引継ぎ案件に地雷を見つけた

荒涼とした戦場のど真ん中に、振動と音と共に何かが現れた。視界を覆うほどにそびえ立った青と白の交ざり合ったそれが、何なのかを理解して息を呑んだ。同時に、頭の中を鮮烈な色が駆け抜けていく。

炎のような赤。雪にも似た白。左右の色が違う目。ぶっきらぼうな口調。まれに見せる柔らかい表情。

――苗字

駆け巡った色が1人の人間としての輪郭を持ち始めて、そしてついに私の名前を呼んだ。

知っている。
何度も見てきた。
このレベルの氷壁を一瞬で作り出せる人間なんて、1人しかいない。それと同時にエンジンのような音が微かに耳に届いた。決定打だ。私たちでもない、敵でもない。第三者として存在する人間が誰なのか、瞬時にわかってしまって、愕然とした。

――ば、ば、ばかなの!?
なんっで!!面構署長に言われたこと、何も理解してなくない!?いや絶対してないでしょ!!

どうしてここに来れたのか、手段はわからない。けど、どんな策であれ仮免取得前の学生を敵の目前に差し出すバカなどいない。正規ならここにはトップランカーのヒーローが来るべきだ。
それなのに、どうしてこんな、戦闘も出来ない、実力も足りない、こいつらが、こんな最前線に!
というか、そもそも!絶対に戦闘許可降りてないでしょうが!

保須の時とはまるで条件が違う。
あれが警告で済んだのは、限定的な条件が重なったからだ。回避・逃亡の手段がないこと、個性を使用しなければ命の危機があること、要救護者がいること、目撃者がいないこと、ヒーロー管理下において自身がヒーロー免許取得を目指す人間であること。表沙汰にしないこと。

これらの条件が満たされたから特例で許されたのだ。そうでなければ、法を守る立場の警察やヒーローが揃いも揃って「見て見ぬふり」なんて出来るわけがない。奇跡だった。

今はそれとは違う。あれは正当防衛に近いが、今は戦闘への私的介入でしかない。
正義感の強いこいつらことだ。どうせ爆豪と私の救出のために独断で動いてここに来たに決まっている。

完全にアウト。黒も黒。真っ黒。私が雄英教職員なら胃に穴が開いた音が聞こえてるはずだ。断言できる。脳内で死んだ目をした相澤先生がそっと捕縛布に手を掛けた。

バカ、信じらんない、意味が分からない。誰か、マジでこの無鉄砲どもどうにかしてくれ……!犯人はこいつら。くそ、知ってる!今目の前で見てるから!

私を含めた全員が、突如として現れた大氷壁に気を取られていた。その先端から、影が飛び出す。そして、遥か遠い上空から手が差し伸べられた。

「来い!」
「ごめん!苗字さん!」

バカだ。信じられない。しかも確信犯。そのごめんは何に対しての謝罪だ。ごめんで済んだら警察いらないよ。
言いたいことがいくらでもあるのに、子供みたいな罵る言葉しか出てこない。

――本当に、どうかしている。

どんなに馬鹿な作戦でも、勝ち筋が危うくても。現状で考えられる最善の手段だ。戦況を覆す一手があるとすれば、今これしかない。きっと緑谷たちのこの作戦が失敗すれば、同じような一撃と離脱の方法は警戒されて通用しなくなる。

だったら、この作戦に乗るべきだ。そう勘が告げるよりも先に、体が動いていた。私自身はあの高さに飛べる手段はない。唯一その手段を持ち合わせているのは、爆豪しかいない。死柄木が動くのがわかる。間に合うかのぎりぎりで爆豪に手を伸ばす。
違う。間に合うかどうかじゃない。間に合わせるしかない。

『信じております』

帰って、そして。あの期待に、信頼に応えると決めたのだから。

爆豪に触れると同時に自分の重力を一時的にゼロにする。抱きこまれると同時に甘い香りが鼻に広がって、どうしてか合宿のことを思い出した。もうずいぶんと前のような気がする。

普段から爆発の勢いを自身でコントロールしている爆豪なら、ここで中途半端に個性を使って介入するのは愚策だ。私自身が爆豪のコントロールの重荷にならなければそれでいい。
ぐ、と爆豪の腕に力が籠った瞬間、体が浮きあがった。眼下にどんどんと小さくなっていく死柄木と目が合った気がしないでもないけれど、気のせいだ。

私と爆豪の身体に掛かる加速度を操作して僅か、私を抱えた腕と反対の手が、その差し出された手を掴んだ。

「馬鹿かよ……!」
「緑谷、飯田、轟……特にあんたたちは帰ったら説教。マジのやつ」
「ウッ」

緑谷から苦しそうな声が聞こえた。一応あのごめんはいろいろ理解した上でのこの行為を謝っているらしい。緑谷らしいな、と思いながらほっと息をついた。

戦場が遠のいていく。追っ手が来る様子はない。
本当ならまだ警戒を解くべきではないとはわかっている。追撃を躱すためにも油断してはならないのも。それだというのに、ようやくあの場から逃げられたという歓喜が、安堵が、体の緊張を緩める。

ようやくだ。ようやく、これで、こんな超常的な前線からおさらばできる……!

長かった……!本当に長かった!死ぬかと思った!いや、覚悟はしたが。
もうなんか色々ありすぎたし今後の方針をどうするかとか、後始末はいっぱいあるけど!でも!ひとまず修羅場は乗り越えた!!
やっと家に帰れる!文字通りのデスマーチ、化け物染みた最前線勤務終了だ!

緊張感から解放されてハイになっているのはわかった。爆豪や飯田はなんだかんだ言い争っているが、私の達成感はそれどころじゃない。緑谷曰く、轟はモモとペアで離脱しているはずだという。一層激しくなったオールマイトの攻撃から、捕まったとは考えにくい。

人類規格外の怪獣同士の戦いは未だに続いている。足手まといの私たちも消えたことだし、あとはプロの領域だ。私たちが踏み込んでいい世界じゃない。
さっさと警察に保護してもらうとし


ぉ かぁ ァ ん


浮ついた気持ちが、一瞬にして叩き潰された。

そんなわけがない。
この距離だ。
聞こえるはずがない。気のせいだ。気のせいに決まっている。
あんなに探したのにいなかった。だから、違う。そんなわけが、そんなこと、あって。

振り返る。

見えるはずがない。視力だって、一般人のそれと変わらないはずだ。なのに、どうして。気のせいに決まっている。誰か、そうだと言ってくれ。
視界を、白い何かが、掠めた。

手だ。震える手が見える。

うそだ。そんなわけが。

だめだ。違う。今すべきは、この場から逃げることだ。オールマイトの足枷になることだけは絶対に避けなくてはならない。
合理的に考えろ。現状を冷静に把握しろ。これ以上はプロの領域。学生が手を出すべきじゃない。素人に毛が生えた程度の人間に何が出来る。
見誤るな。驕るな。過信するな。私が、今、すべきは――

「      」

それが零れ落ちた瞬間、心臓が燃えるように熱を帯びた。





「――――、爆豪」

耳元で風を切る音がする。出した声は思ったよりも小さかったけど、音に掻き消される前に爆豪の耳がそれを拾ってくれたらしい。

「あ?ンだよ……!つかてめえ重力でもなんでもいいから働けコ」
「ごめん」
「なに謝っ、あ……?」

腕を振りほどいた一瞬、爆豪と視線がぶつかった。真っ赤な目が、絶望の形に歪んでいた。


「あと、任せる……!」


ごめん。助けに来てくれたのに。ごめん。本当にごめん。

君たちの努力を、覚悟を、信頼を。踏みにじる行為だって、理解してる。ごめんなさい。相澤先生、貴方の信頼も、期待も、全部裏切ります。

私には、なかったことには出来ない。
馬鹿なことだってわかっている。でも、それでも。


私は、あの獣には。


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