ひとり暮らしの体調不良は死亡フラグ

カカカ、と箸の躍る小気味良い音が部屋に響いている。鼻をくすぐるニンニクとごま油の香り。きゅうと空になった胃が絞られた。
極めつけは香りだけでなく、キッチンから聞こえてくるジュワアアという音だ。また一段と空腹感が増した。

見慣れた狭いワンルームの部屋は、中華料理屋と錯覚せんばかりにかぐわしい香りで一杯になっていた。そう、キッチンに立つ男だけが、見慣れないだけで。

お分かりだろうか。なぜか爆豪が我が家で腕を文字通り振っている。とても手慣れた様子でだ。

所変わって我が家である。
あの後、死にそうな私を連れて近所のスーパーに来た爆豪は、適当なベンチに私を放置するや否や颯爽とスーパーの入口へ消えて行った。買い物籠が良く似合っていたことだけは伝えておく。

戦利品を手に帰って来るや否や、ベッドに倒れ込んだ私とは違ってキッチンを占領してテキパキと作業に取りかかる爆豪に、思わず目を閉じた。有無を言わせない流れだったし家に上がることも許した覚えはないが、うん、もういいや。
空腹を前に私の思考回路は停止した。





「お、美味しい……!爆豪天才か……!?」
「ハン、ったりめーだろうが。俺が作っとんだ全身全霊で感謝して食え」
「うんうん、美味しい〜〜」

やはり人が作ってくれるご飯は美味しく感じる。というより、爆豪の料理が普通に上手だった。また余計な所で才能マンを発揮しているな。私自身料理は人並みと認識しているだけに羨ましい限りである。

そう思いながらパラパラになった炒飯を口に入れた。あまり食欲ななかったものの、実際に香りを嗅げば栄養を求めていた体はすぐさま反応した。相澤先生に食らったあばら粉砕の痛みはリカバリーガールに治してもらったが、その反動か疲れと若干の微熱で体の動きが鈍い。

これは夜になれば高熱間違いなしだな。そう思えば不可解ではあるものの、爆豪のこの行動は逆にありがたかった。ひとり暮らしでの体調不良ほど生死に関わるものはない。

「体はもういいのかよ」
「まあ、ダルいのは取れないけどね……。あ、置いといて。洗っとくから。何か飲む?」
「うっせえ怪我人は黙っとれ」
「自分もじゃん」
「うるせえよ」

そう言った後、部屋に沈黙が落ちた。テレビでも見るか、と提案してもいらねえ、と返される。極めつけは爆豪からの視線である。真っ直ぐに私を見ている上、その赤い瞳は全く逸らされない。体に穴が開きそう。

結論、気まずすぎる。

いつもの爆豪とは違って静かすぎてなんだか不気味だし、今はなぜか私の家で2人きり。いつもなら呼ばなくても出てくる上鳴や飯田もいない。
そもそもどういう風の吹き回しなのか全く分からない。私の中の爆豪勝己という人間はおいそれと他人に施しを与える男ではないんだけどな。裏がありそうでいまいち信用ができなかった。

「なんか……静かな爆豪ってらしくないね」
「喧嘩売っとんのか……!」
「寂しいとはいえ我が家なので暴れないでくださーい」
「……っち」

そう言って爆豪は零れるような舌打ちを落とした。おいおい、いつものその名に恥じない爆発的な舌打ちはどこに行ったんだ。
いけない、食べたせいか熱が上がってきた。リカバリーガールに貰った解熱剤でも飲むか、と先ほどよりは幾ばくかマシになった体を動かす。

「……そうなんかよ」
「ん……?えっと、何が?」
「なんでもねえわ」
「ああ、寂しいってとこ?私これでも地方出身だしね。1人には慣れてるよ」

爆豪は少しだけ目を細めた。何か言いたげに口が少しだけ動いたものの、何か音が零れてくる気配はない。爆豪の言葉を適当に流しながら解熱剤のカプセルを飲み込む。

そうだ、ついでにポタリでも作っておくか、と戸棚を開けた。背伸びをした際に少しふらついたが、そんなに熱が上がっているのだろうか。
完成させたポタリを冷蔵庫に仕舞って元の位置に戻ると、眉間に皺を寄せた爆豪が私をじっと見ていた。え、なに。まずいことでも言ったか?

「慣れとんのか」
「まあね、ひとり暮らしの歴も長いし、困ることも……特に、は……」

……あれ、今、ひとり暮らし歴長いって言っちゃった??
やばい、前世からカウントしてた……!今世ではまだ1年経ってないどころか半年の設定だったのに……!気を抜いてやらかした!

「あーまあ!!私も今日人を初めて呼んだけどさ!久々に誰かと一緒っていいな!!って思ったよ!半年振りなんだけどね!?あは、あははは……」

迂闊だった。やばい誤魔化せる気がしない。なぜなら、今私を睨み付けてくる視線はかつてない程に静かで厳しいものだったからだ。これは気付かれている。しくった、と思ってももう遅い。
いや、もしかしたら爆豪が見逃してくれる可能性が――。

「……苗字、てめえ、なに隠しとんだ」

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -