先手必勝!本日、『定時退社』予定です!

「それじゃあ、念のためお名前教えてくれる?」
「切島、鋭次郎、っス……」

切島くんね、よろしく。そう言って白いワイシャツに身を包んだ刑事さんが場を和らげるように笑ってくれた。特捜の山嵐と名乗ったその人は何か好きなものを選ぶといい、と言って俺にいくつかのペットボトルを見せた。

なんとなく甘い飲みもんは気分じゃねえからお茶を手に取った。渋いね、と言われてそうっすね、と返す。だめだ、なんかぐちゃぐちゃしてて、頭回んねえ。

「立て続けで、しかも友達が沢山怪我をして気が動転しているところ申し訳ないんだが、爆豪くんたち救出の重要な手掛かりになるかもしれないんだ。どんな些細なことでもいい。聞かせてくれると助かる。辛かったら言ってくれ」
「イエ、大丈夫、です」
「……雄英の子はみんな強いね、流石ヒーローの卵だ。じゃあ、早速、当日のことを話してくれるかい?」

そう言って山嵐さんに林間合宿で起きたことを順を追って話す。前の日と同じように訓練して、肝試し大会をしようと思ったけど、結局補習になって。爆豪は肝試しに行ったし、苗字は。

『あれ、相澤先生苗字は?』
『アイツは立ち回りに問題ねえから特別メニューだ。個性使用の関係で屋外になるがな。お前らもあいつの立ち回りはよく見とけよ』

その後は施設に向かった。俺が知ってる苗字の最後。爆豪のことも、肝試しに行くのを見送ったのが最後。俺は、あいつらとなに話したっけ。

緑谷や轟が助けに行ってくれたけど、結局あの2人は帰って来なかった。緑谷がぼろぼろンなってまで爆豪の救出に向かったってのに、俺はただ施設であいつらを待ってることしかできなかった。

俺は、何もできなかった。ちげえ、俺は何もしなかったんだ。先生たちの制止を振り切って助けに行くことだって出来た。でも俺はそうしなかったんだ。先生たちに止められてるっつーのを言い訳に、俺は。これじゃ、あの頃となんも。

「―――そういえば、普段切島くんは苗字さんと仲がいいのかな?」
「俺は、そう思ってます。でも、なんつーか、苗字はどっか踏み込ませねえとこあったんで」

自分の不甲斐なさに腹が立って、膝の上で拳を握りしめる。そんな俺の様子を見てか、山嵐さんが無理矢理話題を変えた。
苗字の、プライベートのことは正直全然知らねえ。苗字の家がどこにあるのかも知らなければ、休みの日にどんなことをしているのかも。俺が知ってんのは、苗字が日本で一番寒いところの出身っつーのと、1人でこっちで暮らしてることくらいか。

そういや、俺、苗字のことあんま知らねえんだな。

いざ何を知ってる、と言われると俺が教室以外での苗字のことなんて本当に数えるくらいしかねえんだな、とそこまで思って青山の声が頭に浮かぶ。そういや、青山のヤツ。

「そうか……別れる直前までの苗字さんの様子はどうだった?」
「疲れてはいましたけど、なんつーか、まあ普通って感じでした。訓練は俺らよりキツそうだったんで……あの、苗字のことなんすけど」

そう言うと山嵐さんのペンを動かす左手が止まった。嫌な予感が頭をチラつくみてえに、薬指の結婚指輪が反射すんのがやけに目に付いた。

「苗字は、無事なんすか!?いや、わかんねーかもしれないすけど、でも苗字がいた場所、血が残ってたって……!青山が見たときヒデェ扱い受けて……!」
「落ち着いて、切島くん」

まくしたてた俺を制するようように、山嵐さんがゆっくりと声を掛けた。その声が余りにも緩やかで思わず続く音は喉の奥に戻された。

「順に伝えよう。逸る気持ちも分かるが、どうか冷静に聞いて欲しい。我々は爆豪くんはもちろん、苗字さんについてもそう酷い扱いを受けているとは考えていない」

山嵐さんは俺をじっと見てそう言った。その言葉に思わず息を呑んだ。なんでそんなこと、っつう顔が出てたのか山嵐さんは丁寧に説明してくれた。
残された血痕から致命傷は負わされてないこと、敵連合が拉致目的であの2人を連れ去ったならそう悪い扱いは受けてないと考えられること。
最後に、と3本目の指が立てられた。

「これはあくまで希望的観測だが―――爆豪くんも苗字さんも、2人とも優秀なヒーローの卵だ。状況を判断して、絶対に助かるよう立ち回っているはず」

そうだ、苗字なら。今の自分に出来ることをやってるはずだ。苗字の考え方の癖みてえな、でも多分俺らには足りない考え方。確かに。苗字なら、絶対に助かるよう動いてるはずだ。

「私も2人が助かるための最善の道を取っていることを信じている。そして我々警察もヒーローも、そんな2人を救うべく全力で動いている」

じゃあ、俺がすべきことはなんだ。苗字も、爆豪も、ホントは助けたかった。でも助けらんなかった。助けてえ、でもどうやって。諦めんな。考え続けろ。苗字だったら、ぜってーそうする。爆豪だってなんもしねえなんて考えらんねえ。

山嵐さんはまってろって言うけど。でも、それじゃ駄目なんだ、俺は助けたい。このまま、なにもしなかったら俺は漢でもヒーローでもなくなっちまう。
だから。手が届くなら、あいつらのこと助けてやりてえんだ。

そう心にそっと楔を打つ。方法はこれから考える。でもこの悔しさは、惨めさは、ぜってえなかったことにはできねえ。

「切島くん、最後に1つ。敵連合の中にこの写真の人がいたかわかるかい?」
「いや、……俺が見たの、あのツギハギだらけの男だけだったんで……すいません」
「いや、大丈夫。今日はお疲れ様。これで事情聴取は終わり。迎えの者を来させるから少し待っててくれないか。このまま病院に行くんだろ?」
「はい!クラスメートの見舞いに!」

山嵐さんからの最後の質問に答えて、病院まで送ってもらうことにした。最後の写真はよくわかんねえけど、ひとまず事情聴取は終わりらしい。少し待ってて、と言って山嵐さんが部屋から出ていった。ぽつん、とひとり部屋に取り残された。

今日は緑谷たち起きてっかな、と病室に横たわる姿を思い出した。それと同時に拳を握りしめる轟の悔しそうな表情も。轟ならこの話、乗ってくれねえかな。
そう思っていたらまた扉が開いて山嵐さんが顔を覗かせた。

「ごめん。いくつか聞き漏れていたことがあったんだ」

さっきと同じような笑みを浮かべた山嵐さんが悪いね、と再び正面に座った。大丈夫っすと言えば山嵐さんはありがとうと返してさっきと同じようにバインダーを構えた。

「苗字くんについてなんだけど、最近変わったことはなかったかい?急に訓練の付き合いが悪くなったとか、1人もしくは誰かと2人きりになることが多くなったとか」
「や、特にないっすけど……」
「苗字くんから兄弟とか、家族のこととか聞いたこととかあるかい?」
「ないっす。あんま家族のこと話したがらねえっつーか、なんか上手いこと言えねえっすけど、でもそんな感じです」

そうか、とまた笑ってさっきと同じ用紙に何かを書き込む。ペン先がさらさら動くのをぼんやり見ていた。
事件解決に何の関係があんのかわかんねえけど、協力出来ることは協力してえ。俺の情報で苗字が助かるなら。今の俺に出来ることを。

「USJで苗字くんが敵連合に相対したときと今の彼女はとそうイメージ変わらないかな?」
「そっす、ね。オールマイトの邪魔にならないように、俺らにとにかく撤退っつってたところとか、今とそう変わんねえなって思いますけど……」
「初めて死柄木と対峙したときの彼女は、変に冷静だったり取り乱したりしてなかった?」
「俺も結構テンパってたんで、あんま覚えてないっすけど変に取り乱してる感じはなかったっす。普通に、今の苗字とあんま変わんねえと思います」

記憶のUSJんときはまだそんなに仲良かった訳じゃねえけど、脳無を見ても冷静に対応してんなって思ったのはよく覚えてる。でもなんで今更。

「そっか、ありがとう。おかげで捜査が進むよ。じゃあ、もう少し待っててくれるかな」

そう言って山嵐さんは颯爽と出ていった。本当に追加を聞きにきただけらしかった。そんな急いでたんかな、山嵐さん。
矢継ぎ早に聞かれた質問はほとんどが苗字のことだった。多分俺が爆豪のことばっか話してたからだろうか。でもUSJの時の話と今回の事件となんの関係があんだ。つーか、そもそもなんで苗字が狙われたんだ?

爆豪は敵の素質があるっつーの理由だ。でも、じゃあ苗字はなんでだ。口が悪い訳でも、性格がクソでもねえ。少なくとも説得でどうにかなるようなヤツじゃねえ。なのに、なんで苗字が攫われたんだ。苗字が狙われる理由。理由。理由。

「だーっ!クソ、わっかんねえ!」
「おっと、ずいぶんお待たせして申し訳ないね、切島くん」
「全然!さっきの今なんで大丈夫っすよ!」
「え? ああ、うん、」

ついさっきまで部屋にいたのに謝るなんて律儀な人だな、と思いながら後を追う。今日は緑谷たち起きたかな、そう思いながら車に乗り込む。山嵐さんはこのまま別のヤツから事情聴取をしねえといけないらしいからここでお別れだ。ひらひらと山嵐さんが手を振った。

「じゃあ、切島くんも気を付けて」
「はい!アザッス!」

シートに背中を預けて力を抜く。なんか疲れたな、とぼんやり今日のことが頭を巡る。なんとなくかみ合わなかった山嵐さんとの会話が頭を掠めた。そういや、山嵐さん、なんでわざわざ結婚指輪外したんだ?
手を振ったときに太陽に反射した薬指で思い出した。なんであのちょっとの時間で指輪を。そう思った瞬間ポケットの中のスマホが震えた。

「お、ヤオモモ!目ぇ覚めたのか!」

いつの間にか結婚指輪は頭の端に追いやられていた。



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