19


武ちゃんと職員室にいたら、なんと青城との練習試合が決まった。アグレッシブな武ちゃんに驚きつつ、練習試合が決まったことを伝えに体育館へ走る。廊下を走るなと注意する側の先生が走るなんて。案の定武田先生!と別の先生に怒られていた。締まらないなあ。

ガラリ、と体育館の扉を開けるとバレー部の面々。どうやら日向と影山の入部は無事に決まったらしい。いやホントに良かった。日向も影山も、逃すには惜しい戦力だし。

そういえば相手は同じ1年だっけ、と相手を見るとそこには色素の薄い髪と高い身長、少し気の弱そうなそばかすの―――。あれ。

「…蛍、忠!あんたたち烏野に入ったんだ」
「なっ!?名前ちゃん!?なんでここにいるの!」
「…ちょっと…!なんで名前がいるの…」
「蛍ちゃん、せめて名前さんと呼びなさい…大地さん怖いから…」

見覚えのある2人に思わず駆け寄る。懐かしい顔に思わず盛り上がったが、周りが私たちを興味深そうに見ているのが分かった。

「えーっと3人はどういう関係?」
「ああ、私たち小学生のころ、同じバレーボールチームでプレーしてて、…蛍は」

そこまで言って、蛍を見る。特に嫌そうな素振りは見せてないから、きっと言っても大丈夫だろう。お互いに指を指して3年前の関係を思い出す。私も蛍ちゃんもそこまでウェットな関係ではなかったけど、それでも世間一般的には。

「元カレです」
「元カノです」

シーーーーーン。
…。……。誰も何も言わない。なんで皆黙るの。沈黙の意味が分からずに蛍ちゃんを見ても、蛍ちゃんも眉間に皺を寄せている。伝え方が悪かった訳ではないらしい。

困ったときの縁下、と思って見ればぽかんと口を開けていた。…これは、あれか。皆私に彼氏が居たことを信じてないやつか。失礼すぎないか、流石に。

「はああああ!?」
「苗字に!?モモモモトカレ!」
「や、でも遠距離で結局付き合ったのほんのちょっとだったし、ね?」
「名前が全然連絡寄越さないからデショ」
「ごめんて…お互いバレーに集中しよってことになって一回別れたんですよ。中1と中2のときだっけ」
「そう、名前がぴいぴい泣きながらサーブの練習してたとき」
「だ、だってめっちゃ嫌われてたし厳しかったし…」

あんなサーブが打ちたいと、長期休暇の度に向かった及川さんの元。最初こそ鬼かこの人と思ったけど、通うにつれてきちんと教えてくれるようになって。楽しくて、ひたすら練習していた。

「帰ってくる度に僕のことそっちのけでバレーしてたしね」
「蛍ちゃんだって私とバレーやってたじゃん。そんな感じでまあそもそも中学生で遠距離なんて無理だったっていうか…」

さ、最低な女ですいません…。でも蛍ちゃんだって人混みキライだし結局バレーかお家でぐだぐだしてたじゃん。

あの頃、バレーが嫌になる前の話だった。突然、ある日突然関係が終わった。

一方的謝まられて、幼馴染みに戻ろうと言われたときは流石にショックだったけど、なんだかんだ蛍ちゃんの態度が変わらなかったからひどく安心できた。少し戸惑いはしたものの、変わらなかったからこそ出来た話もあって、あの頃の私にとってはひとつの支えになっていたと思う。

私たちの様子を見ていた田中と木下がわなわなと震えはじめたと思ったら、ぶわっと泣きながら指を差して喚き始めた。

「お前はこっち側だと思ってたのに!」
「そうだ!」
「お前ら失礼すぎるぞ」
「本当に失礼すぎる木下と田中」

擁護してくれたのは縁下だけだった。うん、縁下はきっといい彼女が出来るよ。保証する。そろそろ私の話より練習再開したいと思っていたら、案の定天の声が聞こえてきた。

「ねえ、青城の対策しないの」

潔子さんのその一言で練習再開の流れになる。よかった、と息をつくと、潔子さんが大げさだよね、と少し笑った。癒された。私は潔子さんが大好きです。




「ちょっと名前」
「はいはい何、蛍ちゃん」
「いいから行くよ。色々聞きたいことあるの分かってるでしょ」
「…わかったよ、行くから、逃げないから手離してって。じゃあ、すいませんお先です」
「お、おう…お疲れ」
「お疲れー…」

蛍ちゃんに手を引かれ、転がるように部室を後にする。お疲れさまです、と手を振ると中にいた面々がなんともいえない顔をしていた。なんだろうか…あの表情…。

外で待っていた忠とも合流して歩くこと数分、学校からほど近く。人気のない公園に行くと、ようやく蛍ちゃんが手を離してくれた。

今までなにしてたの、どうして、という2人からの矢継ぎ早の質問に答えていく。一通り話をすると、2人も聞くことが無くなったのか、気まずい沈黙が流れた。

ふと、蛍ちゃんがなんで、と小さく呟いた。絞り出すような、初めて聞く声だった。




「なんで、言ってくれなかったんだ…!」

びくり、と震えた肩。昔はあんなにしっかり見えた背中も、肩も、今ではずいぶん細く見える。名前はどうしよう、といわんばかりに顔を歪めて、僕を見ていた。そういうとこ、ホント変わんなくてイライラする。

「自分で抱え込んで、勝手に満足して、悲劇のヒロインぶって…!そんなの、言ってくれなきゃ分かるわけないだろ!」
「蛍、ちゃん」
「離れてて、たまにしか会わなくて、それでも。名前が何か思い詰めてるのなんてとっくに知ってた。ずっと一緒だったんだ、分かんないわけないだろ…!それなのに、何も言ってくれなくて…、僕が…!」

八つ当たりだ、こんなの。そう思っていたのに言葉は止まらなかった。はっと気付くと青い顔をした名前が僕を見ていた。違う、そんな顔をさせたいんじゃない。

でも気づいた時にはもう遅くて、名前が謝る。

「ご、ごめん…ごめんね、蛍ちゃん…」
「…謝るなよ。僕が惨めになる。…僕こそ、ごめん」

ずっと伝えたかった一言だった。僕はずっと名前に謝りたかった。一番名前がしんどかったときに、僕は名前を切り捨ててしまったから。

「名前がちゃんと寄り掛かれなかったのは、名前に何も言ってあげられなかった僕のせいだ。…僕は、名前にもっと頼って欲しかった。弱音吐いて、すぐ泣いて、どんな汚い名前も、見せて欲しかった」

僕たちは幼馴染みだ。普通の友達に比べたら、間違いなく距離は近いと言える自信がある。ある程度のことなら、言葉が少なくても言いたいことは分かる。

でも、なんでも言葉なしに伝わるわけじゃない。そんな簡単なことにも気づかないで、僕は名前が何かを抱えていることを知りながら、何も言わなかった。いつか言いたくなったら言ってくれればいい。それが、名前にとって最良だと思っていた。

でも、それは僕の甘えだった。もっと頼ってほしい、と伝えることもせず、ただ名前が寄り掛かってくるのを待っていた。名前は人に頼ることが壊滅的に下手くそなのに。それを知っていながら、幼馴染みという立ち位置に甘えていた僕が悪い。

「…うん、ごめん、私もちゃんと蛍ちゃんに言うべきだった」
「だから謝るなってば…。もういいから。でもあの約束は果たしてもらうから」
「あの約束…?」
「覚えてないならいい。僕が勝手にするから」

いいんだ。覚えてないなら。むしろ好都合だ。
名前が覚えてなくても、僕が覚えていればいいことだ。そう無理矢理話を終わらせた。
僕はいいけど、お前も何か言いたいこと、と見ると山口が涙目になっていた。

「…なんで山口が泣いてんの。意味分かんない」
「忠…、なんで」

突然、山口が名前の肩を掴んだ。とっさに止めに入ろうかと思ったけど止めた。手が出るようなら止めるけど、こいつにも怒る権利はあるし、なにより僕より名前を怒るのがうまい。いい機会だから存分に怒られなよ、名前。

「…俺、悔しいよ…黙って帰って来て、連絡もなくて…!名前ちゃん、俺たちが烏野入らなかったらもう一生会う気なかった?」
「っ違う!ちゃんと、会うつもりだった…!でも、あんなに送り出してくれたのに、だめになって帰って来て、情けなくて…」
「そんなのっ…知らないよ!連絡しても返ってこなくなって、俺がどんな気持ちだったか分かる!?名前ちゃんはいつもそう、勝手すぎる!」
「ご、ごめんなさ、」

名前は勝手だと思ったけど、限界まで溜めた名前にはそこまでの余裕はなかったんだろう。それでも、僕も山口も、名前を責めるつもりは更々なかった。
たぶん、僕も山口も、言いたいことは同じだ。

「勝手すぎていい!いいんだよ!名前ちゃんがそうしたいなら、そうした方がいい!でも、ちゃんと言ってくれよ!言ってくれないと分からないよ!俺ら、幼馴染みじゃん。なんでも話してよ!頼ってくれよ!名前ちゃんが嫌なら俺らじゃなくていいから、ひとりで抱え込むなよ…」

そう叫んだらあと、山口はぐずぐず言い始めた。名前も涙目だ。揃いも揃って…なんというか、出来の悪い姉と弟を持った気分だ。
でも、と続けながらぐし、と涙を拭って山口は安心したように笑った。

「帰って来てくれたのが、ここでよかったよ」

山口の言うとおりだった。どこかで蹲って動けなくなるより、戻ってきてくれて良かった。

僕が名前と別れようと決めたのは、名前がいっぱいいっぱいになっているのがわかったからだ。
色々抱え込んで、名前が苦しい思いをしていたのは分かっていた。がむしゃらに練習に打ち込む姿も、反応の遅くなった返信も。すぐに察しがついた。

東京と宮城で距離もあったし、会える時間も限られてる。名前がどれほど悩んでいたか、その時の僕には全然分からなくて、兄ちゃんに聞いたところで理解も出来なくて。名前をひとりにしてしまうような気がして、一番近くにいれる方法を探した。

だから、「相手をしなくちゃいけない」彼氏ではなく、気のおけない幼馴染みとして近くにいた方がいいんじゃないかと思って、バレーを建前に別れた。

多少は名前に寄り添えていたと思う。ただ、あの時もっときちんと伝えていれば、名前が抱え込むこともなかったんじゃないかと思う。
…考えるのはやめだ。今度はもう間違えないと決めたから。

「ほら、ちゃんと泣きなよ、ブサイクな面晒さないでくれる、山口、お前も」
「ごめ、ツッキー…!」
「大丈夫、もう、泣かないって、決めた」

名前のその言葉に、少しはっとする。そう、名前だっていつまでも昔の名前じゃない。

ねえ、だったら。僕もきちんと伝えるから。お前もちゃんと僕に、伝えてよ。

「忠、蛍ちゃん、私を受け入れてくれて、ありがとう」

そう言って無理矢理笑った名前は、ムカつくほどに綺麗だった。最後に会ったときよりもひどく大人になっていて、ずるいと思った。

もういいだろ。胸の奥に仕舞い込んだ箱を開ける。箱のなかのものはきらきらと綺麗で、淡く胸が踊る。悪いけどさ、名前。



僕、全然諦めてないから。



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