中長期計画?数値目標?なんのことやら

「死ぬほどキツいが、くれぐれも―――死なないように」

朝5:30。珍しく朝からテンションの高い相澤先生の言葉通り、訓練は苛烈を極めた。
それぞれの個性に見合った訓練内容を割り当てられた生徒たちは時に叫び、苛立ち、嘆きながらも自分の個性を酷使して限界突破に勤しんでいた。

そしてそれは私も例外ではない。

「まだまだ……っ!」
「ぐ、……っぶな!!」

すれすれでジャージを掠めて行った尾白の尻尾に冷や汗を流しつつ、自分の回りに浮遊させるゴムボールを当てる。ボールは鳩尾に入ったものの威力の加減を間違えたらしくノーダメージだった。

くそ!全然うまくいかない……!あの期末試験は火事場の馬鹿力だったというのか……!

内心で舌打ちをする。尾白の尻尾を相手にしていると今度は切島が拳を放ってきた。これもなんとか避けて体を反転させると同時にボールをぶつける。
ドッ、ととんでもなく重い音がしたから今度は加速度を誤ったんだろう。切島が硬化していなければ気絶していたはずだ。

「効かねえよ!苗字!」
「そりゃどうも……!」

切島から放たれた拳をいなす。まともにパワーで勝負すれば勝ち目がないのは見えている。接近戦には持ち込みたくないというのに、強制的に接近戦特化の課題を与えられてしまえばどうにもならない。

そもそも今回の合宿では、物質の原子操作を習熟させるつもりだった。使い馴れて錬度には自信はあるものの、まだまだ極めた訳ではない。
知識や演算にも不十分なところがあるし、強化するならこちらだろうと思っていた。私もその心積もりだった。

なぜなら、分子操作は遠距離からのサポートという私にぴったりの使い方ができるのである。重力操作はどちらかと言えば近接戦向きなので、正直遠慮したい。
そもそも私の目標は引退して安泰な生活を送ることだ。ヒーローとしての実績は欲しいが、最前線で命のやりとりをしたい訳ではない。つまり私にとって抜群に相性がよかった。

出来るならこのまま安全な場所から使えるこの方面で伸ばしていきたい。そうしてネームバリューを高めていくのだ。そう思っていた。この時は。





「苗字、お前は重力操作を展開したまま切島、尾白と体術強化だ。別のことをしながらでも個性を発動できるようにしろ。期末のアレをマグレで終わらせるなよ」

誠に恐れ入りますがお断り申し上げたい!!

聞いてない!!せっかく個性強化の中長期計画まで考えて来たのに!こんな時だけ生徒の自主性を無視するなんて聞いてないぞ!!
さああと血の気が引いていくのが自分でもわかった。予想外過ぎて足から力が抜けそうになる。

しかもだ、重力操作の強化だと……!?確かに、あの遠距離でも使えなくもないが圧倒的に近接戦で使う方が汎用性が高い。つまり、鍛えれば鍛えるほど最前線での戦闘リスクが高くなってしまう……!しまった、奥の手を見せたのは時期尚早だったか……!

いやだ。最前線など誰が好き好んで行くものか……!こんなこと、断固として阻止するほかあるまい!!

「い、いや……あの、アレは本当、ただのマグレというか……!」
「いやいや苗字のあれでマグレはないっしょ!」
「だよな!プロ相手にあの立ち回り、十分すげえだろ!」
「いや……そんな、買い被り過ぎでは……!」
「謙遜し過ぎるのもどうかと思うぞ!苗字くん!」
「自信もてって、苗字!」

黙ってろ!!上鳴!切島!飯田!瀬呂!
そう言いたいのを堪えようと思っても、ひくり、と口許がひきつった。あはは、と乾いた笑いが溢れる。いやいや今はそういう援護射撃はいらないんだ。今じゃないんだ、頼む、黙っててくれ……!

そんな思いも空しく、大丈夫、と太鼓判を押してくる人数は増えていく。激しく頷くな緑谷、あといつもだったらうるさい爆豪もなんでこんなときばっか黙ってんの。今こそいつもみたいにこんなクソザコとかなんとか言う時だろう。言え、言ってくれ!仕事しろ!

そう思っていたとき、いつもよりも些か冷たい声が頭から浴びせられた。

「なんだ……文句があるならハッキリ言え」

忘れてはならないが、昨日の今日である。

私が相澤先生に半ば喧嘩を売るような言い回しと態度を取ってしまってから、まだ数時間だ。もちろん、節度ある社会人として朝一で謝罪はしたし、相澤先生からも気にするな、という言葉は貰っている。

しかし、表面上では態度に出ていなくても、相澤先生が未だ腹の虫がおさまっていない可能性だってある。
何が言いたいのかというと、余計なことで相澤先生を刺激したくない。そうすれば今度こそ私が築き上げてきた信頼関係に修復不可能な傷が付くこと不可避!!

「い、いえ……特には……!承知、いたしました……!!」

早い話、私の回答は最初からひとつしかなかったのである。




そういう訳で私は近接特化2人とガチンコのパワー対決である。
それぞれに威力の違う攻撃を与えなければならないが、並列で重力操作の計算をしないといけないうえ、2人からの攻撃をいなしながらなので死ぬほどキツい。
マルチタスクは得意ではあるがここまで来るともはや拷問に等しい。私も一応人間である以上、脳のキャパシティにも限界がある。

加えて一昨日の徹夜からから溜まっている疲労がどうにも抜けきれず、頭の中での演算処理やパフォーマンスが落ちている。昨日の相澤先生との衝突もどこかに蟠りを残しているせいか、集中出来ていなかったのもある。

自業自得だ。致し方ない。とはいえ死にそうだった。というか死んだ。

「おーい、苗字大丈夫かー?ワリィ、最後の一撃加減できなかった!」
「苗字さん、しっかり、……だめだ、死んでる」
「尾白、殺してやるなって。立てっか、苗字?」

そう声を掛けられて生返事を返す。地面に投げ打った手足が全く言うことを聞いてくれない。体力的にもしんどいうえ、個性を使いすぎたせいで頭痛も酷い。今すぐ布団にダイブしたい。決算前でももう少しマシだと思う。

「う……瀬呂くん……切島くん……尾白くん……むり……」
「しょーがねーよ、見てるだけでもキツそうだったし」
「ほら、って軽……ちゃんと食ってっか?苗字」
「疲労で食欲減退……」
「食えって、死ぬぞ苗字!」
「上鳴くん……せやな……」
「だめだこりゃ」

何を言われてもまともに頭に入ってこない。切島に起こされても、がくがくと震える足は全然言うことを聞いてくれなかった。崩れ落ちそうになる足になんとか力を入れて棒立ちになっていると、すぐ後ろから砂を踏む音がした。

「……なにしとんだ」
「ゲッ!爆豪!勘弁やれって!な!?苗字疲れてんだって!」
「そうそう!ダル絡みしてやんなって!」
「人の心あんだろ!?慮ってやれよ爆豪!」
「うるっせえわクソが!!てめえら俺をなんだと思っとんだ!!アァ!?」

何かする前からこの非難の大合唱である。流石、下水で煮込んだ性格と言われるだけある。というか今はその声が頭に響くからやめていただきたい。
じくじくと痛む頭を押さえていると、突然腕を引かれて思わずつんのめった。顔を上げれば、いつもより近くにある赤い瞳に思わず目を見開く。こう言ってはなんだが、黙ってれば顔はいいんだな。

「……オラ、行くぞ」
「へい……」
「しっかり歩けやテメエ」
「へい……」

そう言われてずるずると引き摺られるようにして爆豪と宿舎に向かう。これから自炊だなんてどうかしている。今ほど牛丼チェーンが恋しいと思ったことはない。
掴まれた腕は意外なことにあまり強くなく、ほどよい力加減だった。こいつ、そういう配慮もできるのか。そう思ったと同時にふわりと甘い匂いがした。爆豪の汗の匂いだろうか。

ちら、と顔を上げれば爆豪の真剣な横顔が視界に広がった。やっぱり顔はいいんだな、と思えば赤い瞳が不機嫌そうに歪んだ。まずい、だいぶ思考が散らかっている。

「なに見とんだ……!つーかふらふらしてんじゃねえよ!こんぐらいで疲れんな、雑魚」
「無茶言わないで……」




「爆豪ってさあ……」
「いやでもアレはただのアレだろ、宇宙人捕まえてるやつ」
「いやでも、なーんかこないだからあの2人距離近くね?」
「まさか。爆豪に限ってそんな……ねえ?」


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