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「え、なにそれ!?入部断ったってこと!?」
「まあ…そうなるな…ふぁ」
「大地さんなに考えてんの…」

頭を抱える私をよそに、田中は、ん!と手を出して来た。でたよ、この問答無用なこの感じ。絶対に貸さないからね。私は涎まみれにされた数学のノートの無念を忘れてないぞ。

「で?あんたは朝練早くて寝て分かんなくなった授業のノート借りにきたんだ?縁下が貸してくれなかったから」
「ふわぁーーーあ。ん、そんでスガさんもきてくれてよ」
「聞けよ」

田中がそれはもう大きなあくびをした。全く話を聞かずに喋る田中に呆れてしまった。まあ、田中がノートを借りにくるのはいつものことで、私が断るのもいつものことだった。

春。私たちは無事に進学して、2年になった。進学早々いきなり大学進学に向けて担任からのありがたい言葉を貰って憂鬱になる。去年もそうだった。

そんなこんなで何事もなくまた1年が始まった、と思っていたのに。ことはそう簡単に運んでくれないらしい。まさか大地さんが1年生の入部を断るとは。

かくいう私も、気をつけていたにも関わらず1週間前に足首を盛大に捻った。部活は大事をとって少し休んでいるせいでまだ1年生には会えていない。

せっかくの開店休業中なので、その間に出来ることを進めているが、これがなかなか一向に進まない。サボってるわけじゃなんだよ田中君。

「つーわけで…。もう治ってんなら名前も明日から来いよ」
「え、嫌。そんな独裁者みたいなセッターの球打ちたくないんだけど…」
「それを!先輩である俺らが!どうにかするんだろうが!!」
「はいはい、わかったわかった、明日ね」

なぜか後輩指導に燃えている田中は、きっと菅原さんか大地さんあたりに上手くて担がれたんだろう。格好いいとかお前しかいない、とか。見ていなくても大方察しが着いた。

もう1人の単純人間もいればきっと同じように乗せられていたに違いない。それを宥める先輩もきっと分かりやすく狼狽えていそうだ。
彼らの姿が見えなくなった体育館は少し広く感じる。少し寂し気に体育館を見つめる田中を何度か見ているから、私は田中に少し甘くなってしまう。…ノートは貸さないけど。

「試合は土曜だからな!」
「えっ、てことは明日から金曜まで毎日!?ちょっと!」
「おお!あたぼーよ!おっ、予鈴だ!じゃーな!」

ばたばたとせわしなく去って行った田中に呆れつつも大人しく席につく。しょうがない、あんなにいきいきした田中は久々に見る。私もリハビリにはちょうどいいかもなんて理由をつけて行くことにした。私だって気にならない訳じゃない。

はあ、とため息をつくと縁下が笑っていた。道連れにしてやる、と軽く睨んでも縁下は何処吹く風である。大体、朝練前って何時だよ…7時くらい?




朝5時。早すぎる。聞いてない。田中一発殴る、と心に決めて早朝の体育館に向かった。もう明かりの着いている体育館を覗くと、少しの熱気が籠っていた。

「おはよーございまーす」
「おせーぞ名前!」
「アンタだっていつも遅刻ギリギリじゃん…つーか、早すぎ…」

文句を言いながら体育館に入ると田中の大きな声が聞こえてきた。合宿でもそうだったけど、こいつは本当に朝から元気が過ぎる。

「おっ、女の人!?なんで!?」
「言ったろー日向、お前たちの強力な助っ人でマネージャーの苗字ちゃん。お前より遥かにうまいぞー」

スガさんと田中と、それから2人。身長の低いオレンジの元気そうな子と、黒髪の背の高い目付きの悪い子。まあ、目付きは田中の方が悪いけど。多分性格は印象通りだろうな、と思いながら彼らに近寄る。

「ちょっとスガさん、やめてください。はじめまして、2年のマネージャー苗字名前です。ちょっと訳あって練習に混ぜて貰ってます」
「1年日向翔陽です!よろしくお願いシャス!」

いかにも元気です、っていう名前と髪色。やっぱり元気タイプだった。初めまして、と言うとふおおおと叫んだ。何ふおおなんだろうか…。首を傾げてもう1人の1年生を見ると、眉間に皺が寄っている。顔に出やすい子だな。

「…1年影山飛雄っす。…あの、混ぜて貰ってるって」

どういうことスか。
言外に、お前にそんな実力があるのか、と訴えかけてくる目だ。なるほど。田中の言っていた生意気なセッターってこの子か。

田中は生意気だっていうけど、私は逆に素直だな、と思った。生意気な奴は何も言わず、従う振りをして影でなめてくるから。直球で聞いてくるなら大分素直だと思う。

結果的にはどのタイプも実力で黙らせばいいだけなので、あんまり気にしていない。負けたら私の練習が足りなかっただけだし、と口を開こうとすると、スガさんが私と影山くんの間に入った。

「まんまだよ、影山。まあ、口で言っても分かんないと思うから軽くゲームするか、3本だけ」

その言葉にぎょっとしたのは影山くんだけでなく、私もだった。

「えっ、スガさん!?私別に…」
「先延ばししても当たる問題だぞー、苗字ちゃん。日向は見てろよ、苗字ちゃんのスパイク、強いぞ〜」
「スパイク!苗字先輩スパイカーなんですか!?」
「あ、うん…そうだよ」
「すげえっす!」

私の回りをぐるぐる周りながらすげえ!教えてください!を連呼する日向に犬を連想してしまった。よく動くね、君…。なんとなく西谷を思い出した。そうか…ただの元気ではなく、太陽属性か…。名は体を表しすぎでしょ…。

「げえ!俺と名前別チームすか!」
「そりゃそうだべ。セッター2人で試合しても意味ないだろ。日向は苗字ちゃんのレシーブしっかり見とけよ〜」
「ウス!!」
「マジすか〜」

そうこうしてるうちにチーム訳が決まっていた。うええ、と嫌そうな顔をする田中。あれよあれよという間に試合の流れになる。待って、と言ってももう遅いようで軽くアップするぞー、とスガさんがやって来た。

「よろしくお願いしますね、スガさん」
「よろしく、苗字ちゃん」

にや、と笑ったスガさんとは部内で一番練習をしているので、マッチアップは完璧なのである。
そういう意味では安心万全だ。今回はチーム分け上しょうがない。諦めてくれ、田中よ。それにしても面倒なことになったな、と内心でため息をつく。

「なんでこんな…」
「まあまあ、ここでやっとかないと後から面倒なのわかるっしょ。もう1人厄介そうな1年が来たし、影山はここでしめておきたい」

あれ、スガさんってこんな性格だっけ…。そういう怖いのは大地さんの担当では…。ぞく、と背中に寒いものが走る。やっぱりなんというか、スガさんって…。いや、やめよう。

「うえ…なんですか、練習合流してないですよね?まだそんなに日が経ってないのに面倒って分かるって…」
「うーん、匂う曲者感?わかる?」
「まあ、なんとなく…昔一緒にバレーやってた子がそんな感じで」
「つーわけで、苗字ちゃん、かましたれよ〜」
「はーい、了解でーす」

せっかくの先輩のお膳立てだ。ここは乗っておこう。面倒事は早めに片しておくのは私も賛成だ。
そんなことを考えていたら、あの人の座右の銘が聞こえきた。背中がうすら寒くなるけど、今はあの人の言葉を借りることにしよう。

叩くなら、折れるまで。




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