「いたいいたいああああ!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!しがらきさんごめんなさい!もうしません!!おねがいです、ゆるしてください!ゆるしてください!ゆるしてください!!」
敵でもない、何の悪意もない人間を見てぞっとしたのは、これが初めてだった。短くて乾いた息が口から漏れる。止まらねえ。
過剰なまでの謝罪を繰り返すその男は、縋り付くように手を顔中につけやがったクソ敵に手を伸ばす。触んな、とその手が振り払われて踏みつぶされた。痛い、と子供みてえに喚く声が薄暗い店の中に充満してうるせえ。俺にこんなもん聞かせんじゃねえよ。
「誰がこんなボコボコにして来いって言ったんだ……?なあ、オイ、お前は俺の信頼を裏切ったんだよ……わかってんのか?」
「ごめんなさい、うらぎりました、しがらきさんとのやくそくまもれなくてごめんなさい、ごめんなさい!」
「謝んの、俺だけじゃないだろ。ちゃんとお前の姉ちゃんにも謝ってやれよ、なあ」
心臓が凍り付くほどの不快感が背筋を駆け抜ける。なんだ、これ。俺は何を見せられとんだ。こんな、一方的に人間を甚振ってこいつらは何がしてえ。他の人間とは明らかに立場の違うそいつが泣きながら床を這った。つーか、姉ちゃんだァ?
どう見ても俺らより年上のそいつは顔をぐちゃぐちゃにして■■、と誰かの名前を言いながらこっちに向かってくる。おい、なんでこっちに向かって来とんだ。
こっちには俺と、苗字しかいねえだろうが。
敵共のショボい拘束は解いたが、これからどうすべきか考えてりゃこれだ。他の奴が距離を取る中でこいつだけが最初っから苗字にべったりだった。逆に人質に取ろうかと思ったが不安定過ぎてリスクがでけえ。
第一、まだ目を覚ましてすらいねえ足手纏いを抱えてこの人数相手に戦うほど楽観的なわけじゃねえ。動くのは、せめて苗字が目を覚ましてからだ。
そうこうしているうちに、そいつの手が苗字の膝に触れた。その瞬間、ふつと燃え滾るような何かが腹ン底から湧き上がって来る。オイ、てめえ、なに触っとんだ。お前みてえな奴が、苗字に触んじゃねえよ。つーか、苗字もいつまで寝とんだ。さっさと起きろや。クソが。
そいつの手が膝に触れて、そして座らされた苗字の足に顔を伏せた。ガキが母親に縋るみてえに、泣きながら顔を埋める。
「おねえちゃん、おねえちゃぁん、ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい、■■おねえちゃぁん、」
俺より年上の人間が、年下の女に母親のように縋ってる光景に胸糞の悪さが込み上げてくる。名前を呼ばれても血だらけのままの苗字はまだ動かねえ。オイ、てめえ、さっさと起きろや。
「■■おねえちゃん、ごめんね、おねえちゃん、ゆるして」
さっきから聞く■■という名前。こいつらの話とこの様子からすりゃ、■■っつーんは、苗字のことか。どういうことだ。コイツは苗字名前だろうが。なんでお前らはそんな知らねえ名前で呼んどんだ。俺の知らねえこいつの話をすんじゃねえよ……!
「テメェら……誰のこと喋ってやがる……!」
「なにも知らないんですねぇ。オトモダチなのにちゃんと話して貰えないなんて、とってもカワイソウ」
「アァ……!?テメェ何舐めた口利いてんだふざけんじゃねえぞ……!」
制服を着た女が憐れむようにそう言った。ダチじゃねえし、勝手にカワイソウ扱いすんじゃねえよ。殺すぞ。びきり、と米神に血管が浮かぶのが分かる。
びいびい苗字の足に埋めてるモブ、てめえもいつまでそうしとんだ!男のくせにいつまでもダラダラ泣きやがってよォ……!イライラすんだろうが!
苗字もいつまで好き勝手させとんだ……!クラスの奴らとも中途半端に距離取ってるくせにコイツは許すんか!?
「起きろや苗字!てめえいつまで寝とんだ!つーかうっせえし気持ちわりぃんだよモブ男が!てめぇ離れろやクソが!」
「■■おねえちゃぁん、こわぃぃ」
「ア"ァ"!?てめえ殺す!」
「こわぃぃいい!」
そう言ってモブ男が苗字の足を抱え込んだ瞬間、絞り出すようなうめき声が聞こえて来た。
「なに……この状況……?」
膝に何か重いものが乗っている違和感に、中途半端にぼやけていた意識が急に戻りはじめた。それと同時に騒がしい音がよく知ったものだと分かってそのまま目を開ける。
なんで、この2人が話してる?そもそも接点なんて、なかったのに。いや、その前に。ここはどこだ。
ずきずきと頭に走る痛みに舌打ちのひとつやふたつしたい気分になりながらも、直前の記憶を手繰り寄せる。敵連合。奇襲。ツギハギ男。青い炎。防犯カメラの映像。今、すがり付いているこの人。拘束されている体と隣で私を睨んでいる爆豪。周囲にを取り囲むようにしている複数の人間。
おおよその現状を把握する。大方、敵連合の奇襲が成功して私と爆豪、もしくは全員が拉致られたんだろう。ここにいない雄英の皆がどうなっているかわからないけど、それに関しては無事を祈るしかない。プロがあれだけいたのだから大丈夫だと信じたいが。
断片的にしか情報がないのが痛手だけどそれはこれから貰うとして、問題は連合の時間的猶予だ。
ただの勧誘でここまで大きく事を動かすとは思えない。必ず次の手を打ってくるはず。それがいつで、何をするのか。それで今すべきことが決まる。
どっちにしろこれだけガチガチに拘束されていて、尚且つこの人数がいるなら逃げるのは愚策に他ならない。今は情報収集をしつつ懐柔されたフリでもして、折を見て逃げるが正解だろう、と今後の方針を立てる。
最悪、既に拘束を解かれている爆豪だけでも逃がせればまだ望みはある。
地頭のいい男だ。きっと打開策も考えているだろう。なら、私は話を引き延ばして爆豪に考える時間を与えるのが現状のベストだ。
「随分と大所帯になったもんだな……」
「あら、ここはどこだ、とか目的はなんだ、とか聞くかと思ったのに。こっちは貴女好みの答えをたっぷり用意してるのよ」
「場所は敵連合のアジトで、目的は爆豪と私の敵連合への勧誘、もしくは脅迫を前提とした協力要請……その表情を見る限り正解らしいね」
「やだァ、生意気。私こういう女嫌いなのよね。足でも折っちゃおうかしら」
「マグネ、やめろ。この子供はステインに認められた。生殺与奪の権利は俺たちにない」
「アンタ殺害リストの子にもそう言ったわよね……!」
殺気だった声がして互いが睨み合う。少し煽ってやればすぐこれだ。どうやら一枚岩じゃないってことか。そしてやはりというか、ステインの思想者を上手く取り込んだな、とこちらを見ている死柄木を見る。
死柄木が動かないこともあってか口論はさらに加速していった。このままたくさん情報を落としてくれないだろうか。
というか、いつも思うがこいつらは本当に勧誘する気があるのか?ヘッドハンティングの基本は相手に舐められないことと、どれだけ相手のニーズにあった条件を提示できるかだというのにこの状況。ギスギスした職場環境の露呈など最悪でしかない。
外部の人間がいる前で会社の内情をぶちまけるな。今時新人でもやらない愚行だぞ。これが部下ならお茶くみの名目で会議室から叩き出しているところだ……!はあ、とため息をつけば不機嫌そうな声が掛けられた。
「オイ、てめえ、寝坊たァいい度胸じゃねぇか……!」
「好きで寝てた訳じゃないでしょ……1人で怖い思いさせたことは謝るけど」
「アァ!?誰が怖いなんつったよ!?つーかビービーうるせえそいつをどうにかしろや!!鼻につくんだよ!!」
そう言って爆豪は顎で私の膝に顔を埋めている彼をしゃくった。びくり、と震えた体がさっきよりも強い力ですがり付いてくる。
「うぁああん!!■■ちゃんごめんね、ごめんなさい、いたい?いたいよね?ごめんね、おくすりぬろうねえ」
「ありがとう」
「ううん、おねえちゃんのためだから!」
「そう、いい子。あとでお母さんとお父さんに褒めて貰おうね」
「お父さん?お母さん?なにいってるの、おねえちゃん」
きょとり、と目が大きく開かれる。子供のような無垢な表情を見せて彼が笑った。隣にいる爆豪がぐ、と喉をつまらせた気配がした。
「先生でしょ」