15
「クリスマスパーティーしようぜ!」
そう言ったのは西谷だったか。田中だったか。はたまたスガさんだったか。潔子さんと部活を抜け出してケーキをこっそり買いに行ったりプレゼント交換したり、旭さんの物真似を見て笑ったり。
「これから先も皆でこうやって笑ってたいですね」
そんななんでもない願いが、こんなにあっさり打ち砕かれるなんて思ってもなかった。
あの旭さんと西谷との言い合い。折れたモップ。名前、西谷が、という友達の声。
私が駆けつけた時には全てが終わっていて。悪い、停学になっちまったと笑う西谷に、私と田中は何も返すことができなかった。
伊達工と当たったあの県民大の日。打っても打っても叩き落とされるスパイクに、皆が心を折られた。
私も執拗にドシャットを食らったことがある。エースがマークされるのは当然だし、それに対しての対策を怠って来たわけじゃない。
でも、その日はだめだった。
辛いときには誰かに頼りたくなる。一番苦しいところを誰かに任せたくなる。もうだめだと諦めたくなる。足が、思考が、声が止まる。そして、あの時、皆諦めてしまった。
壊れた、と思った。
部活に漂う閉塞感、焦り、心の弱さ。歯車がそれぞれ軋んで、嫌な音を立てていたのに見ないフリして動かして居た。その結果、歯車のひとつにヒビが入って、更に嫌な音を立てた。
歯車が噛み合わない状態に、追い討ちでの敗北。ヒビの入った歯車を壊すには、十分だった。突然告げられた西谷からの宣言に、私と田中は言葉に詰まる。なんで、旭さん来るまで来ないって言うの。
「西谷!なんで…!」
「わりぃ、名前…でも俺、あの人が帰ってくるまで部活には戻んねえよ」
「ま、待ってよ!旭さんだって言い過ぎただけだって、落ち着いて話せば」
行って欲しくなかった。あの小さく逞しい背中も底抜けの笑顔も、近くにいてほしかった。私のわがままだってことは分かってる。
それでも、西谷の背中と笑顔は私にとって、御守りとか、神様みたいなもので。ずっと側にあるものだと、勝手に思っていた。でも。
「名前」
私、西谷の無理矢理笑った顔、見たくないよ。
「もう決めたんだ」
「おい、しっかりしろよ、名前…!」
呆然と西谷の背中を見送っていた私に、田中が右肩を掴んだ。ぐっ、と掴まれた肩の感触で、はっと、我に返った。
どうしよう。西谷が、田中。
酷い顔をしていたのか、田中が顔を歪めて今度は左の肩も掴む。
「ノヤが戻ってくるまで1ヶ月。その間にゃ後輩だって入ってくる。腑抜けてる場合じゃねーぞ!」
「わかってるよ!でも私!田中みたいに強くない!」
言ってはっとした。田中の表情が気遣うものから怒りに変わったから。私は無意識に、田中の地雷を踏み抜いたようだった。掴まれた肩にさらに力が入った。ぎり、と痛いくらいに強く掴んでくる田中に、息が漏れる。
「俺だって、強かねーよ!あん時、ちゃんとノヤ止めてりゃこうはならなかったって、俺がちゃんと、旭さんの代わりにスパイク決められるくらい上手けりゃって、何度思ったか、お前にゃわかんねえだろうが!」
「っ!」
そうだ。試合に出て、同じコートに立っていた田中が、何も思ってないわけがなかった。強い、と思っていた田中は今、こんなにも不安定だ。
「たらればの話なんてもうどうだっていいんだよ!あの時、俺は決められなかった。旭さんは呼ばなかった。みんなエースに頼りすぎてた。ああすればよかったなんて、そんなこと考えてる暇ねえんだ!起きちまったモンは仕方ねえ、過去にああだこうだ言ってる暇が、俺たちにあんのかよ!?」
田中の言うとおりだった。私たちには後ろを振り返ってる暇なんてない。田中の言葉がひとつひとつ、すとんと落ちてくる。
そう、私たちに過去に拘っている暇はない。
「大地さんが今年こそ全国行くっつったんだ。その為には、白鳥沢も伊達工も全部ブッ倒す!振り返ってる暇なんかねえよ!」
この1年。一番ぶつかったのは田中だった。西谷ともぶつかったけど、西谷は本当に譲れないこと以外は案外すぐ折れるタイプだ。人と自分との折衝が上手くて、間違ったことは悪い、とすぐ謝れる強さがある。素直な性格というのもあるんだろう。
田中は違った。ポジションが一緒で、たぶん田中は私のことをライバルだと思っている。だから、些細な意見の食い違いでも徹底的にお互いが納得するまでぶつかった。プレーでも、考え方でも。
バレーに対して真剣で、手を抜かない田中にはぶつかれる余裕があった。でも、西谷が欠けて、部活の雰囲気が悪くなってしまった今、田中にその余裕はない。
こんなに自信が無さそうな田中を、私は初めて見た。
けど、その一方で私は少し嬉しかった。田中だって私と一緒で、悩むことも、分からなくなることもあるんだ、と私はこのとき初めて思った。私より強い田中が分かんなくなるなら、私が分かんなくてもしょうがない。だから、一緒に進んでいこう。
「俺はあの人たちを全国に、連れて行きたい」
ぎ、と睨むように自分の言葉を重ねる田中。私の中の不安も、焦りも、全部なくなっていた。やっぱり、敵わないなあ、と内心で苦笑した。
「ノヤは絶対に帰ってくる、旭さんもだ。俺はそう信じてる。名前、お前はどうしたい」
私も。私も前に進むって決めた。
ちゃんと進めてるかはわからないけど、ゆっくりでいいから前に行くって。
私は弱い。でも、私の周りのいる人達は強い。その人たちが信じるって言ったんだ。だから、私も皆を信じて前に進むよ。
今まで、私は田中と西谷に引っ張って貰ってた。
今度は私が、あの日に捕まってしまった西谷の手を引く番。ありがとうを、返す番だ。
「田中。私も、全国に行きたい。今まで、支えてくれた分、私も皆を支えたい」
「…おう、いくぞ、全国」
ごつん、とぶつけた拳は固くて。変に骨同士が当たったけど、私はその痛みを決して忘れないと誓った。