同期みんな仲が良いのは研修期間まで

警察病院から公安委員会の施設までは車で10分足らず。公安仕様の車を使った移動となればもはや万全のセキュリティを備えた要塞に等しい。
短距離でその車を使うということは、聞かれたくない話があるからだ。そして、聞かれたくない話は私の想像よりも複雑で、様々な思惑を孕んでいた。

ホークスのその言葉に車内の空気が鋭さを増した。自分から殺気にも似た敵意が漏れているのがわかる。それでも、その感情の揺れを抑えることが出来なかった。
疑問、猜疑、不満、憤り。ありとあらゆるものが混ざった視線でホークスを射抜くが、本人に悪びれた様子はない。

「――何故、それを、私に?」

疑問はそれに尽きた。
オールフォーワンのことはオールマイトの方がよほど詳しいはずだし、彼だって既に公安や警察に共有している筈だ。数年に及ぶ確執があるのなら尚更。それをどうして私に。
わからない。意図が読めない。
わざわざ私に聞く理由も、こんな回りくどいことをしてまで聞き出そうとすることも、それをホークスが聞いてくることも。その真意の底が全く読めなかった。

「君がいた施設ね、あそこ、実際のところはオールフォーワンの実験場だったわけでしょ」

調書はすでに読んでいるらしい。塾長といい、個人レベルで嗅ぎまわっているわけではないことは確かだ。わざわざホークスが出張ってきた理由はなんとなく理解ができた。
だが、その真意を予想出来るまで、発言は最小限にすべきだ。

「つまり、オールフォーワンの思想と思考が凝縮された場所だ。悪の帝王と言われた男が何を考えているか、残念ながら俺たちにはさっぱり。でも、少なからず影響された君なら、同じでなくとも近いものが導き出せるんじゃないかって思ったわけ」
「それは私が、あれと、同じ思考を持っているという認識でいらっしゃると?」
「あの男を全く知らない、正義が骨の髄まで染み込んでる警官よりはね」

的を得た解答が得られると思ってるけど?
そんな声が聞こえてくるような笑みだった。それだというのに目だけが爛々と、断罪の合図を待っている処刑人のように光っている。

「知ってどうするおつもりですか?」
「そりゃもちろん捜査に役立てるよ」

ニッコリ。バチィッ。ニコニコ。バチッバチバチバチッ。
互いに営業スマイルを浮かべているが、背後には火花が散っているのはもはや隠しようがない。

いやいや知ってどうするというか、こんなの完全に敵扱いなんですけど。要するに「お前危険思想どっぷり浸かってたっぽいし、そこら辺の専門家よりあのサイコパス犯罪者のこと理解できるっしょ」ってことでしょ?

は?なめてんのか?名誉毀損で訴えたら間違いなく勝てる案件ですけど!?じゃあなにか、お前は上司と一緒にいたらその考えが手に取るように分かるってことか?
わかったらこちとら提案書企画書諸々資料却下されてねーわバーーーーカ!!!

なんなの、こいつ、あまりにも無礼すぎないか!?これが!?No.3ヒーロー!?公安委員会と世論の目節穴では!?慇懃無礼にも程があるだろ!!
というかお前のその圧の掛け方も交渉も、6つも年下かつ学生に対することじゃない!!お前の方がよほどサイコパスだわ!!
慇懃無礼、我の強さ、その他もろもろ含めて!


結論!!こいつ、マジで、気に食わない!!


内心の荒ぶる自分をなんとか押し込めて最上級の笑顔を保つ。少しでも気を抜いたら、人に見せられない顔になりそうだ。やばい。
本当は答えたくないが、この男。答えを聞くまで付きまとってきそうなねちっこい気配がする。絶対良いことにならない。ことあるごとに声を掛けられて嫌味を連発される、ストレスマッハな未来が見える。私のカンがそう告げている。

嫌だけど。マジで、本っ当に嫌だけど!!ここで洗いざらい話してこれ以上のカードを持ってないことを伝えた方が得策……!
余計な情報まで要求される前にこっちの底を見せておくべきだ。そのためには我慢、我慢、我慢!
マジで、こんな若造に屈するのホントに嫌だけど!魂売った感あるけど!うううう、くそ、唸れ私の外面!社会人生活で鍛えた猫被り!

荒ぶる己を声に反映させないようにして、1度目を瞑ってリセットする。
冷静になれ、肉体年齢に引っ張られるな!アンガーマネジメントは習得したはずだ。大丈夫、私は大丈夫、よし!自己暗示オーケー!

「――あくまで個人的な意見です。参考程度だと留意していただきたい。……結論から言えば、次に行うのなら『脳無のアップデート』かと」
「……へえ」

思ったよりも冷静な声色に、ホークスの目がきゅう、と細められた。見定められている、そう感じる。

「あれは自我、そして主体性に拘っていました。有象無象の、プログラミングされた機械歩兵ではなく、自ら最適解を求めて行動できる『何か』を創り出したいと考えています」
「それが脳無のアップデート?」

オールフォーワンが欲しているのは、強い個性を疑いなく自分のために使ってくれる駒だ。
1000の雑兵よりも1騎の軍神を。よりパフォーマンスの高い個性を。それが、たとえ人間でなくとも。
デザイナーベビーのように遺伝子を組み替えて個性を発現させることは、技術の進歩した現代でも不可能だ。個性因子は謎が多く、未だ神の領域。だからこそオールフォーワンは実験を繰り返した。

よりパフォーマンスの高い個体を、自分の望む思想に作り換える。洗脳よりも、恐怖よりも揺るぎないもので縛れるよう、自我を破壊するという安全な方を選んだ。
もし万が一、オーフフォーワンの『他人に個性を授ける』個性が使えなくなっても、技術として成功してしまえば懸案材料はなくなる。人間1人とボタンひとつで脳無が生産できてしまう。

考えうる限り最悪のリスクヘッジだ。だが、私がオールフォーワンならそれくらいのことは考える。この個性社会を壊したいと強く願うのなら。なぜなら、属人化こそ最も避けるべき状態だからだ。それくらいはやるだろう。おそらく、どっかのマッドサイエンティストくらいは抱えているはずだ。

「確証はありません。ただ、自我を破壊した個体に個性を乗せたのが脳無です。なら、次は脳無に自我を、意思を与えるはず。あの口ぶりから、強個性を持つ人間の自我を破壊し、思想を移植する実験はうまく行かなかった可能性があります」

そこまでは成功、といったあの口ぶりから最終目標まで到達するよりも先に、私の方が動いたのだろう。だから計画は頓挫した。が、あの狡猾ぶりを考えれば、この2つの計画は並行されている可能性は高い。あの言い回しがブラフだった場合、事態は想定するよりも遥かに悪い方向に進んでいる。

「よしんば、思想移植実験がうまく行っていたとしても、あそこまで個性を扱える脳無をあいつがそのままにしておくとは思えません。陽動か捨て駒か、いずれかには使うでしょう。あくまで最終形は意思を持ち、己で考えオールフォーワンの理想を実現する敵。どちらであろうと到達できれば構わない。なら、今のところうまく進んでいるだろう脳無改造を。ヒーローを殺すまで止まらず、しかし自ら意思決定ができるレベルまで引き上げます」

1度成功してしまえばあとは加速する。
そして、実験は今も続けられている可能性が高い。あれほどの狡猾な人間が、脳無の実験施設を1つに集中させているとは思えない。
あそこを戦場にしたのは、証拠隠滅のためだろう。つまり押収された脳無はもう用無し、もしくは本命ではない『ハズレ』個体だ。

アップデートに適した本命、製造方法はおそらく別の場所に保管されていて、そして、今この瞬間もその狂気は続いている。

「……マジ?」
「あくまであの男が考えそうなことを、私なりに分析した憶測をお伝えしているだけです」

ホークスの乾いた笑いが車内に落ちた。口元を覆っているが、先ほどまでの飄々とした顔は今となってはひきつっているのがわかる。悪質過ぎて正直引く。こんなこと私だって漫画の読みすぎ、で終わらせたい。
でも、悪夢は終わらない。逃げた連合を、オールフォーワンが蒔いた悪の種を潰さない限りこの花は咲き続ける。

「……と、ここまで申し上げましたが、そもそもたかが一介の高校生の直感に等しい憶測を信じる根拠が、どこにありますかね?」

さて。借りは返したし、ここからは意趣返しだ。
さっきまでの圧はどこへやら状態のホークスには今がちょうどいいタイミングだろう。私が掛けられた嫌疑に対して、全然許した訳じゃないんだぞ。これくらいは未成年の特権として許されるだろう。許せ。許されて当然だろうが。

いくらあの環境にいたからって、プロファイリングのプロたちが導きだすものより合理的なわけがない。私のはあくまであの場で言っていたことから推測が出来ることだけを伝えたまでだ。敵連合の動きや脳無の情報を持っているわけでもない。正規の捜査官ならもっと複数の視点から答えを導き出すだろう。

それだというのになんでわざわざ専門知識もない、たかが学生の意見を求める?暇か?下位のアウトプットしか出せない相手に同じ仕事をさせるなんて非効率的だと思わないのか?だとしたら人的コストの考え方を一から学んでどうぞ。

「さぞや優秀な捜査官の方々が専門知識とこれまでの経験を活かして私には到底思いもつかない推測を出していることでしょう。お伝えはしましたが、まあ、あくまで?子供の戯言のような推測なので?到底、捜査にプラスにはならな――」
「いないよ」
「へ?」

思わず言いかけた言葉が止まった。今、なんて言った?

「そこまで悪い予測を立てたのは君が初めて」
「は?」
「数人の捜査官が出した結論はもっと希望的観測を含んでいたよ。ある種、楽観的っていうのかもね。でも、君の予測には、それが一切含まれていない」
「まさかオールマイトを失ってなお、この程度の危機感すらないと?……だとすれば、上層は随分と悠長に構えていらっしゃる。高みの見物とは、実にいいご趣味をお持ちで」

希望的観測?オールマイトが引退した今、この事態を楽観視出来る余裕がどこにあるというのだろうか。上層に行くにつれて現場感というのは薄れがちなものだが、こうもミスマッチが生じているとは。

あの巨悪は捕らえられたからといって観念するような物わかりのいい人間ではない。あの時は無能な上司と評価したが、計画の周到さから考えればむしろ有能な部類。自分が居なくても計画が進むよう、複数のプランを練り種を蒔いているはずだ。おそらく、長期的な視点で。

「そうさせたのは奴と会敵した君の危機感のせいなのか、あるいはもっと別の何かなのか。それが何かは俺にはわからないけど、これだけは言える。君が立てた予測は他の捜査官よりも事態を深刻に、そして俯瞰的に捉えたものだ。参考にさせてもらうよ」
「それは、どうも……」

なんだか釈然としないが、評価は高いらしいし、まあいいだろう。ひとまずこれで借りは返したはずだ。ふう、とシートに少し体重を掛けて力を抜いた瞬間、ホークスがにこり、と笑った。

「それはそうと……君、その年齢にしては随分と冷徹な結論を出すね?」

少し温度の下がったホークスのその声に、ぞく、と何かが背中を駆ける。さっきとは違う寒さが肌を刺して、車内の空気が重くなるのが分かった。
あ、あれ、おかしい、空気が……ひんやりしてる……。なんで??これはなにか、マズい方向に動いている気がする……。

「そ、そうでしょうかね……?あ、はは……」
「あれ、自覚ないんだ。君さ、すっごくドライなんだよね。普通、あの現場にいたらこんな冷静に分析できない。あのオールマイトさんやグラントリノさんでもここまでじゃなかった」
「そ、それは恐縮です……」
「本当に、もの分かりが良すぎて、いやになるくらい周りが見えてる。いっそ、子供じゃない誰かが入ってるって言われた方が納得するくらいに」

やばい。
やばい!やばい!!やらかした!!明らかに言い過ぎた!!迂闊なこの口を縫い付けたい。無かったことにしたい!

いやそもそも何を疑われている!別人が入っている!?まさか連合のスパイと疑われているのか!?あれだけ明確に決別した人間に対してどうしてそんな仮説を立てられる!?何のためにあんなに調書を取らされたんだ!?
というか、そんな経歴に傷が付きそうどころか前科がつきそうなことを誰がやると思う!?非合理の極み!それ以前に私を疑う暇があったら雄英内部を探れ!合宿地がバレたのはどう考えたって意図的な情報漏洩だろうが!

「普通は怒るところだよ。年頃の子供ならね。子供じゃなくてもあんな巨悪と一緒にされたら俺だって怒る。でもさあ、君、切り捨てたでしょ」
「いや、あの、その……!」
「一瞬で自分の感情と俺に情報を伝えるメリットを天秤に掛けてメリットのデカい方を選択した。並みの子供が出来ることじゃない。こういう駆け引きが出来ないプロだってたくさんいる。それなのに君はそれを容易く行った。オールフォーワンの教育の賜物っていうか、元からの君の性質だよね?君さ、」

た、畳み掛けられている!なんで!?というか目敏すぎないかこいつ!?
反論する暇もなく告げられるホークスからの疑問ともいえない憶測が続いて、そして断罪にも似た刃が振り下ろされた。


「実はさ、人生2回目だったりして?」


ぞ、と背筋が粟立った。

「ははは。面白いこと言いますねホークスさん。あ、着きましたねー護衛ありがとうございました」
「残念。俺としてはもう少し、2人で、お喋りしたかったけど。折角だから今度俺とデートしない?空を飛ぶ楽しさ教えてあげるよ」
「ははははありがとうございますそうですねご機会ありましたらぜひよろしくお願い致します本日はわざわざご足労いただきありがとうございましたそれでは私はこれで失礼します」

叩きつけるように別れのテンプレートを言い切って、車から降りる。半ば転がる勢いでエントランスに向かった。ホークスはここまでなのか知らないが、悠長に会議室Bね〜、と手を振っていた。角を曲がる際に一礼出来たのは奇跡だと思う。
曲がって視線を感じなくなった瞬間、人目も憚らず頭を抱えて踞った。

「胃薬……ッ!!胃が、痛い……っ!」

コッッッッッッッッワ!!!
なんだあれ!なんだアレ!?なんでわかった!?どういう神経したらこんな特異な現象当てられるの!?しかもこんなにピンポイントで!?ありえないだろ!バレてる!?いやそんなまさか!!

しかも最後のあれ。デートのお誘い?馬鹿言え。どう考えても誰も邪魔の入らないお空の上で詳しくお話きかせてね、っていうただの尋問だろうが!いやいやいや無理無理無理、絶対無理。デートどころか会社のエレベーターで一緒になるくらいなら階段を使うかデスクに戻るレベルだが??

最後の最後で猛禽類なとこ見せるんじゃない!見ろ!!こんなに鳥肌が立っただろうが!!

「YAEH!苗字元気そ……」
「プププレゼントマイク!!塩!塩持ってないですか!?邪なものにとりつかれている気が俄然してきたんですけど!!」
「WHY!?」

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