ダブルスタンダード、滅ぶべし

「君はまだまだ成長出来るんだ」

そんな逃亡を促す『校長』の声を皮切りに、敵連合の視線が私と爆豪に集中した。ツギハギと黒霧が意識不明になっているとはいえ、6対2で数的にも実力的にも不利。加えて向こうは万全、こちらは2人のうち1人が満身創痍。オールマイトが来ても状況は芳しくなかった。

離れたい。逃げたい。
一刻も早くこの場から、あの男の前から。
それなのに。

「っ、ち!どけ!」
「行かすかよ!」
「苗字!ソイツは触ったモン小さくしやがる!気ィ付けろや!」

爆豪の起こす爆風に紛れて距離を取ろうにも、向こうもこちらの能力を把握しているのか中々うまく行かない。躱しても勢いの衰えない敵の攻撃に思わず舌を打つ。

「くそっ……!」

制圧はほぼ不可能。だったら、ここから逃げることを考えるべきだ。それは私も爆豪も、敵連合ですら理解している。
それなのに、私の思考は先ほどから見えない影を探していた。敵連合とここに飛ばされていないのだろうか。ここに転送されていなければいい。そうすれば警察に保護されているはずだ。でも、そうでなければ。

あの子は、どこにいる。

「余所見するほどの余裕があるんですねえ!」
「っ!」
「私トガヒミコです!オトモダチになって、名前ちゃん!」

トガヒミコと名乗った女の子がナイフを投擲してくる。それを避けながら反撃の手段を考えるが、目の前をやり過ごすのに精いっぱいで有効な手段が全く浮かんでこない。いつもだったら、なにか浮かんでくるというのに、今日は何一つ浮かんでこないどころか思考すら纏まっていない。

そもそも、視界に入る範囲だけが個性発動対象となる私は1対多の戦いは得意じゃない。
それをカバーするための手数の多さだったが、精度が落ちている以上下手に使えば相手を殺してしまうリスクが高い。相手が敵連合とはいえ殺すわけにもいかないから全力を出すことは憚られた。

それに、万が一こいつらを殺そうものなら、あの子が敵連合と一緒にいた理由は全て闇に消える。あの子の未来のためにも、無罪を証明するためにも憂いとなる芽は摘み取っておくべきだ。

連れて帰りたい。出来ることなら、無傷で。証言ができるうちに。こいつら敵連合も、警察に―――

「脇ががら空きだぜ!嬢ちゃん!」
「――っ、しまっ」

完全に意識の外から声を掛けられて体が固まった。リカバリーできない初動の遅れ。伸びてくる仮面の男の手。気を付けろ、という爆豪の言葉が鈴のように脳内に響く。打開策を考えるよりも早くその手が届く方が速い。

やばい。

そう思った瞬間、視界がぐるりと反転した。状況を理解するよりも先に、暗い夜を切り裂く赤い光と熱が肌を撫でる。爆炎、と思った瞬間目の前にサングラスの大男が現れてその拳を蹴り返して体制を整えた。じり、と体を引けば背中にトン、と小刻みに揺れる体がぶつかった。

振り返らなくてもわかる。爆豪だ。
だいぶしんどいらしい。肩で息をしていて、Tシャツもびっしょりと濡れている。冷たい、と思うと同時に自分の身体に張り付いたTシャツの感覚が急に蘇った。その途端、ドッと毛穴から汗が噴き出ると共に、息が荒くなる。いま。

今、爆豪が場所を変わらなかったら、私は。

血の気が引いて足元の感覚が曖昧になりそうだった。恐怖がじわじわと拡がっていく。体を流れる血液がその色に染められていってしまうのではないかとさえ錯覚する。一瞬で奈落へ突き落されるような恐怖に、全身が包まれようとしたとき。
ゴ、と背中に固い何かがめり込んで、一瞬呼吸が止まった。

「いっ……〜〜〜っ!!なん、はあ!?」

肘鉄だ、これ。
思いっきり食らった。痛い。え?爆豪?なんで今?味方から攻撃されてんの?

「なにすんの!?」
「てめェ……!集中しろや!」
「は!?口で言えばよくない!?」
「口で言ってもテメェは聞かねえだろうが!」

背中合わせで口論が始まる。呆れたように私と爆豪を見てくる敵連合の連中への意識は逸らさないようにしているけれど、それでも爆豪のやり方に素直にありがとうとは言えなかった。

「聞くっつーの!大体、やるにしてももっと別の――」
「うるせェ!!」

なにもかもねじ伏せるような、大きな声なのに。その声があまりにも揺れていたから、呑まれてしまった。思わず振り返る。

「死にたきゃ止めねえ!勝手に死ね!ただ、テメェみてーな雑魚が!オールマイトの傷になるようなマネだけはすんじゃねえ!!」

爆豪のその言葉に黙る他なかった。いつものような苛烈に揺らめく業火のようなものではなく、静謐な宇宙でゆるぎなく燃え続ける星のように凪いだその目が、私を見ていたから。
爆豪の祈るような思いも、焦りも、恐怖も、全部その目に映っていたから、その思いが伝わってきてしまったから。その目を、爆豪の心を正面から受け止めてしまった私はただ黙るしかできなかった。
はく、と唇が何かを紡ぐよりも先に、視界の端で何かが動いた。

「話は終わったかしら!?」
「象徴を憂う気概と覚悟、捨てるには惜しい!」

爆豪と私の背後にそれぞれ敵が現れるのがわかって、そして、気付けば体が動いていた。
無意識だった。確証はなかった。

でも、今の爆豪なら、こう動くんじゃないか、っていうのが言葉にしなくてもわかって。きっと背中の敵は、爆豪がどうにかしてくれる気がして。
気づけば流れるように互いの場所を入れ替えて、敵に一撃を入れていた。

唯一武器を使用しているトカゲ男の刃物の強度を限界まで下げれば、あとは蹴り一発で全部砕ける。バリィンとすさまじい音を立てて砕けた破片が辺りに散らばった。
間違っていなかったと息をつくと同時に、爆豪からも微かな吐息が漏れたのが分かった。

「……テメェが、見誤ってんじゃねーよ」

爆豪が零していった言葉の余韻は、すぐに爆音によって掻き消された。
バレていた。視野狭窄に陥っていたこと、注意散漫だったこと。自分より別の人間の無事を考えていたこと。
予想の斜め上から来た衝撃と痛みで、焦っていた気持ちが不思議と落ち着いていくのが自分でも分かった。なんてことだ、年下にこんな形で窘められるとは。認めてしまえば、不思議と笑みがこみあげてくる。

「はは……だっさいわ、私」

爆豪の言う通りだ。
優先順位を見誤るな。今、私がすべきことはあの子の無罪探しじゃない。最悪を避けるための最善を探せ。そのために自分がなすべきことを成せ。ずっとそうやってきたはずだ。力がないなら、センスがないなら、その分凡人は考えなければ。

最悪とはオールマイトの敗北。オールマイトが負ければ敵連合に勝てる人間はいなくなる。ならばオールマイトが勝つためには。オールマイトの勝利のために必要な要素は。オールマイトの勝利のボトルネックは。

見誤るな。自分の力を。相手の脅威を。勝利の条件を。

この状況から逃げることは手段のひとつにすぎない。私と爆豪は、助からなければならないのだ。オールマイトによって、ヒーローによって助けられなければならない。そうでなければ、オールマイトの完全勝利にはならない。ヒーローの勝利にはならない。

オールマイトに、人々の羨望と信頼を背負う広く大きな背中に、社会に蔓延しているヒーローの安全神話に、『教え子を助けられなかった』という傷をつけてはいけないのだ。
ヒーローは倒されている。誰も助けには来れない。だから、自力で。どんな手段を使っても。

そう思った瞬間、視界を覆うような、何かが視界に現れた。
肌を撫でる冬の空気と透き通った硝子ような輝きで出来た、見上げるほどの高い壁。

知っている、だって、これは。

頭の奥で、鮮明にあの2色が破裂した。


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