到着連絡は予定時刻2分前が常識だろうが!

「苗字さん、お熱測りますね〜」
「はい。よろしくお願いします」

目が覚めた。
いわゆる完全復活という奴だ。まどろんでいるような、ふわふわと夢の狭間を漂っているような時間がずっと続いていたが、ある日唐突に意識が浮上した。

ああ、よく寝ていた気がする。そう思ったのはあながち間違いではなかった。時間にして4日と16時間ぶっ続けの長時間睡眠。嬉しくない記録更新だ。
ときどき目を開けたりしていた自覚はあるが、完全に意識を戻すことはなかったらしい。強い治癒を掛けられたのか、体はほぼ問題はなかった。それでもまだ病院にいるのは、公安と警察が捜査のために離してくれないからだ。

目が覚めたころには、一連の事件が『神野の悪夢』と称されてしばらくが経っていた。
死者・行方不明者多数。ベストジーニスト、ワイプシは活動停止。一部ヒーローも怪我で療養中。そして、オールマイトの引退。

正直なところ、完全な敗北だと思った。死柄木をはじめ敵連合の大半はまんまと逃げおおせたし、オールフォーワンも収監されただけで息絶えたわけではない。手がかりになりそうな脳無の情報は生体数体を除いてすべて吹き飛んだ。
まんまと証拠隠滅の片棒を担がれたというわけだ。忌々しい。ち、と内心で舌を打つ。

神野と言えば。
私のオールフォーワン殺害未遂に関しては過度なストレスによる精神衰弱と極度の疲労による妄言として、極秘で処理されたらしい。発言を聞いたヒーローたちが惨状を目の当たりにして緘口令を敷いてくれたようだ。おかげでヒーロー公安委員会からのお咎めがはなしだと、見舞いに来てくれたエンデヴァーがこっそり教えてくれた。
意外と気遣いの出来るヒーローである。まあ、公安の耳に入っていれば私は悪くて軟禁、良くともヒーローへの道は閉ざされていただろう。

私怨による敵殺害未遂。ヒーローにあるまじき愚行。飯田のことを説教なんかできないな、と伸ばされた手を思い出した。
救出に来てくれた彼らの手を振り払ったのは私だ。それは後悔していない。でもこの結果に満足は到底出来ない。偉そうに最前線まで戻ったくせにこの有様か、とため息をついた。

平和の象徴の陥落。敵連合の取り逃がし。そして、もう1つ失った、大切なもの。
不思議と、昔ほどに理不尽さも感じていないし、気落ちもしてはいなかった。今まで溜まっていた鬱憤をオールマイトが吐き出させてくれたからだろうか。ボロボロの体で、きっと立っているのもやっとだったはずなのに。私の罵倒も何もかもを聞いてくれた。

あの時は喪失感でおかしくなると思ったが、起きてからも一連の出来事がどこか現実離れしていて、未だにアレが現実だった気がしない。ある種の夢を見ていたかのような気さえする。
いっそ、壊れた方が良かった気がしないでもないが、そうならない以上仕方がない。私の精神は私が思うよりタフだった。それだけの話だ。

冷血だろうか。冷酷だろうか。――そうかもしれない。

自分でも、もっと泣くと思っていた。喪失感に胸が震えると思っていた。でも、そうではなかった。なんと表現していいか分からないが、心が乾いて何も感じていないような気がした。言ってしまえばどこか他人事だ。

心を分離することで、自身を守っているのか。本当に心から割り切ってしまっているのか。自分でも分からない。こんなに、現実のように受け止められなくて、心が凪いでいるのなら、本当は、私はあの子のことが。だとしたら、私の本質はどちらかというと――

「苗字さん、検査の結果に問題なければ明日で退院なんだけど……その、ご家族は……」
「ああ、両親は海外なのでお構いなく。必要であればだれか呼びますが?」

看護師の言葉に意識を戻す。公安が手配した『裕福な家庭』は文字通りの裕福な家庭だった。家族仲が冷え切っていることを除けば。
仕事のステータス上、互いに扶養家族が必要だった。私としても今更家族ごっごがしたいわけでもないのでちょうどいい関係だった。おそらく、一般的に見ればネグレクトに近いのだろうが、本人同士で満足しているのだから問題はないはずだ。
まあ、両親は来れずとも知り合いの弁護士だって、いざとなれば雄英の教師だっている。そこまで考えて、思考が止まった。

そういえば、相澤先生、まだ会えてないな。

警察からの調書だのなんだので忙しかったせいか、相澤先生とは会えていなかった。オールマイトや校長とは会えていたけれど、相澤先生とだけは未だに会えていない。

会ったら、どんな顔をするだろうか。幻滅されるか。呆れられるか。よくも裏切ったな、と言われるか。
いずれにせよあまり良い言葉は掛けられなさそうだ。爆豪と違って私はあそこに自分の意志で戻ったわけだし。相澤先生が嫌うであろう状況判断の見積もりの甘さが最悪の方法で露呈した。そう考えると緑谷に何も言えないくらいやっちまっている。

思い返せば合宿中からひたすらにやらかしているわけで、そして極めつけのこの結果。やばくないか?ただひたすら会うのが怖いんだけど。何を言われても心が折れそうで嫌だ。どうしよう冷や汗出て来た。あ、会いたくね〜〜〜!

「あ、あと苗字さん、今日も、面会の申し込みが……」
「お断りしてください」

そう言うと、看護師はわかりました、と言って退室していった。その後ろ姿が消えたのを確認してボフ、とベッドに倒れ込む。
誰もいなくなった病室は急に静まり返っていた。ほのかに鼻に紛れてくるリノリウムのにおいが、急速にリハビリで過ごしていた施設を思い出させた。
寝返りを打つ。このところ、どうにも寝つきが良くない。寝すぎたせいか、それとも。

相澤先生の他に、もう2人。私には会えない人がいる。ずっと面会を希望してくれているけれど、情けないことに私の心が会うことを拒否していた。あの子の両親だ。

あの子が亡くなったことはご両親に早々に告げられ、私が寝ている間に葬式は終わったらしい。結局、私はあの子がどうなったのかは知らない。私が見れなかったあの子は、最期にどんな表情をしていたんだろうか。苦悶の表情だったら、と考えるだけで気が滅入る。どうしてお前が生きてあの子が死んだのだ、と言われたら。私はもう、自分が自分でなくなる気がした。

オールマイトはナンバーワンヒーローだった。実力も、その精神も。
救えなかった人を前に自分の非を認め、謝罪したうえで憎んでいいとまで言ってくれた。その一言で、私は体の中で渦巻く情動を、どうにか抑えることが出来たのだ。あの言葉がなかったら、たぶん私の心は耐えられなかっただろう。
だったら、私もそうすべきだ。けれど、人から憎しみを向けられることは覚悟していてもそう簡単に出来ることじゃない。

それに、合宿であの子供に偉そうに言いもした。誰かのせいにするのは辛い、なんてわかったような口をきいて、自分は助けられたと思っている。結局は私が誰かのせいにするまでの思い入れがなかったからじゃないのか。
色々考えては白紙に戻すを繰り返して、何も見えない穴の中をさ迷っているような気がした。さっきまで冷酷だなんだと言っていたくせに、急にこうして自己嫌悪に陥る。自分に都合が良すぎて嫌になる。

「あーあ……なーんにもうまく行かないな」

前世の記憶や経験があれば、上手に生きられると思ったのに案外、アドバンテージがあっても人生とは難しいものらしい。
ぽつりと零した言葉は誰に聞かれるでもなくシーツに染みていった。




翌朝。
検査の結果に問題はなく退院となったが、そのまま家に帰ろうとしていた私をヒーロー公安委員会が止めた。まだ調書作成が終わらないらしく、確認したいことがあるから、と委員会に呼び出しを食らった。
なんて面倒な、1度で終わらせてくれ、と思いつつも書類作成の面倒臭さは知っているので出来る限りの協力はするが。

迎えを寄越すと言っていたから公安の人間が来るのを待つ。随分と早く準備が終わって、予定時間まであと30分も残っていた。
病室にいても手持ち無沙汰だし下のコンビニでなんか買ってくるかな、と扉に手を掛けた瞬間、外から扉が開かれた。驚いた拍子に少しバランスが崩れる。

「わ」
「おっと、大丈夫?」

視界のほとんどを占めるカーキ色。目の前の人物の両手はズボンに突っ込まれたままなのに、柔らかい何かに支えられている感覚。恐る恐る自分の体を見れば、赤い小さな羽。
このジャケットカラー。羽。まさか。
顔を上げれば、案の定、ニュースサイトを賑わす顔がそこにあった。

「どーも、君が苗字名前さん?」
「は……、なんで、また貴方がここに……」
「お、その顔は知ってる顔だねー、人気者で困っちゃう」

さわり、と背中の赤い羽根が揺れる。

「……この界隈で貴方を知らない人はいないでしょう……『速すぎる男』ウィングヒーロー、ホークス」

いや集合時間前に来るにしても早すぎでは?アポイントメント連絡は2分前が妥当だろうが。


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