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「苗字ちゃん?」

体育館に行ったらしょんぼりとした様子の苗字ちゃんがいた。ボールの空気を入れているだけなのに、その背中には影がある。ど、どうした。

ちら、と縁下を見る。なにか知ってる?と目線で聞くと、縁下は頬をかきながら視線をさ迷わせた。これは知ってるやつだな、と思って縁下へ肩を組んで小声で話をする。

「どうしちゃったの苗字ちゃん」
「いや、それが…」

ふむふむ、と縁下の話を聞くにどうやら苗字ちゃんはマネージャー業務に関して悩みがあるようだ。
といっても、俺たちにはマネージャーがどんな関係か詳しくは知らない。なんとなく同性だし仲いいんじゃないの?と思っていたけど、どうやらそれも微妙に違うらしい。

まあ、バレー以外は旭ばりにメンタル弱めな苗字ちゃんだ。話を聞いてあげよう。これが田中なら放置だが、自分でも笑えるくらいに、苗字ちゃんには甘い自覚はある。なんというか、甘やかしてあげたくなる子なのだ。

「どした?熱心に清水見ちゃって」

びくり、と苗字ちゃんの背中が揺れた。あ、その、と揺れる視線。その後、2年生に相談があって、と気まずそうに言う苗字ちゃんに首を傾げる。
俺たちに?と聞くとやはりこくり、と頷いた。わかった、と練習後に話を聞く約束を取り付けると、丁寧にお礼を言ってまた苗字ちゃんはボールに空気を詰める作業を再開した。

そして、練習後。苗字ちゃんからの相談に俺たちは思わず目を向いた。

「ええっ?清水に嫌われてんじゃないかって?」
「なんでそんな…清水は理由もなく人を嫌うような奴じゃないぞ?」
「う…そうなんですけど、あんまり距離が縮まらないというか…私がマネージャーの仕事できてないからなんじゃないかって…思って…」
「あー、まあ俺らも結構な頻度で練習付き合わせちゃってるからなあ…」

肉まんを食べつつ、苗字ちゃんから落とされた爆弾はなかなかに大きいものだった。

清水との距離が縮まらない。
そう言う苗字ちゃんは、分かりやすくしょんぼりしていた。

清水は悪い奴ではない。それは俺らが一番良く知っているし、苗字ちゃんもよく分かっているだろう。
マネージャーとして入部した苗字ちゃんだったけど、その実力からマネ業よりも、練習に付き合うことが多くなってきている。というか多くしてるのは俺らだけど。

結果、マネージャーの仕事が中途半端になってしまっているのが、いくら仏のような清水でも許し難いのではないか、というのが苗字ちゃんの見解だった。

だんだん苗字ちゃんも田中と西谷に毒されて来ている気がするのは気のせいだろうか。やめてくれ、苗字ちゃんはいつまでも純粋でいて。

「苗字は清水との距離を縮めたいんだな?よし、ここは俺たちが一肌脱ごう」
「ほっ、ほんとですか!」

きらきら目を輝かせる苗字ちゃんに大地が照れたように笑った。なんだかんだ、大地も苗字ちゃんに甘い。
肘で付くとぎろり、と睨まれた。こえーな大地お父さんかよ。




そして翌日。

水道でドリンクを作っている清水に突撃して直接聞こうということになった。これしか作戦が思い浮かばなかったのだ。しょうがない。トップバッターは公平なじゃんけんの結果、旭からだ。

うう、と唸りながらいつまでも行かない旭の肩を軽く殴る。お前はいつも練習に付き合ってくれる苗字のために一肌脱ごうという気はないのか。そう目で訴えると旭は、うっ、と言葉に詰まったあと意を決したように清水のもとへ向かう。

「し、清水、あー、あのさ」
「なにやってんだあのひげちょこ…さっさと聞いてこい…」
「いや、大地。そもそも旭にはハードル高いんじゃねーの?」
「清水って、苗字さんと仲いい、か?」
「? 普通」

まさしく一刀両断。すぱん、と答えられたその答えに流石に俺と大地もひきつった。ふ、普通って。いや、まあ分かるんだが。今はあまり聞きたくなかった答えではある。

「普通だって…」
「それですごすご帰ってくるなよ…」
「このへなちょこめ」
「うっ…!」
「よし、ここは俺が苗字ちゃんのために一肌脱いでやろう!」

そう言って向かっていったのはスガだった。なにか作戦があるらしい。任せろ!と言わんばかりに鼻息荒く清水の方へ向かっていった。

俺は知っている。ああいうときのスガは大体失敗することを。旭も同じように考えたらしく、スガ大丈夫かな、と心配そうに見ている。頼もし気に見ているのは苗字だけだ。ごめんな、先に謝っておくぞ。

「よー清水!手伝うべ」
「菅原、平気。それよりいいの、練習」
「大丈夫、気にすんなって。あ、そういえば苗字ちゃんなんだけどさー、あの子どう?ちゃんと清水と」
「菅原。名前ちゃんになにか言いたいことあるの?」
「ナニモナイデス」
「そう」

ちーん、という音が聞こえてきそうだった。あと残るは俺だけだ。どうしたもんかな、と思うと苗字がへたくそな笑みを浮かべた。

「大地さん、もう、いいですよ」

その顔を見て。決めた。なんだかんだ考えたけど、これが一番だ。がし、と苗字の手を掴んでずんずん歩く。え、あの、という苗字に逃げる隙を与えず清水の元へ向かう。

「逃げるなよ、苗字。ほら行くぞ」
「え、あ、だ、だいちさ…!」
「清水、苗字が言いたいことあるってさ」

清水の前に行くと、清水は少し驚いたように俺と苗字を見比べた。わかんないよな、ごめんな。まどろっこしいのはなしだ。同じチームで、同じ仲間なんだから、遠慮なんかいらないんだぞ、苗字。
ぽん、と苗字の背中を叩く。退路が断たれたことに観念したのか、苗字がぽつりぽつりと話始めた。

「あ、う、その…わ、私。全然マネージャーの仕事手伝えてなくて、清水先輩にご迷惑ばかり掛けてると思います。…でも、私、もっとマネ業も頑張るので!その、」

言葉に詰まってしまった苗字に、清水が笑う。やっぱり女子同士だと清水は笑いやすい。苗字は気づいてないかもしれないけど、俺らに向けるのとは全然違うんだぞ。大丈夫。お前はちゃんとやってるよ。後はぶつかるだけだ。言葉にしなきゃ、なにも伝わらないぞ。

「…私ね、少し名前ちゃんが羨ましかったの。私にはない素質を持ってて、私には出来ないことができるから。でも、名前ちゃんが努力してるのを知ったら、私ももっと頑張らないとって思ったよ」

ぶんぶんと首を振る苗字に、清水は苦笑した。

「私も焦ってて、大人気なかったと思う。話かけづらかったよね?ごめんね余裕がない先輩だった」

急に入ってきた後輩は自分よりも選手たちのことを分かっている存在だった。バレーを知らず、入部してから地道に勉強をしてきた清水にとって、立場も経歴も違う苗字とどう接するのか手探りだったんだろう。

しかも、監督がいる間はマネの仕事はできない。歩み寄りたいのに、機会を逃して、どんどん時間だけが過ぎていった。
まあ、とどのつまり。お互いが距離を縮めようとして空回っていただけなんだよな。

「名前ちゃんには、名前ちゃんにしか出来ないことがあるんだよ。私にも、私にかできないことがあるはずだから、2人で見つけて行こう」

清水が苗字の手を握る手に力を込めた。苗字より幾分か小さいだろうその手は、それでも力強い。

「1人じゃ足りなくても、2人ならなんとかなるかもしれないよ」

それがトドメだった。苗字の涙腺がとうとう崩壊した。うん、これは泣くね。苗字は特に。おれも結構キた。

「〜〜〜〜っ!先輩ぃ!」
「…まあ、良かったか」
「俺たちは怒られ損だけどな」
「だな」

清水に泣きついて、慰められている苗字の姿。よかった、と3人で胸を撫で下ろす。マネージャーの絆に感動していた俺らは、練習に遅れて先輩たちに怒られた。ふんだり蹴ったりだとは思うけど、あの2人を見ていたら、まあいいか、と思った。




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