04



私は自他共に認めるバレー馬鹿で、練習馬鹿だった。
バレーが上手くなるなら練習にどれだけ時間をかけることは厭わなかった。才能のない私がこの厳しい世界で生き残るためには、センスを磨くよりも練習量で技を磨くしかなかった。

経験値を重ねて得た、技の精度と攻守のバリエーションは私を裏切らなかった。その代わり同世代の中でも安定した技のレベルを発揮した私に向けられたのは、嫉妬と羨望と依存だった。

ずるずると私を蝕んでいくそれらにだんだん身動きができなくなって。あの試合を境に、私のバレーに対する熱は一度掻き消された。


もうバレーはやめる。


そう決めて逃げるように帰って来た宮城では、勿論だけど誰も私のことを知らない。その他大勢の中のひとりになれたようでひどく安心した。それも一瞬で烏養監督によって引き戻されたわけだけど。

がらり、とドアを開ける。誰もいない体育館は静かで数時間前の熱はもうどこにもない。この、誰もいない体育館が好きだった。これから熱に染まる前の、静かな時間。きゅ、と床と靴底が擦れる音が響く。

練習は好きだ。なにもかも忘れさせてくれるから。
あの時期も、逃げるように練習に打ち込んだ。もっと上手くなりたいと、余計なことを考えないようにするので、私は精一杯だった。
先伸ばしにしているだけだとは分かっていたけど、それでも止められなかった。結果、私は酷い形でチームを去った。

がらがらとボールが入った篭を引っ張り出す。1人でネットを張るのは効率が悪いから、ネットは張らない。でも、もう何千回と打ってきた感覚でネットの高さはわかる。勘を取り戻すなら本当は張るべきだけど、今は時間が惜しかった。

数回トスをあげる。体が暖まってきたら本格的な練習に移る。ペットボトルをコートに置いた。自分の位置とは対称の位置。狙うは丁度対角線。ボールを構えて、深呼吸をひとつ。

師匠がこだわっていたサーブ。精度高く。絶対にサーブで足を引っ張るな、と教えられてきた。師匠がそういうのなら、仰せのままに。目を瞑って、頭の中でイメージをする。上げたトス。踏切のタイミング。回転の掛け方。

バシンと手に伝わってきた感触に、頭の中から余計なものはもう消えていた。





「うお、ホントにやってんだね!」
「スガさん…?」

黒川先輩から聞いた、苗字の朝練。本当かと思って行けば、そこにはひたすらにサーブを打ち込む苗字がいた。うわ…あんなカーブの掛かったサーブ…えげつない。
それでも、真剣にボールに触れる苗字には声をかけてはいけないような、そんな神聖さみたいなものがあって。

その横顔と後ろ姿は、とても綺麗だと思った。バレーボールに女神がいたら、きっとこんな感じかも、と柄にもなく思ってしまうくらいには。…ほんと柄じゃないな。
しばらく見ていると、スガが飛び込んで苗字に声を掛けた。あっ、もう少し見てたかったのに。しょうがないので俺も合流する。

「驚いた。早いな、苗字」
「大地さん…早いですね、自主練ですか」
「そうそう、苗字ちゃんがやってるって聞いてさ」
「水臭いぞ、苗字。言ってくれれば付き合ったのに」
「な、なんで…」

びっくりしたように俺たちを見る苗字に、スガと俺は思わず笑った。あんまりにも驚くから。確かに、少し前の部活の雰囲気だったら考えられないと思う。

俺たちには時間がない。全国に行けるチャンスは、あと4回。3年の春高に残らなければあと3回。鳥養監督の扱きに、1年生から不穏な空気が流れているのも知ってる。3年のモチベーションの低さも分かっている。不名誉なアダ名も。

でも、今はそんなことどうだっていい。初めてなんだ。こんなにバレーの上手いやつ。俺も、上手くなりたいと思って、何が悪い。

チャンスが来たら掴めよ。田代先輩のその言葉と涙が忘れられなかった。俺たちが掴むチャンスは、今じゃないのか?

「強くなりたいんだ、俺たち」
「全国に行くって決めたんだよ。そうしたら、もう練習あるのみだ。しかも強いヤツが仲間にいるんだ」

練習しない理由がないだろ?と伝えるとはっと苗字が息をのんだ。
レベルアップもあるけど、もうひとつ。孤独に、耐えるように練習する苗字が気になった。ただでさえ男子の中に女子ひとりの状態だ。色々勝手も違うだろうに、弱音も吐かず、黙々と練習とマネ業をこなす。

溜め込みすぎているような気がして、いつか壊れてしまいそうで。せめて愚痴やなんかが吐き出せる相手になれればいいと思った。同学年に言いづらいこともあるだろうし、寄り掛かれる木は多い方がいい。

端的に言ってしまえば、俺たちはもっと苗字と仲良くなりたかった。

「悪い!遅くなった!」
「おせーよ旭!」
「いや、スガと大地が早いんだって」

焦ったように走ってきたくせに、おはよう苗字さんと律儀に挨拶する旭も同じだ。混ぜて貰えないかな、と今日の朝練参加に真っ先に意欲を出したのはこいつだ。
同じスパイカーとして、苗字に思うところがあるんだろう。確かに、苗字のスパイクは理想を詰め込んだようなものだ。色々聞きたい。

「あの、大地さん」
「ん?どうした」

邪魔だったか?そういえば、許可も取らずに押し掛けてしまった。しまった、最初に聞いておくべきだった、と反省する。

「…なんでもないです、練習、しましょう」
「…ありがとな、練習混ぜてくれて」

そう言うと、苗字は安心したように笑った。
よかった。俺らがちゃんと仲間だって思ってくれればいい。なんでもひとりで抱え込むなよ、お前はお前が思ってるほど孤独じゃないぞと、そんな意味を込めて対して差の無い高さにある頭を撫でておいた。



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