面接マナーに正解なんかあるか

部屋王を決めよう。そんな話が持ち上がった。各自の部屋を見て共有スペースに戻ろうとしていたとき、瀬呂くんがぽつりと呟いた。

「これで女子の部屋は全部かァ。そういや苗字の部屋ってどこなんだろーな?」
「2階じゃね!?そしたら覗きに行きや――アアアア!」
「えーウチの隣の部屋来てくんないかな。楽器うるさいかもだけど」
「あたしもー!」
「苗字は人気者だな」

障子くんの言葉に芦戸さんが笑う。

「だって名前、お姉ちゃんみたいなんだもん。絶対隣がいい!」
「芦戸ちゃん名前ちゃん大好きやもんね!早く合流できるとええねえ」
「ああ、俺たちも苗字くんに追い付くべく研鑽を重ねなければ!」
「かてーよ、飯田ァ、ひとまず砂藤のケーキ食わしてやろーぜ!んで、お帰りっていってやんねーと、なあ、砂藤」
「おお、あいつの好きなもん作ってやるよ!つーか、上鳴、お前苗字の好きなもん知ってんのか?」
「えっ女子はみんな甘いもん好きっしょ!?」

そんな会話をしたのは昨日の夜で。その時の僕らは誰ひとり、苗字さんがここに来ると信じて疑っていなかった。

世間が苗字さんの過去を洗い出して敵の素養を持っているなんて勝手なことを言っても、僕らは苗字さんが敵になるなんて絶対にあり得ないって信じている。
それは教室で見せる些細な気づかいだったり、声の掛け方だったり。端々に現れる彼女の行動を少しでも見ていれば、どれだけ彼女が正しいことを行える人か、どれだけ優しい人か分かる。
理性と倫理に重きをおいて行動する彼女は、僕らよりずっと大人な気がして、そのブレない姿や少し遠くから見守っているような視線に、皆が安心を覚えていた。

なにより、僕たちはヒーローを目指して努力する苗字さんを見てきたから。期末試験での立ち回りも、個性の使い方も、多彩な攻撃方法も、僕らが凄いと感心するそれらの影には並々ならぬ努力があると知っているから。
だから大丈夫だと、苗字さんは今回のことを糧にしてヒーローを目指すのだと。

僕らはそんな『美談』を、勝手に夢想していた。
けれど現実はそうじゃなかった。





「た、退学届!?なんで!?」
「そんな……!まさか、怪我が酷くて……!?」
「親が許さなかったとか、そういうことっすか!?」

口々に声が上がる。同じように、なんで、という問いが僕の中で暴れまわっている。
僕の家もお母さんが反対したけどオールマイトのおかげでどうにかここに戻ってこれた。苗字さんはあの事件では色々あったからご両親から反対されてもおかしくはない。

「いや、退学は本人の意志だ。そして本人は既に退院している。特に怪我による後遺症はない」
「本人の意思だァ……!?」

かっちゃんの怒りを滲ませた声だけが地面に這う。他の皆は黙ったまま情報を処理していた。
本人の意思ということは、苗字さん自身がこれ以上雄英にいれないと判断したのだろうか。確かに、苗字さんに起きたことを考えればおかしくはない、けれど。どこかに違和感があった。本当に?苗字さんが?

――ヒーローを諦める?

僕らが見て来た苗字さんとはあまりに違う行動。絶対にヒーローになるんだと言って、知識の習得と修練に誰よりも時間を費やしていた苗字さんが、ヒーローを辞めるなんて、絶対に何かあるに決まってる。

「さあな。俺としちゃ、やる気ない人間をいつまでも留め置く訳にもいかない。本人の申し出を断る理由もないよ」
「そんな……!」

あくまで本人の意思を尊重する相澤先生の言葉に青山くんが息を呑んだ。
誰も何も言えない。学校側と苗字さんで話が付いてしまっている以上、僕らができることは少ない。ただ、本人の意志というにはあまりに不可解で。もし何か、事情があって困っているなら、僕らが助けられることもあるんじゃないか。
そう深く潜り込んでいく思考を切るように、相澤先生が手を打った。

「話は以上だ!解散!言い忘れていたが、明日の土曜日は外出届を提出すれば短時間での外出が認められる。引っ越し後に足りないものが見つかって学外に買いに行きたい者は明日までに申請書を出すこと」

じゃ、と言って背中を見せた相澤先生の足がぴたりと止まった。どうしたんだろうか、とみんなが訝しげにその背中を見ていると相澤先生が半身だけで振り向いた。気だるげな目が僕らを射抜いていた。

「――ああ、そうだ。寮の共有スペースに書類を置いたままにしてしてるんだった。……すぐ取りに行く。お前ら、中を、絶対に、見るなよ」

解散、と言って相澤先生は今度こそ姿を消した。相澤先生の姿が見えなくなった瞬間、全員が寮に向けて走り出す。考えることはみんな同じだ。
常から合理性を求める相澤先生が、意味もない言葉を残していく訳がない。だとしたら、あの言葉が意味するのは――

「今すぐ帰って書類を見ろってことか……!」
「行きましょう皆さん!」

切島くんの声に続くように八百万さんが皆を先導する。まだ慣れない寮までの道のりが遠く感じて、少しだけ憎らしかった。




「なんだよ一身上の都合って!書けよ具体的な理由をさあ!」
「説明責任を果たすべきだろ!民意に応えろよ!」

上鳴くんと峰田くんの叫びが共有スペースに落ちた。机の上に広がっている封筒の中には苗字さんの筆跡で書かれた退学届と、神野事件を口外しないという誓約書をはじめとしたヒーロー公安委員会への提出書類が入っていた。
退学届には2人の言う通り『一身上の都合により退学とさせていただきます』というシンプルな文面が書かれているだけだった。すごい、ドラマで見る退職届みたいだと思ったのは秘密だ。そして、それから。

「他には!?なんか入ってねえのか!?」
「後は……10人分の外出届だね」

ちょうどクラスの半分の人数分の外出届を手に、尾白くんが砂藤くんにそれを見せた。さっき言っていた申請書だろう。買い足しという要件でなら人数分が入っていてもおかしくないのに、入っている枚数はその半分。
ということは、本来は外出NGだけど相澤先生がなんとか学校側に都合を付けてくれた可能性が高い。

「相澤先生の意図を汲むならば、これは苗字を探しに行けと言う暗黙の啓示。しかし、行く宛もわからぬまま無作為に動くのは得策ではない」
「せめてスケジュールに記載のある住所がわかればいいんだが……麗日たちは苗字がどこに住んでるか知らないか?」

常闇くんの言う通り闇雲に探し回るのは効率が悪い。午後すぐに出て行ったとしても、実際に探せる時間はごく僅かだ。しかも、僕たちには圧縮訓練もある。加えて神野事件から間もない中で、そう何度も苗字さん捜索のために学校外へ出してくれるとは思えない。

唯一の手掛かりは提出書類にあった苗字さんの直近のスケジュールだ。秘匿のため一部は明記されていないけれど、苗字さんは来週の中盤までは自宅で過ごして、それ以降は別の場所に移動してしまうらしい。
僕たちの自由にできる時間と、苗字さんの予定を考えればチャンスは明日、1度きりだ。
その自宅が分かれば、だけれど。

「ごめん、ウチ、知らなくて……。遊びに行くときもどっか集合してからだったから……」
「ケロ……耳郎ちゃんが謝ることじゃないわ。私たちみんな、名前ちゃんのことあまりに知らなさ過ぎたのよ」

障子くんの言葉に耳郎さんと蛙吹さんが申し訳なさそうに答えた。#みょうじ3さんの自主退学が伝えられてから耳郎さんの顔色は優れない。耳郎だけじゃない。みんなどことなく顔色が悪かった。

蛙吹さんの言う通り、僕らはあまりに苗字さんのことを知らなすぎたのだと痛感させられた。
休日は何をしているのか、どこに住んでいるのか、家族はどんな人なのか。何が好きで、何が嫌いか。
授業中に見せる表情や思考、個性に関することばかり知っているくせに、それ以外のことに僕らはあまりに無知だった。すぐ隣にいたのに。

「そういえば名前、結構他のクラスの子とも仲良かったよね!?その人たち何か知ってるかも!?」
「葉隠さんの仰る通り、名前さんは他のクラスとの親好も大変厚くされておりましたの。もしかしたら誰かご存じかもしれませんわ」
「どうせ全員探しに行けないなら、学校に残って情報収集するグループと探しに出るグループにしようよ!」
「芦戸!ナイス提案だ!」

その提案に切島くんが親指を立てた。
確かに、苗字さんを探して教室を訪れてくるサポート科の人や経営科の人もいた。僕たちが知らないだけでその人たちは何か知っているかもしれない。
少しだけ光明が見えた気がした。何も僕たちがすべてを知っている必要はないんだ。知っている人に頼ればいい。出来ることはいくらでもあるはずだ。

少しだけ悲壮感の流れていた空気が変わった。よし、とみんなのやる気に火が灯る。苗字さんがどうして雄英を去ろうと思ったのか。本当に、苗字さんの意志なのか。苗字さんの意志なら僕らが出来ることはない。けど、そうじゃなかったら。
もしも困っているのなら、僕らは手を差し伸べるべきだ。ヒーローではなく、クラスメートとして。友達として。

「そうと決まれば!クラスを2つに分けるぞ!恨みっこな……爆豪くん!?」
「爆豪、おい、やめろって!」

右腕を振り上げた飯田くんの手元からかっちゃんが素早く紙を奪った。流石に、と瀬呂くんが止めに入ろうとしたけど、その手もかっちゃんが振り払う。

「うっせーな!誰が頭下げて他人に施しなんか受けっかよ!」
「施しって、教えを乞うのだから頭を下げるのは同然だろう!」

当然とも言える飯田くんの怒りがかっちゃんにぶつかる。いつものようにかっちゃんの大きな声が飯田くんに被せられるのかと思って少し身構えた。けれど。

「知るかよ。勝手にやるわ」

僕の予想に反して静かにそう言ったかっちゃんは、振り向くことなくそのまま共有スペースから姿を消した。
いつもと違うかっちゃんの様子にみんなが茫然としていた。かく言う僕もかっちゃんの反応は予想外過ぎて、それだけにかっちゃんの中にも動揺が広がっているのが分かってしまった。

「あー、ワリィ、飯田。多分、爆豪なりに思うとこあんだと思う。苗字と一緒に敵連合に捕まってたし、すまねえけど、爆豪には探しに行かしてやってくんねえかな」

申し訳なさそうに切島くんが謝りながら手を合わせた。
かっちゃんと苗字さん。捕まった2人にしか分からない何かがあるんだろう。やり方に問題はあるけれど、切島くんの言う通りかっちゃんにも思うところがあるなら、むしろかっちゃんは行くべきだと思う。

「むう……本来例外は作るべきではないが、やむを得ん……!俺も苗字くんのことは気になる。が、友を探しに行きたいのは全員同じ!ここは公平にクジで決めるぞ!恨みっこなしだ!」

気を取り直して、と言った飯田くんに応じるように八百万さんが個性でクジを作りだした。1人ずつクジを引いていく。僕は当たりを引いて、明日外出するメンバーになった。他には耳郎さんや芦戸さん、青山くんや口田くんが選ばれた。そして。

「俺の分まで頼んだぞ、轟くん!」
「ああ……分かった」

言葉少なく頷いた轟くんの姿が、どうしてか妙に僕の心をざわつかせた。



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