社内に絶対1人はいるゴシップ好き

私を含め、警察によって救出された総勢十数名の子供は、リハビリを兼ねた療養ということで病院に入院していた。悪く言えば隔離とも取れるが贅沢は言えなかった。
状況はどうであれ、家族と警察関係者、医療従事者に限定された接見では、多くの家族が子供との再会を喜んでいた。

施設に居た子供の親たちはずっと、自分の子供をあの私塾に入れていたことを後悔していた。もともとヒーロー育成機関と自称していたこともあり、習い事のようにヒーローになりたいと希望した我が子のために通わせていたのだという。

それが塾長が変わり、方針が変わり、気付けばあの塾が完成していた。洗脳にも近い教育と契約のせいで、子供を取り返すことも出来なかったが、長い間、弁護団を組んで子供の奪還を施設側と争っていたらしい。それもあって凄まじい感動のシーンだった。

私の親は既に実家を更地にして行方不明となっていたので、再会を喜ぶ家族は居ない。いたとしても恐らく彼らみたいに感動とはならないので、むしろ良かったと思うことにした。文句を言ってやりたい気がしなくもないが、あの家族と暮らすのもごめんである。

塾経営者は無事に逮捕され、これから証拠集めと裁判の準備が開始されるという。
ちゃんと救えた。誰も死なずに家族の元へ帰れた。よかった、と胸を撫で下ろす結末だが、一方で時間が掛かりすぎていた。

最後の入所者である私ですら、入塾してから10年を過ごしていた。私よりも前に入所していた彼らの中には20歳半ばの、もう子供と呼べない年齢になった塾生もいる。そして、彼らの精神状態と人格には大きな後遺症が残った。
大人に対する心的外傷、実年齢に比べて低すぎる精神年齢、記憶の健忘。自分の親の顔さえわからず、怯えてベッドから出てこれない子すらいた。

長い長いリハビリと社会へ適応していく地道なトレーニングが必要になる。茨の道だ。
だが、そこにいる家族誰もが今度は間違えないと、贖罪と今度こそ子供の幸せを願って積極的にプログラムに参加していた。もともと、子供奪還のために弁護士と10年もの歳月を戦える人たちだ。唯一家族のいない私にも気を遣ってくれるような、本当に良い人たちだった。

私は私で、裁判準備や調書作成のために、施設の実況検分や警察との取り調べに忙しなかった。なにしろ証言に信憑性があり、まともに回答が出来るのが私ぐらいしかいなかったのだ。どうしたって忙しくなる。

社会復帰へのトレーニングとそれらをこなしていたある日、ひとつの家族が無理心中をした。

病院内でのことだったが、発見時には既に息はなかったらしい。一等に症状の酷かった子だったから、と思ったが他の家族宛てに残された遺書には、私の想像と違うことが書かれていた。

『この子の将来を一番に考えてきましたが、もう私たちには耐えられません』

耐えられない。
何にだ。
死を選ばせるほどの何が、彼らを追い詰めた。

考えてみれば、一番積極的にプログラム参加していた。かといって根を詰めすぎず、彼らなりのペースでやっていた。一番症状が酷かったが、それでもうまくやっていたと聞いていた。それが、どうして。

考えても答えは出なかった。答えは、外にあったからだ。




『北雪に散る見過ごされた健気な命!ヒーロー社会が産んだ尊い犠牲!』
『助けを求めた少女Aに迫る!塾長との切れない絆と関係とは!?』
『独占取材!塾長は元ヒーロー志望者!?執念と復讐の軌跡の12年間を追う!』

「どうしてお子さんを預けようと思ったんですか!?」
「塾の環境を知っていたんですよね!?児童虐待という認識はなかったんですか!?」
「あなたたちのような親がいるから不幸な子供が生まれるんですよ!どう責任を取るんですか!?」

『いやー、それにしても痛ましい事件ですね、本当に、どうして預けたりなんかしたんでしょうか』
『それも多額の入学金を払ってですよ?私が親なら絶対にこんな場所に入れませんよ』
『個性に恐れを抱いた、って、そんなの自分の子供でしょ?それも含めて愛すのが親ってもんでしょう。身勝手極まりない行為で、絶対に許されません』

『少女Aのプロフィールまとめたった』
『特定班さすがww』
『親も行方不明らしい。捨てられたとか可哀想すぎww』
『現地写真うp』
『草』
『更地やろがい』

週刊誌を彩る品のない文字。取材とは名ばかりの糾弾。ワイドショーに流れる勝手な憶測。
手にした外界の情報は、慈悲もなく責め立ててくる無為の言葉だった。手当たり次第容赦なく私たちを、被害者家族を蹂躙していた。

病院の最深部にあるリハビリ施設は、マスコミをここまで近づけないための防衛策だったらしい。徹底した警察との同行も、考えてみれば外部からの余計な情報を与えないためだったと今更気付いた。

警察によって救出された私たちを世間は格好の餌と捉えたらしい。事態を把握できなかったヒーローと子供を塾に預けた両親への非難に焦点当てられた事件は、社会現象というまでに発展し、マスコミも大衆の好奇心を煽るような報道を続けた。

地方都市の治安維持におけるヒーローへの依存、対敵犯罪に特化した法整備。そこに社会への不満が混ざりあった結果、その矛先は被害者家族へ向いていた。さらに、『少女A』が何者であるか、どこの誰であるかが全てネットの海に晒されていた。

前世でもこういったことが社会問題になっていたことは知っていた。名前のない誰かが、好き勝手に人のすべてをさも知っているかのように、つまびらかにして悪意に晒す。1人の悪意の大きさは知っていた。でも、こんなにも肥大化した悪意が醜悪で、容赦も分別もないなんて知らなかった。この立場になるまでは。

「……っ、なんで!」

悪いのはあの塾長だ。私たちじゃない。預けた親たちは一様に子供を返せと訴訟まで起こしている。
子供の未来のために、塾に預けることは悪いことじゃない。子供をサッカー選手にしたくてサッカーを習わせる。将来困らないようにと英会話を習わせる。それと同じだ。

実際に、今の塾長に変わるまではきちんと教育機関らしく体系化されたシステムで個性の制御や勉強を行っていた。実績がなかったわけじゃない。ゆえに彼らも詐欺にあった被害者だ。

真に糾弾されるべきは、あの塾を変えた塾長だというのに。どうして、その批判が、受けるべき男ではなく、同じ被害者である私たちとその両親に向けられる。
しかも、こんな、虚偽の情報ばかりの、謂れもない非難を。まるで世の業を全て背負わせるかのように。どうして、こんな。

あんなに優しく、自分たちの過ちを悔いていた人たちが、どうしてこんな目に合わなければならない。
どうして、なぜ。
その質問ばかりが頭を支配する。もっと、いい方法があったというのか。私たちが批判されるというなら。

「くそ、くそ、……くそ!なんで、私たちばっかり……!」


だったら、あの時手を振り払ったヒーローも批判を受けてしかるべきじゃないのか。


壁に叩きつけた拳は痛むばかりだった。
そして数日後、芸能人の不倫騒動と入れ変わるようにして、事件のことを口にする人間は嘘のように消えて行った。
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