現状の棚卸は必要でも見たくないのが真実

突然背後から掛けられた声に半ば反射的に臨戦態勢を取ったのは、我ながら最良の判断だった気がする。
聞きなれない声というだけではない。どこかに愉悦と嘲りを含んだ、悪意の見え隠れする声だった。この時点で1アウト。

「誰だ」

問い掛けても答えは返ってこない。だが、それだけで充分な答えになった。
質問に答えられないヤツは大体が肝心なことを隠しているか、後ろめたいことがあると相場が決まっている。デメリットを隠すタイプの営業は信用ならないのは周知の事実だ。デメリットは上手に伝えてこそ一流の営業である。
結論、こいつは完全にクロ。良くて限りなく黒に近いグレーだ。

「目的はなんだ?人数と配置は?」
「流石、雄英の麒麟児だなあ……状況判断の早さはもうプロの域だ、荷が重かったか」
「そりゃどうも。質問に答えろ。目的と、人員配置」

ようやく口を開いたと思ったらこの余裕である。爆豪の言葉を借りれば舐めプだ。

だが、その言葉に多少のヒントはあった。
此処にいる私達が雄英生だと知った上での行動。それだけで、警戒のレベルははね上がる。有象無象の敵による突発的な襲撃ではない。計画的かつ組織だった動きをしていることがほぼ確定した。
単独犯であれば他の適任に任せれば、というニュアンスで荷が重かったなどと言わない。むしろこの広い敷地で会えたことを喜ぶはずだ。はやくも2アウト。

「なんで雄英がここにいると知っている?情報屋からでも買ったか?」
「さあなァ」

チッ、とわざと大きく舌打ちをする。こちらが焦っているという受け取ってくれればいいが、おそらく真に受けるような直っすぐな人間ではないだろう。
じり、と背中に焦燥感が忍び寄ってくる。いやな、展開だ。

出来るなら先手を打ちたい。が、向こうが手を出していない以上、先に仕掛ければ私有地でも過剰防衛と見なされる。加えて、こっちはヒーロー科所属とはいえ、個性の使用権限は一般人と同じだ。もし個性を使えば職場体験のときの緑谷たちと同じ徹を踏むことになる。
なにより、個性の使用に二の足を踏む理由はそれだけじゃない。

このツギハギ男、相当の手練れである。雰囲気からわかる。

ごくり、とバレないように口の中の唾液を飲み込む。未だ個性を見せる気配はないし、なによりこいつ自身に全く隙がない。現状対策の打ちようがない。早くも詰みの予感だ。
どうにかして相澤先生やブラド先生のいる宿舎に行って救援を要請したいが、とても逃がしてくれそうな雰囲気でもない。

だが、一方でまだ救いはあった。
今のところ、この男に私を殺す意志が無いということだ。奇襲攻撃の価値を無に帰してにまで声を掛けてくるあたり、手当たり次第に生徒殺害が目的ではないはずだ。つまり、多少無茶をしても殺されることはないだろう。希望的観測かもしれないが。

現状、時間稼ぎを兼ねて情報を得ることが最善策。おそらく、この煙の臭いもこいつらの仕業だろう。同時多発的にこれだけの問題が発生すれば、プロのヒーローや先生たちにも伝わる。あとはそれまでの時間を稼げるかどうか。

「少なくとも生徒の殺害ではないな?……こうして声まで掛けてきてるんだ、もっと別にあるはず。襲撃で、雄英の信頼を失墜させて、ヒーロー社会への問題提議でもする気?」
「いやになるぜ。頭が回るのも考えもんだな」

煩わしそうにに目の前の男が頭をかいた。あながち外れでもないらしい。
今後の捜査を考えれば少しでもこいつらの行動動機が知りたかった。が、そう易々と尻尾を掴ませてはくれない。
奇襲まで計画してきたのに、わざわざ声を掛けて警戒と抵抗をさせるのは何故だろうか。そこまでするほどの目的はなんなんだろうか。

そもそも、なんでここに敵がいるんだ。しかもよりによって私1人しかいないときに!USJといい今といい、情報漏洩がすぎるぞ!教師陣しか知らないはずの合宿先が、どうしてこいつらに筒抜けなんだ……!

なにより問題は、このタイミング。
確実に相澤先生たちが生徒と離れる時間、場所を狙いに来ている。ただの突発的な襲撃とは思えないほどの用意周到さ。計画的な戦力の分散。考えたくない可能性が浮かんだが、今考えるべきはそれではない。

何故、今、ここで。こいつらがただの敵なのか、それとも。

脳裏に浮かぶUSJと体育祭で見た、あの死柄木と黒霧。そうだとしたら、予想が最悪の形で当たったことになる。本物の、悪意が集いつつある。
――いや、まだその確証はない。試しにカマのひとつでも掛けてみるか、と口を開いた。

「生徒1人に、1人当てるなんてずいぶん人材に余力のある組織運営だな……コツを教えてくれない?新しいボスでも就任した?ねえ、敵連合さん?」
「安心しろよ、苗字名前。お前らは特別だよ。俺らのボスがご所望だ。そういう訳で、一緒に来てくれよ」
「私を……?」

否定はなし。ということは、やはり連合。さらに目的は私。しかも、複数形ということは、生徒の拉致が目的か……!3アウトだ。
殺されないことは確定したが、なにも解決はしていない。むしろ悪化した。最悪のシナリオは人質となってプロ達の自由が効かなくなることだ。それだけは避けなければならない。

「生憎とアポなし訪問はお断りでね……!お帰り願おうか!」
「大人しくしててくれよ」

その言葉と共に、目の前の男が腕を振るった。途端に感じる熱と、眩いほどの――

「青い、炎……!」

ぼつり、と溢した言葉は熱に煽られて舞い上がった。ニタリ、と男の笑みが歪む。その表情に、背骨のひとつひとつを触って確かめられるような不快感に掻き立てられる。

でも、それ以上に。

『青い光が映ったあと、回線がショートして映像が途絶えている。その後の足取りは掴めてない。熱で溶けたカメラを残してな』

頭の中でぐるぐると回る言葉。
まさか。そんな、都合の良い話があるはずがない。あまりにもピンポイント過ぎる。だとしたら。

『カメラに映っていた青い光かレーザーか……唯一の手がかりだが……心当たりはあるか?』

プラスチックの融点はせいぜい200℃。青い色が炎症温度を示すなら、プラスチックどころか機械など容易に融解する。見えたのはレーザーではない―――炎だ。


青い炎。苗字名前の拉致。いなくなった友人。敵連合。全部、繋がった。繋がってしまった。


は、と震える喉からなんとか息を吐き出す。いや、まだ、決めつけるには早い。証拠がない。これがもしブラフなら向こうの思う壺だ。冷静になれ。現状を見ろ。

今、私がすべきはここから逃げて、ヒーローに助けを求めること。足手まといにならないこと。そうだ、まだ、決まった訳じゃな

「おねえちゃん」
「……は?」

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