夏の用意はできているか


なんだろうか。この大会。

気のせいかもしれないけれど、なんか背中がそわそわする。確かにいつもよりもかなり色々と気を遣う大会だけど、それでは済まされない、なんとも言い難い雰囲気があった。
具体的に言ってしまうと、異様に視線を感じる。気がする。

練習のとき、食堂でご飯を食べているとき。ちらちらと見られているような。バレーに戻って最初の春高で噂されたときのような、そんな背筋のざわめき。でも実際に何かが聞こえてくるわけじゃないというところが、また気になるところだった。

「気のせいかなー……」
「どうした、苗字。食が進んでいないが」
「牛島さん、分かってるんで、食べるので、そんな睨まないでください」
「名前さん緊張ですか!?バナナ食います!?」
「名前さん、カレーならありますよ。温玉も」
「うん、日向、影山ありがとう。気持ちだけ受け取っとく」

まあ気のせいだよね。そう思いながらあっちこっちに飛んでいく東北トリオの会話に混ざる。侑かアランさん、夜久さん来てくれないかな、と願ったけど3人は私たちを見るなり方向転換して別の席で朝食を食べていた。
後で文句を言おうと決めてそのまま水と共に、喉まで出かけたツッコミを飲み込んだ。突っ込んだら負け。




「――――名前、―――」
「名前―――、―――」

なに、なんなの、この状況……!
朝食後、トレーを返却していた私の前に長身の男子選手が並んだ。ポルトガル語かスペイン語か、お互いの話の中に散りばめられた自分の名前に少しぎょっとする。にこにこしながらも進行方向を塞いでいる2人に、思わず後ずさりをしてしまったのは仕方ないことだと思う。

試合時間の多くは夜からになるから、そこに合わせて体の調子を持っていくために練習の開始時間は少し遅い。時間的に余裕はあるけど、調子を崩すような出来事に遭遇するのはなるべく避けたかった。

『あの……』
『ごめんね、君、日本の名前選手だよね?』
『こっちでもよく名前を聞くよ、日本の2大キャノンだって。ずっと声掛けるタイミングを探してたんだ』
『はあ……』

スペイン系の訛りの英語に切り替えて話をしてきた2人に、思わず生返事をしてしまった。どうやらここ最近の視線の主はこの人たちだったらしい。そもそもこの人たちは一体誰だろうか。

ロゴが入ったジャージを着ていないせいでどこの国かもわからないけど、バレー選手だろうことは確かだ。でも、他国の代表選手がなんで私を呼び止めたんだろうか。女子ならまだしも、男子が。

要件はなんですか、と聞けば2人は悪戯を考える子供のような笑みを浮かべた。もしかしたらこの2人は意外と若いのかもしれない。ヨーロッパ系の顔立ちは年齢よりも大人びて見えるから、てっきり同い年か少し上だと思っていたけど。

『今日、少し時間を貰いたいんだけどいいかな?』
『ちょっと、サプライズさせたい男がいて』
『今日?サプライズ?……あ、もしかして』
『そう、そのもしかしてさ!で、お願いなんだけど、イワチャンって男がいるだろ?できれば彼も連れて来て欲しいんだけど』





『トオル!HappyBirthday!!』
『27歳?冗談だろ?ティーンに見えるぜ』
『チョット!俺もう立派な27歳ですけど!?』

アルゼンチンに渡って以来、毎度子供みたいな顔してるのにと笑われる宿命の誕生日。久々に踏んだ故郷の地で迎えることになったその日、何故か選手村の俺の部屋で簡単なパーティーが開かれていた。
いや、誕生日パーティーっていうよりも、どっちかというとただのお菓子パーティー。現に俺のベッドの上にはプレゼントと称した大量のお菓子が並べられている。よくこんなに種類集めたね!?

『てゆーかプレゼントどう考えても急ごしらえでしょ!抹茶のキットカットはお前らが食いたいだけじゃん!?』
『まあ確かにこれは俺らが食べてみたかったお菓子だけど』
『日本のお菓子めっちゃ美味いから今回もこれ買って帰る』
『前回のW杯のときもお前めちゃくちゃ買ってただろ』
『nanazonで買うと高いんだよなー』
『俺の話聞いてる!?』

本来アルゼンチンでは誕生日は自分で祝うものだけど、今回はせっかくの日本だし、と日本式で俺の誕生日を祝ってくれることになった。まあ皆興味があっただけみたいだけど。
わいわいと自分が買ってきたお菓子を広げてプレゼントと渡してくれるのはいいんだけど、主役の俺より先に開封してるってどういうこと?みんな誕生日の祝い方間違ってるって、ねえ。調べた奴誰?

『まあまあ、落ち着けよトオル。今回はトオルの故郷、日本での開催だぜ?俺らは分かってたさ、日頃の感謝を返す時だってね』
『そうだぜ、我らがセッターのために、俺たちが何も準備してこない訳ないだろ?念入りにしたさ』
『お前ら……信じてたよ……!』

チームメイトの中で年齢が一番下の2人が落ち着け、と言わんばかりに俺の肩を叩いた。最年少の思いやりにジーンと心が震える。
うんうん、お前ら2人には散々手を焼かされたけど、こんな形で感謝される日が来るなんて。ねえ、俺けっこう感動してるんだけど。そう思った瞬間、2人の顔がにやりと歪んだ。あ、待って待って。その顔はまずい。

『というわけで!サプライズだぜ!―――キミニキメタ!名前、イワチャン!ファイアーボール!PKサンダー!』

は!?なに、突然の日本語!?ポケモンとかマリオ混ざってるよね!?確かに同じ会社だけど!ていうか今なんて言った!?
待って追い付かない!と思った瞬間、隣の部屋に続く扉がすごい音を立てて開かれた。何事、と音の方に視線を向けて俺は完全に停止した。

「及川さん!ごめんなさい!」
「変な呼び方定着させてんじゃねーよクソ及川!」
「ホゲェ!」

その姿を認識した瞬間、視界が真っ白になると同時に俺の顔に柔らかい衝撃が襲い掛かってきた。大して痛い訳じゃないけどそれなりに質量のある柔らかい、これ、枕じゃん……道理で俺の枕ないと思った……!
衝撃で少し揺れた頭を振って、顔を上げる。ああ、もう、こんなのホントのサプライズじゃん。

「痛った!いったいよ!なにするのさ岩ちゃん!名前も!」
「うるせーな。つーかお前こそ変な呼び方定着させんじゃねーよ」
「及川さんなら許してくれるかなって……その、サプライズ」
「もうちょっとマシなサプライズあるじゃん!なんで枕投げ!?」
「早朝バズーカと顔面パイ投げだったらこっちの方がいいかなって」

名前の言葉にうっ、と思わず息を詰めた。そうだった、こいつら日本のバラエティとかドッキリの動画見るの好きだったんだった……!頭を抱える俺に詰めが甘えと岩ちゃんからの追い打ちが掛けられた。ほんと岩ちゃん……ていうか案外悪ノリする名前も……!
そこまで考えて、はたと気付く。え?待って、なんで、この2人がここに?

「岩ちゃん……?名前……?マジで?本物?」
「今更かよ」
「へへ、サプライズですよ及川さん」

そう言って名前が笑った。その笑顔が、最後に見たときよりもずっと穏やかだったから、どうしてか肩の力が抜けてしまった。痛いとか、他にあったでしょと、言いたかった文句のひとつも出て来やしない。

「お誕生日おめでとうございます。及川さん……お久しぶりです。ここで会えるの、ずっと信じてました」

名前の言葉に、再会を喜ぶべきなのか、ここに来れたことを喜ぶべきなのか、それとも誕生日を祝福されたことを喜ぶべきなのか。分からなくなった。でも、今俺の中にある感情全部、嬉しいで支配されている。

「うん、久しぶり、名前。……ありがとう」

祝ってくれて。ここまで来てくれて。信じてくれて。

名前が代表になるまでに苦しい道を進んできたのは知っていた。大きな怪我を乗り越えて、それでも、執念でもぎ取ってきた椅子だ。俺も、沢山しんどいことがあったけど、ちゃんとここまで来た。あとは全員倒すだけだ。もちろん、男女ともに全部倒す。アルゼンチン代表として。

でも今は、及川徹としてこの愛弟子とのあたたかな再会を噛みしめたかった。

海外生活で習慣になったハグをすれば、名前も返してくれた。うん、いる。ちゃんと名前だ。強く抱きしめれば、痛いですよ、なんて少し楽しそうな声が聞こえて来た。あー、うん、もう、ほんと立派になって。及川さん泣きそうだよ。

「いつまでそうしてんだクソ及川!うちのエース離しやがれ!」
「ぎゃっ!」

名前との抱擁と岩ちゃんからの拳骨。懐かしいそれに感極まっていた俺は、チームメイトが回している動画に気付くわけもなく。
SNSにあげられたその動画が感動ストーリーとして、アルゼンチン国内のニュースになっていたと知るのはもう少し先の話だ。




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