今日は夢の直行直帰!

―――と、言うのが数日前の話だ。

ひとしきり爆豪と舌戦を繰り広げた私は爆豪が家を去った途端、文字通りぶっ倒れた。ガンガン響く頭も、治癒を施した反動なのか出た熱もえげつなく、結局のところ私は翌日に丸1日寝込む羽目になった。

前世であれば回復に数日掛かかっていたと断言できるくらいに酷かったが、今世は個性ありきのなんでもアリな世界である。なにより、流石は高校生の体というべきか。
とにかく痛む体と不便さとはお別れなわけだ。その点はリカバリーガールに感謝だな、と私服に腕を通す。ただ、ひとつだけ問題があるとすれば。

ぶっちゃけ、爆豪との話の内容をほとんど覚えていない。

いや、覚えてはいる。ただ、なんというか、その、とても曖昧なだけで。
爆豪に胸倉を掴まれたことも、なんだか煽るような態度をとったことは覚えてはいる。ただ何を言ったかは曖昧だった。ものすごく。

極度に疲れたり体調が悪いと好戦的になるうえ、記憶が飛ぶ癖は本当に直したいところだが今のところ改善方法も見つからない。ひとまず過去の私にはほどほどにしろ、と言いたかった。もう手遅れではあるが。

案の定、あの日以来、爆豪はウザいほど絡んでくるようになった。いやマジでことあるごとに突っかかってくるんだけど、本当に何を言ったんだ、私。
まさか大人げないことを言ってないだろうか。……いやありえる。だとしたら小学生ほどの煽り耐性しかない爆豪である。あの行動にも納得がいく。

さらに悪いことは重なるもので、期末試験は案の定赤点で終わった。内容はどうであれ、成果が出せなかったのだから相応の評価は甘んじて受ける他ない。テストの採点基準については……全くもって納得いかないが!

そんなわけで、終業式を終えた私たちに合宿の開始が日に日に迫っていた。




「……という具合でして。先日はリスケありがとうございました……」
「大丈夫だよ、それよりも学生は勉学に励むべきだ」

しみじみと呟かれた言葉に苦笑すれば、猛暑の中でもスーツをかっちりと着込んだ先生はアイスコーヒーを傾けながら眼鏡のブリッジをあげた。飯田を1万倍ほど固くしたらこうなるんだろうか。

他愛ない会話をしながら無理矢理オーダーされたケーキをつまむ。先生たちは打ち合わせでもしていたのだろうか、既に昼食を食べ終えていたようだった。先生と助手さんを交えて3人で他愛のない話をする。雄英に入ってからのこと、体育祭のこと、職場体験のこと。

まるで月一で行われる上司面談のようだ。報告義務がないだけで大分マシではあるが、それでも回答には注意を払わないと面倒なことになる。
特にこの先生は私がヒーローになることについてもあまり良い顔はしていないっぽいし。余計な茶々を入れられるのも癪だ。さっさと切り上げるに限る。

最後の書類に判子とサインをして帰ろうとすればやんわりと引き留められた。まだ何か話し足りないらしい。いや、こっちはさっさと帰りたいんだが。
悪いが上司に配慮して先に退社しない従順な部下はとっくに卒業したんだ。もう帰るぞ、と腰を浮かせれば、ようやく話が収束に向かって行った。助手には密かに同情しておいた。

「名前ちゃん。じゃあ気を付けてね」
「はい、先生、ありがとうございました」
「……本当に大丈夫かい?なにも君自身が出廷する必要はないんだ。傍聴席でも、別室からの証言でも、やり方はいくらだって」
「先生」

遮るように言えば、先生は黙った。爆豪といい、この人といい。正直、回りくどいのは好きじゃない。煩雑ささえ感じる。

配慮は不要だと進言しているのだから大丈夫だ。私は問題ない。だから先生は私に気を回している時間を、難航しているだろう他の証人との準備に当てるべきだ。

実際、私はマシなのだ。あの人たちに比べれば、失ったものはそれほど多くはない。確かに、人生においてかなりのアドバンテージとなったが、今のところ実害はそう多くない。まあ、強いて言えば少し目を付けられているくらいか。大丈夫。私は、まだ大丈夫だ。

「ご心配、ありがとうございます。でも、大丈夫です。また何かあればご連絡ください。――それでは、失礼いたします」





なにしとんだ。あいつ。

日課のランニングとトレーニングが終わって、ちょうどいい具合に腹が減った。近所のファミレスで激辛フェアをやってるっつー情報をクソ髪から聞いて飯を食いに行ったら、隣に苗字が座った。
もちろん簡単な壁を挟んでるから俺の姿は見えねえが。つーかその頭固そうなおっさんと女誰だ。

親にしちゃ若けえし、互いに敬語だ。それに先生っつー呼び方。中学ン時の先公か。コイツ確かこっち出身じゃなかったはずだしな。様子でも見に来たんだろ。

そう思いながら激辛担々麺と鬼辛麻婆豆腐を口に運ぶ。苗字の口からは雄英での出来事がところどころ伏せられて伝えられていた。
近況報告ならちょうどいい。望みは薄ィが苗字の隠してる秘密とやらのヒントがあってもおかしくねえはずだ。探してみろっつって煽ったのはてめえだ。ぜってー暴く。

だが、肝心の話は全く出てこねえ。クソどうでもいい学校の話だ。もう帰ってやろうか、と思ったそのとき、苗字と先生とやらが言った言葉に思わず伝票に伸ばした手が止まった。

出廷。傍聴席。証人。この言葉を聞いてわからねえほど馬鹿じゃねえ。このおっさんども、弁護士か。
動けなくなった俺を置き去りにして苗字がさっさと店から出て行った。はえーんだよ、出てくのが。完全に出てくタイミング逃しただろうが、クソ。

「……あの子、大丈夫なんでしょうか」

苗字を見送っただろう女の方がぽつりと零した。その言葉にまた動けなくなる。
大丈夫、って、大丈夫にきまっとんだろ。苗字だ。俺ァ万全の苗字を倒さねーといけねえんだ。大丈夫でいろや。

「さあね、痩せ我慢ではないだろうけど」
「もう一度カウンセリングを勧めた方がいいですかね?私正直不安ですよ」
「彼女自身が納得しないだろうな……。下手に受診を勧めて余計な心理的な負荷を掛けるのもね。そもそも体育祭直後に行ったばかりだろう……」
「文句なしの太鼓判まで押されちゃいましたしねえ……」

あ?カウンセリング?体育祭後?
ーーンだそれ聞いてねえぞこちとら。あの怪我はただの怪我じゃねえと思ったが、そんなにでけえ話になってんのかよ。クソが、やっぱり当たりじゃねえか。

「それなりに大きな事件の被害者を弁護してきたけど、名前ちゃんほど冷静に事件に向き合ってる子なんていないよ」
「ですよね……他の子たちはもっと、その、」
「そうだね。まあ、一言では済ませられないけど……」

聞きてえ。けど、どうしてか聞きたくねえ。
胃を焼くような香辛料の香りはとっくにどっかに行って、やけに冷房の風が冷たいような気がした。

「彼女みたいな子がヒーローになりたい、とはよく言ったものだと思ったよ」

おい、どういう意味だ。

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