冒険者たちよ


長かったような、短かったような大会が終わりを告げる。

閉会式に参加したバレー選手は少なかったけど、その中でも意気揚々と参加した古森や木兎さんと一緒にカメラに向かってピースを向ける。
本当は練習したかったけど、今練習したらやり過ぎる自信があったから、自分を物理的にコートから遠ざけた。正解だな、と岩泉さんに誉められたのでどうやら判断は間違ってなかったらしい。

閉会式は開会式よりだいぶフランクだった。
開会式ではこれからの試合に集中したいという人もいたし、ライバルと肩を組んでお話なんて出来ないという人もいた。それはまあ、それぞれの思いがあるからそうだろうと思う。

けど、大会の終わりを告げる閉会式ではもうみんな出し切った後だからか、その解放感と達成感でかなりハイテンションだった。いや、開会式の方がテンション高かった国もあるけど。

そんな国のひとつであるアルゼンチンのお祭り騒ぎを見て、思わず岩泉さんと顔を覆ってから3週間。今回も開会式同様に元気よく入場して、各国の選手がまとまっていたら、突然声を掛けられた。

『名前、サプライズの時は助かったよ!記念にもう1回写真撮らない?』
『ああ、うん、いいよ』

及川さんのサプライズで会ったアルゼンチンの選手だった。にこにこ人当たりのいい笑顔を携えてスマホを向けてきた彼に、二つ返事でオーケーと返してカメラに並ぶ。

撮るときにすぐ近くに顔を寄せられて、思わず心臓が大きく音を立てた。近いなと思ったけど、彼は顔色ひとつ変えないどころか、満足そうに写真を見ていたから、私の自意識過剰だろう。少しは慣れたと思ったけど未だ、距離感には驚くばっかりだ。

『写真上げていいかい?ついでにインストのアカウントフォローしてもいい?』
『もちろん』
『あー、その、良ければさ、大会終わった後も連』
「はーい、そこまで。やーっと見つけたよ名前、どこに行ったかと思ったら……!ちゃんとぼっくんの……いや、あれはあれで……」
「お、及川さん……!?ちょ、重い……!」

後ろから突然のし掛かられて思わず前につんのめる。抗議の声など何処吹く風のまま、及川さんが今度は何かスペイン語で捲し立てた。
流石にこんな早口のスペイン語はわからない。伊達に向こうで暮らしてないな、と思いながら見ていると先程まで話してた彼がお手上げ、という表情をして手を振って選手団の方に戻って行った。

「……何言ったんですか、及川さん。なんか言おうとしてたみたいなんですけど彼……後輩いじめちゃ駄目ですよ」
「いじめじゃないから!それに後で俺から聞いておくからいーの!それより俺らも写真撮ろうよ、はいチーズ!」

同じようにスマホを掲げられて2人で枠内に入る。流石、学生の頃から慣れてるな、と思ってそのまま何枚か写真を撮る羽目になった。途中動画になったりしたけど、まあ、この人と会える頻度を考えれば、私も思い出は沢山ほしいのでお互い様だ。

「あ、名前、ちょっと」
「まだ撮るんです?そろそろ会長の話ですけど」
「いーからいーから、名前ちょっとこっち来て、そう。マッキーとまっつんに自慢するから」





「あー……噂をすれば」
「おー、テレビ映ったの気のせいじゃなかったか」

折角だから閉会式も見ようぜ。そんな話になって、俺は酒を片手に松川ん家に転がり込んだ。最後は特に盛り上がるような内容でもなかったけど、まあ集まって飲むようなテキトーな理由が欲しかっただけだった。

テレビを見ながらピザをつまんでいたら、カメラの端に及川と名前ちゃんが映った。名前ちゃんは今大会大活躍だったし、まあ閉会式も出んだろうなと思ってたけど当たりだったか。テレビでは何度も見てたけど、こうやってインタビュー用じゃない姿を見るとなんか安心した。

ちなみに及川は、俺閉会式に出るから皆見ること、と連絡を寄越して来た。聞いてねえし。
相変わらずだなこいつ、と思いながらも、こいつもこいつでここまでこれて良かったな、ともう残っていない頬のフェイスペインティングをなぞった。

「なにかと思ったら名前ちゃんとのツーショットかよ。ほんとこいつ走者牽制に余念がねーな」
「名前ちゃんも可哀想にな。厄介な保護者が2人。まあ、岩泉はともかくとしてこいつなあ」
「だな」

松川もトーク画面を見ながらビールを呷った。スマホから振動が来る度に写真が追加されていく。うぜーな、と思いながらもテレビで見ている光景が背後に映り込んでいて、ああマジでこいつらここにいんだなあ、としみじみ思った。

「この名前ちゃんマウントだりーな」
「それな。……花巻、フォルダの中に名前ちゃんの写真入ってる?」
「は?入ってっけど……あーハイハイそういうことね」

にや、と笑った松川に俺も同じように笑って返した。さっとカメラロールの中の写真を探す。えーと、これが鍋パでこっちが岩泉の就任祝いで、とカメラロールの写真をどんどん載せていく。お返しだ。地理的優位に立つ俺らに勝とうとか徹くん、ナメすぎです。

岩泉と及川の繋がりで、高校の頃に少し会っただけの名前ちゃんとの縁は不思議と続いていた。ぐずぐずだったあの頃、どん底から這い上がっていく姿を見たせいか、どうにも友達の友達という枠で終わらせられない何かがあった。

真っ直ぐにバレーに向き合うあの3人の姿をずっと追いかけていたいような気にされられた。俺の分まで頼むとか、そんな大それたもんじゃねえけど。高校時代にバレーをやってたっつー未練というか、執着みたいなもんなのかもしれない。それは多分松川も同じだろうなと思う。

「はは、やっぱ掛けてきたよコイツ」
「スマホスタンドあるから使うか」

想像通りの行動に、2人で笑った。松川が用意したスタンドにスマホを置いて、カメラをオンにすれば久々に聞く声が部屋に溢れた。
かつての思い出とあの青が頭の中に鮮烈に広がる。少し肌寒くなった仙台の体育館と握りしめた拳の強さ。俺らはあそこま登るのが精一杯だったけど、こいつらはそこから険しい岩肌を、傷を作りながら登り続けている。

『マッキー!まっつん!ねえ!ちょっと!』

苦難も困難も、全部抱えて、俺らがいけなかったとこまで登っていく背中を、俺らに許された境界の最前列で見守ってやりたい。そう思った。

「おーい、校長先生の話ちゃんと聞けよ〜」
「浮かれて羽目外さないようにって教頭先生も言ってただろ」
『言ってないよ!お前らこそちゃんと話聞きなよ!俺らより聞けるでしょ!?つーかなにあの写真!?ずるくないお前ら!いつの!?』
「あー、一昨年の年末だっけか、うちで鍋パしたときのやつ」
「岩泉ベロベロでめちゃくちゃウケたな」
『マッキーん家でとかずるくない!?なんで俺に連絡してくんないのさ!』
「いやお前時差考えろよ」
『及川さん、岩泉さんからお怒りのメッセージ来てますよ』
『おいおい岩ちゃーん、閉会式出れないからって嫉妬しないでよ〜』

ぜってー岩泉にそんなんじゃねえよって言われるやつだろ、そんで名前ちゃんに落ち着いて、って言われんだろ。3人の変わらない関係に安心した。もういいよ、お前ら一生やってろ。

だめ押しに岩泉が事前合宿やら大会期間のときの名前ちゃんとの写真を何枚も送って来て、とうとう及川が沈黙した。格の違いを見せつけられたな、と松川と2人で声を出して笑った。

海を越えても、仕事をしてなくても、あの頃と同じように話せるのはなんだかどうしようもなく嬉しかった。
けど、それ以上にあの何度も流されたセットと、スパイクと、そして2人の代名詞になったサーブを見るとどうしてか、負けてたまるかよと思った。

スマホのリマインダーに表示された明日の予定を見て、少しだけ憂鬱な気持ちになったけど、あの2人の写真を見るとそれは消えて行った。

さて、俺も面接頑張りますかね。




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