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烏野に来たと思ったら、名将と言われた烏養監督が監督を退いていた。
マジか、とショックを受けつつも元とはいえ、県内有数の強豪校だ。きっとレベルが高いに違いない。
そう思って練習を楽しみにしていたら、同じチームにあの下手くそがいた。しかも主将はチームワークがわかんねえ限り入部を認めないっていうし。なんだよ、くそ、と内心で毒づいた。
今はあの下手くそとやらないといけないからしょうがなくやってるが、こいつだけじゃなくて練習に女の先輩がいるなんて、正直ゴメンだった。どうしても体力もパワーも技術も劣る。そんなプレーヤーがなんで混ざってんだよ、と思った。
俺は烏野はもっとレベルの高い高校だと思っていただけに少し落胆した。そう思っていた矢先のこのゲーム。まあ、田中さんはあの下手くそみたいに足を引っ張る訳じゃないし、むしろパワータイプだからあの先輩にとっては一番相性が悪いはずだ。
いけんだろ、特に苦戦する訳ねえよ。そう思っていたら、おい、影山、と呼ばれる。振り返ると、田中さんがにやりと笑ってコートの反対側に立つ先輩たちを真剣に見ていた。
「サーブとスパイク、気ィ抜くなよ」
そういう田中さんは真剣な目でネット越しに先輩たちを見ていた。
「あいつ強えからよ」
苗字先輩のアップ後。いくよー、と始まったゲームは苗字先輩のサーブからだ。待て、あの助走って。開始してすぐ、苗字先輩はボールを高く上げた。
ハア!?ジャンサ!?男でもそんなに打つやつ多くないのに女でジャンサ!?
しかも、あのフォーム。俺がよく見ていた、あのフォームとほとんど同じだ。
パワーは劣るものの、ギリギリ取れるかどうかの場所を狙っきたサーブは綺麗に俺の腕を弾いた。びりびりと腕に残る痺れ。思ったより全然重い。女子の威力じゃねえだろ!!
隠さずに舌打ちをしたが、もう苗字先輩は次のボールを持ってサーブの構えをしている。
「あと2本」
ボールを2回。地面に叩きつけて。静かに先輩は呟いた。
待て、ゲームの展開が急すぎる、と思っても誰も止めてはくれない。
2本目のサーブは綺麗に、田中さんが取れる位置に打ち込まれた。完全になめられている。プライドが刺激された。負けねえよ、とトスを上げる。
「田中さん!」
「オラァ!!」
トスを上げると田中さんが綺麗にスパイクを打った。ドンピシャとまではいかなくても、タイミングは外してない、と思ったのに。
ボールの先には苗字先輩がいて、正面で受けたボールを綺麗にレシーブした。くっそ、コース読まれてる!舌打ちする前に、そのボールに目を奪われた。
完全にスパイクの勢いを殺して、ふんわりとあげられたボール。セッターが、最高にあげやすいボールだった。ぞくぞく、と背中に何かが走り抜けた。なんだ、あれ。ずるい、あんなレシーブ。あげたい、あんな、ドンピシャな。
トスを。
「スガさん!」
「オーライ!」
「っ!はあ!?」
スパイクが来る、と思って苗字先輩の前に田中さんが飛んだ。絶対スパイクだと思ったのに、菅原さんが選んだのはツーアタックだった。思わずはあ!?と声が出た。
あんなドンピシャなのに!ツーかよ!!なんだよその贅沢!勿体ねえ!と言いたくなる。セッターが上げやすい理想のレシーブて、スパイカーなら迷いなく打ちたいレベルのトスだっただろ!!
「ナーイス!」
「ついトス上げたくなったべー、さすが苗字ちゃん」
いえーい、とハイタッチをする苗字先輩と菅原さんは、少し話をするとボールをこっちに放ってきた。
「ラスト。そっちがサーブしていいよ」
にや、と笑う苗字先輩。煽られた、とカチン、と来た瞬間には田中さんが絶叫していた。
「調子乗りやがってェェェェ。影山かましたれ!!」
そっちがその気なら、こっちも全力で行くだけだ、とサーブを打つ。やべえ、楽しい。久々に何にも考えずに打てる。トスも、サーブも。
「ジャンサ!まじか!」
「取ります!」
「頼む!」
綺麗だと思った。
苗字先輩にレシーブされた俺のサーブは、菅原さんのもとへぴったりと収まった。綺麗にレシーブする苗字先輩と、丁寧なトスの菅原さん。
そして最後。誰もいないコートの端へスパイクを叩きこんだ苗字先輩の圧倒的なコントロール。
まったく手が出なかった。3-0。まじかよ。これで女子とか嘘だろ。
コートに突っ立って呆然とする俺の背中をばし、と田中さんが叩いた。にか、と笑っているのにその雰囲気はそうじゃなくて、じり、と足が後ろに引けた。
「な?強えーだろ?安心しろよ、あいつは足引っ張るような奴じゃねえ。それでもあいつがここにいるのが嫌ってんなら」
俺が根性叩き直してやるよ。
ぞく、と田中さんから感じる怒り。やべえ、と思ったとき田中さんの頭が沈んだ。すぐ後ろには苗字先輩がいて、田中さんにチョップしたらしい。沈んだ田中さんを、呆れたように苗字先輩が見ていた。
「やめなよ田中。影山くん脅すの。これから一緒にプレーすんのに…最初変な方向に尖ってたあんたと違って、影山くんは素直な子なんだから…」
素直な子と言われるとむず痒い。1年しか変わらないのにすげえ歳上な気がして、変に圧を掛けた自分をガキかよ、恥ずかしく思った。
「…生意気言ってすいませんした」
「いや、こっちこそ田中がごめんね。気にしてないから大丈夫だよ。一応サーブとスパイクには自信あるんだ、これでも。だから、よろしくね」
にこ、と笑う先輩はちょっと誇らしげに笑った。笑うと年相応でちょっと可愛い。いやそんなことどうでもいいんだよ、そう!サーブだ!!あのサーブは!間違いなく!!
「…あの、先輩って及川さん知ってますよね」
「え、うん。及川さん知ってるの? 」
「やっぱり!!サーブ及川さんに教わってますよね!?スパイクは岩泉さんっすか!?中学んときの先輩っス!」
俺が何度聞いても教えて貰えなかったサーブだ。誰が教えるかと何度も言われた中で、たった一度だけ及川さんが漏らした言葉。それはよく覚えてる。
『俺がサーブを教えんのは、たった1人って決めてんの。あの弟子以外には、死んでも教えないよ』
それを、俺はずっと羨ましいと思っていた。あの強烈なサーブを教えて貰えるその人を。それが、この人だったなんて。思いもしなかった。
「あー、うん、やっぱり分かる?」
「ッス!!先輩!お願いします!俺にサーブ、教えてください!!」
及川さんと岩泉さんの一番弟子に折角会えたのに何もしない訳にいかねえ!!ばっと頭を下げたら苗字先輩が狼狽えたのがわかった。
「お、及川さんに聞いた方がいいんじゃ…」
「及川さんには教えてもらえませんでした!なんでお願いシャス!ついでに俺のトスも打ってください!フォーム滅茶苦茶綺麗ですげえ上げたいって思いましたお願いします!!」
「苗字先輩!オレにも!オレにも教えてください!」
「ボゲェ!てめえ邪魔すんな!」
「そ、それより2人は」
まず入部させてもらえないと話にならないのでは?そう言割れてぐっと唸った。そ、そうだったオレがトスあげんのはこの人じゃなくて、こいつだった。
そうか、土曜日は勝たないとこの人にも上げさせて貰えないのか。
ん?なんで俺はこの人にこんなに拘ってんだ?
まあ、とにかく土曜は死んでも勝つ!