01


「そういや、清水、マネージャー見つかったか?」

スガのふとした呟きに、清水がふるふると首を振った。季節は5月。インターハイへ向けて部内のモチベーションが上がっていることもあって、自主練が頻繁に行われるようになった。

清水は精一杯やってくれているが、練習時間が多くなって準備するものも増えている。マネ業を1人でやるのは大変だし、どうしても効率は落ちる。せめてあと1人、手伝ってくれる人は居ればいいんだが。

「ううん、もう皆部活に入ってるみたいで、厳しそう」
「そうか…あと1人いてくれると清水の負担も減っていいんだけどなァ…」

旭がそう呟くと聞き耳を立てていたのか、だんっと仁王立ちで登場したのは今年入部した1年の野性児2人組。

「「潔子さんっ!!!」」

田中と西谷である。この二人は入部当初から清水へのアプローチが凄い。恋愛的な意味でなく、セコム的な意味で。
一体あいつらの何がそうさせるのか。完全には理解はできない(ちょっとは分かる)が、清水が何してもテンションを下げるどころか勝手に上がってくれるので有難い。

西谷のレシーブは勿論、田中もメキメキと上達して頼もしくなっている。たまに練習を見に来る烏養監督のスパルタにも着いてくるし、来年はレギュラーに入ってもおかしくない頼もしい連中だ。
にも関わらずなんなんだこの胸騒ぎは。

「そいういことなら!」
「この西谷夕と」
「田中龍之介に」
「「おまかせください!!」」

うおおおお!やるぞマネージャー確保!!と叫ぶ二人を冷めた目で見つめる清水。あそこだけ温度差がものすごい。

「なぁ、大地。俺嫌な予感しかしないんだけど」
「ああ、俺もだ…全く」

頼むから教頭を怒らせるのと誰かに迷惑を掛けるのはやめてくれよ。



「「ということで!」」
「なにがということで、なのかさっぱりわかんないんだけど」
「「バレー部のマネージャーやってくれ!!」」

ふーん、と流すと聞けよテメェ!と田中が吠えた。あまりの剣幕に一緒にお弁当を食べていた友達の肩が揺れた。ごめんね、うるさいやつらで。

「いやだね。もうバレーとは関わんないって決めたの。プレーヤーもマネージャーもお断り。何回言ったらわかんの」
「「そこをなんとか!!」」
「ちょっと縁下、保護者がちゃんと子供の面倒見なくてどうするの」

ぎろ、と縁下を見るとはは、と笑いながら頬を掻いた。こいつ全く悪いと思ってないな。保護者の名が泣くぞ。

「ごめんな、苗字。今回は俺もマネージャーやってくれると助かると思ってる」
「うそでしょ、唐突な裏切り」

唖然と3人を見ると、へへんと西谷・田中コンビが偉そうに鼻を鳴らした。これは勝手に私がマネージャーをやると見切り発車しているやつだ。残念だが私の意思はそんなに柔ではない。

「何度も言ってるけど、絶対やんないからね。ほら、帰った帰った」

しっしっ、と手を振ると二2人はぐるるると唸った。君たち本当は人間じゃなくて大型犬じゃない?

「そこをなんとか!」
「名前はバレー好きなんだろ!?やろうぜバレー!」
「なんでプレーヤーの話になってんの。マネージャーじゃなかったわけ?」
「マネージャーも!」
「死ぬわ」

プレーヤーとマネージャーなんて両立できる訳がない。なんて無茶言うんだこの2人。しかも烏野バレー部の監督といえば、泣く子も黙る烏養監督である。あの人の元でマネージャーなんて絶対にごめんだ。

「兎に角、絶対やんないから」
「超絶美人のマネージャーの先輩がいるぞ!」
「…やんないから」

それはちょっと揺らいだ。美人は大事。




放課後、日直の仕事であるノート回収という大役を果たして帰ろうとしていたら、丁度いい、と化学の先生に呼び止められた。う、嫌な予感しかしない。

「苗字、お前2組の西谷と田中と仲良かったよな」
「イエ、メッソウモゴザイマセン」
「ちょうどよかった。これ今日中にあいつらに渡してくれな。頼んだぞ」

ぐい、と渡されたプリントには化学Tの補習と書いてある。なんでもあまりにちんぷんかんぷんな2人に先生が特別に作ったプリントらしい。猿でも解ると書きなぐられたそれには先生の怒りと祈りが滲んでいる。

「ちょ、絶対やだ!」
「先生、お電話でーす」
「はーい、じゃ苗字頼んだぞ」

断固拒否!と帰ろうとしたらその前に先生が電話に出てしまった。話が強制終了になった。
先生に掛かってきた電話は生徒にはあまり聞かれたくない内容らしく、はやく行けと職員室を追い出される。

「マジかよ」

呆然と立ち尽くすしか術がない。しかもこの時間じゃ、あいつら絶対に部活してるはずだ。監督がいないことを祈るしかない。しょうがないのでとぼとぼ体育館へ向かう。足取りは鉛か、と思うくらい重かった。

「しつれーしまーす」
「んあ?名前!!!マネージャーやってくれんのか!?」

全ては監督がいないことが前提だ。私はあの人に会いたくない。窓から中を見ると休憩中のようで、監督もいないっぽい。今がチャンス、と小さい声で体育館の扉を開けた。

田中が目敏く私を見つけたらしい。なんでそんな大声あげんの馬鹿じゃないの、と焦る。やばい一刻も早く立ち去りたい。田中の大声で先輩たちもこっち見てるし。

「やんないってば。これ、田中と西谷のプリント。提出は明日だから忘れたら」

そう捲し立てて田中に押し付け、足早に去ろうとした。そのときボカァン!とボールが田中と私の間を通りすぎて壁に激突した。顔を青くしたのは田中も一緒だけど、理由が全然違う。なぜなら、この後自分の身に降りかかる悲劇が簡単に予想できたからだ。

「名前!!!!」
「ひっ!うっ、うううう烏養カントク…!」

ずんずんと近寄ってくる烏養監督ががしり、と私の頭を掴んだ。あっ終わった。






「試合でも見ねえと思ったらどこでなにしてやがった!」
「ひぃ…スッ、スイマセン!!」
「まさかバレー辞めてねえだろうな?故障なんて聞いてねーぞ」
「ウッ…あ、あの、その…」
「モジモジすんじゃねえ!!それでも男か!」
「いや自分女…すいません!!チームと上手く馴染めなくて転校しました!!!」
「アァ!?テメェ逃げてきたのか!!そこ座れ説教だ!!」
「ああああああすいませんすいません!!!」
「か、監督…」

うるせえ少し黙ってろ!大体、名前お前は!!と体育館に響く怒号に俺たちは首を竦めるしか無かったのである。
飛んで来る火の粉にわざわざ当たりにいく馬鹿はいない。田中と西谷も今回ばかりはぽかんと成り行きを見守っていた。
というか、突然すぎて誰1人として理解が出来ていない。

「お前そんな理由でバレー辞めやがったのか…!!」
「そんな理由でも!!私にとっては十分だったんです!!」

叫ぶように反論した名前、という子はくしゃりと顔を歪めた。泣きそうだ。烏養監督に怒られても焦っていただけだったのに、辞めた理由になった途端、名前さんは泣きそうな顔で反論した。

きっと本人にしかわからない色々があったことは、容易に想像できた。烏養監督にもそれが分かったようで、ふん、と息を吐いた後ぎろり、と名前さんを睨んだ。今日はたまたま顔を出してくれただけだが、なんと迫力のある監督だろうか。本当にこの人があと2ヶ月で戻ってくるのか…。

「まだバレーを続ける気はあるってこったな」
「………………………ハイ」

とても重い返事だった。

「返事がちいせえ!!」
「いっ!!はいすいません!!」

がつん、と頭を殴られた名前さんは涙目だ。あの烏養監督がそこまでやるとは一体彼女はなんなんだろうか。本当に痛そうだ。

烏養監督と関係の深い元バレーボールプレーヤーで、田中西谷と仲の良い1年生ということくらいしかわからない。けどまあ、田中西谷コンビがきらきらと名前さんを見ているから悪いことにはならない、んだろうか。俺はすでに胃が痛い。

「よしお前明日から練習来い」

突然の言葉に思わずえっ、と小さくこぼした。監督今なんて言いましたか?と訪ねる勇気は俺にはない。誰か聞いてくれ。これは予想外。
隣のスガを見るとやっぱり信じられない、という顔をしていた。旭は最初から烏養監督の剣幕に顔を青くしている。別にお前が怒られてる訳じゃないだろ…。

「なっ!!!なに言ってるんですか監督!!男子に混ざれる訳が…!」
「フン!歳上相手にバンバンスパイク決めてたお前が何言っとる。明日から来い。いいな?」
「う、烏養監督!男バレに女子がマネージャー以外で入部なんて…!」
「できねえ決まりか?ならお前マネージャーで入部しろ。いいな?逃げたら…わかってんな?」
「ァス!!!!」

最後のわかってるな、は俺でもぞわとする剣幕だった。スガも顔色が悪い。田中西谷コンビも笑顔のままビシリと固まった。主将は白目だった。
名前さんは勿論秒をおかず返事だ。
そのあと頭を抱えていた。わかる、わかるぞその気持ち。猛烈に肩を叩いて励ましてやりたい。

こうして俺たちが欲しがっていたマネージャーは、監督の一声で確保された訳だが。それがこんな形で決まるなんて、誰が思っただろうか。



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