じゃあお前相手にしろよ」
「ん〜〜!私の体ひとつで先輩が救われるなら!煮るなり焼くなり好きにして…!」
「いいから名前早く案内してよ」

今度は蛍ちゃんに怒られた。ごめんて。だからそんなに相手にガン飛ばさないでよ、田中、蛍ちゃん、大地さん…。




キュ、キュと鳴る床の音と大勢の部員に日向はいたく感動したらしい。私も青城の3年生や一部の2年生とは親しくさせて貰ってるけど、それだけなので新入生の入った青城は初めて見る。

ひと悶着あった道中はさておき、私たちは無事に体育館に着いた。潔子さんが準備している間に、私と武ちゃんは青城の監督の元へ向かう。

「この度はお忙しいところ練習試合のお話を受けて頂き、ありがとうございました。顧問の武田です」
「いえいえ、こちらこそ。色々我儘を申し上げてすいません。監督を務めます入畑です」
「マネージャーの苗字です。試合を受けて頂きありがとうございます。それと、コーチ探しの件で、及川さん伝にご相談させて頂きました。ご紹介ありがとうございました」

君が苗字さんか、及川だけじゃなく岩泉や花巻初め3年から話は聞いてる、と言われて少しどきりとする。及川さんが間に入ってくれてたのは知ってたけど他の3年生まで動いていてくれたとは思わなくて嬉しくなった。

コーチはまだ見つかってない。
条件が合わなかったり、もう別の学校のコーチが決まっていたりと紹介された人たちでは決まらなかった。今は繋兄にお願い中だけど、あと一押しが足りない。

そのあと一押しはきっとこの試合に掛かっていると私は思ってる。頼んだぞ、とアップするみんなを見る。
その最中、ふと背後に気配がした。同時に頭に衝撃。うっ、これは柴犬並みにわしゃわしゃされている…!

「おー、きたな、名前ちゃん」
「うりうり元気か?」
「うっ、そ、その声は…」

振り返ると、案の定松川さんと花巻さんが居た。
ほい、と渡されたビブスを受け取ってお礼を言う。青城にマネージャーはいないから、こういった細かいことは全部部員達でやるんだけど…わざわざ仕事を奪って来たんだろうか。後ろで1年生らしい男の子が右往左往していた。…なんかすいません。

「よ、名前ちゃん。おお、なんかそのジャージ新鮮だな。真っ黒」
「そういえば…いつも違うジャージですしね」
「名前ちゃん、こっち着ようぜ?な?」
「な、じゃないです。今日は烏野なので着ませんよ、やめて脱がそうとしないで松川さん」

ぐいぐいと松川さんにジャージを引っ張られる。途中までファスナーを開けられたけど、脱がさないで、と言うと花巻さんに頭を叩かれて松川さんの手が止まった。
まだ負けてないのに服を剥ぎ取るなんてルール違反ですよ松川さん。

3人で話をしていると、いつものよく響く声が聞こえて来た。私が怒られた訳でないのにびくりと肩が跳ねた。

「なにしてんだオメーら!さっさと練習戻れ!」
「へーい、なんだ及川いねーから存分に名前ちゃんに構えると思ったのに」
「モンペ2号忘れてたわ」
「ウルセーよ!」

ぎゃん、と叫んだ岩泉さんの一声で花巻さんと松川さんはアップに戻っていった。とてつもないお父さん感である。

「岩泉さん!今日はよろしくお願いします」
「おう、うちのがわりーな。今日は名前出ねえのか?」
「皆それ言いますね…流石に出れませんよ。今日はマネージャーとしてよろしくお願いします」

ぺこ、と頭を下げるとよろしくな、と頭に手を乗せられた。岩泉さん始め、青城の面々は良く私の頭を撫でる。完全に妹扱いである。まあ、私の方が年下なのでしょうがないんだけど。

そしてなんと姿が見えないなと思っていた及川さんは病院に行っているらしい。軽い捻挫だけど一応大事をとってということらしい。
飛雄ちゃんはボコる☆と言っていた張本人がいないとは、これいかに。これで今日プレーできなかったら、物凄く格好悪いんじゃ…。言ったら拗ねるから黙っておこう…。

岩泉さんと話をしていると、苗字、と大地さんから呼び止められた。やば、忘れてた。

「苗字、こちらの方は向こうのキャプテンさんか?」
「いえ、副主将の岩泉さんです。岩泉さん、烏野高校バレー部キャプテンの澤村先輩です」
「どうも、岩泉っす。うちの主将はちょっと用事で外してまして。今日はよろしくお願いします」

まさか病院行ってるなんて言えないですよね。まあ、怪我なんでしょうがないですけど。
大地さんは穏やかな笑みを浮かべて岩泉さんと挨拶をしている。おお…私の中でのお兄ちゃん枠トップツーだ…。すごい安心感…。

「澤村です。今日はよろしくお願いします。苗字、清水が呼んでたぞ」
「ホントですか、わかりました。じゃあ、岩泉さん、今日はお願いしますね」
「おう、約束忘れんなよ。負けたらウチのジャージ着て帰るんだからな」

余計なことを…!と岩泉さんを睨んでも、岩泉さんは何処吹く風だ。ひええ、と思うと同時に背筋が寒くなった。大地さんがじっとこっちを見ている。ひっ、と小さく声が出た。やばい。これは詰んだ。この場は離れるに限る。


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